小説(本文用)

□The occurrence of midnight.
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「よお姉ちゃん。こんなところでひとりで飲んでねえで俺たちと飲まねえか?」

いかにも下心ありますと言わんばかりの笑みを浮かべて声をかけてきた男たち。
今まで同じようなセリフを何度言われたか分からない。半ば諦めにも似た色を交えてナミはため息をついた。

「おいおい、つれねえじゃねえか。せっかくお誘いしてやってるのによぉ。」
「お生憎さま、私は連れを待っているのよ。アンタたちと飲む時間なんてこれっぽっちもないわ。」
「そう言ってさっきからずっとひとりじゃねえか。知ってんだぜ。そんな時間にルーズな奴は放っておいてこっちへ来いよ。」

こういう場合の“飲む”という誘いは、男と女の場合そのまま身体の関係を持つことが多い。それで終わればまだいい方、相手が海賊ならばそのまま船に連れ込まれることだってよくある話だ。
興味がないことを示すように、ナミはふいと顔を背けた。

「アンタたちじゃ、私に釣り合わないわよ。」

男を待つ女にでも向けるかのような言葉にナミはムッとして切り捨てた。
男たちの予想に反して、彼女が待っているのはロビンだ。女2人で街へ出かけるとこうなるだろうな、とは予想していたけれど案の定。
買い忘れたものがあるとロビンと店の前で別れて、十数分も経たないうちに男たちに周りを囲まれた。
ナミは徹底して無視を行っている。

「さすが“麦わら”の航海士なだけあるな。俺たちを前にしてもその態度でいられるとは。」
「…アンタたち、私を知ってるの?」
「当然。懸賞金1,600万ベリーの“泥棒猫”だろう?」
「知ってるならさっさとどっか行ってちょうだい。早くしないとうちの船長たちに叩きのめされるわよ。」

この男たち程度ならナミ1人でも十分に対応できる。
しかしあえてルフィの名前を出した。できれば面倒は避けたかったからだ。

「そうしたいのは山々なんだが、こっちも船長命令でな。」

そう言って男が示した方向に目をやれば、ナミよりずいぶん年上と思しき男が悠然とソファに座っていた。
目の前のテーブルにロックグラスと氷を置いて料理をたしなんでいる。しかし目線はナミの方をジッと見ていた。
まるで、どこかのギャングのような…。

(…ギャング…?)

その言葉にナミは緊張を強くした。
視線の彼方にいる、あの男は。

「ほほう、さすがにうちの船長のことは知っているか。」
「…ルフィと同じルーキーの男ね。」
「そうさ! 我らがファーザー! 『最悪の世代』がひとり、カポネ・“ギャング”・ベッジとはあの方のことさ!」

部下の声が聞こえたのか、向こう側で男はニヤリと笑った。
億越えのルーキーに目を付けられるなんてついてない。

(逃げるくらいならできるかしら…。)

身構えようとしたナミだったが、それよりも先に額に冷たい感覚がした。視線だけを上に上げると先ほどの男がニヤつきならが銃口を当てていた。

「おかしな真似はすんなよお嬢さん。」
「…アンタたち、私を殺したらそれこそうちのクルーに殺されるわよ。」
「抵抗するなら始末していいと言われてる。生死が怖くて海賊はやっていけねえよ。心配しなくてもアンタのお仲間もすぐあの世に送ってやるさ。」

逃げることは難しいか。それならば。

(酔い潰してみようかしら…。)

これでもナミは酒にはかなり強い方だ。大抵の酒豪なら負けない自信はある。
しかし男のテーブルに置かれている酒瓶の数はもはや両手の指まで達しそうだ。それでも平然とした表情を読み取るに酔わせるのは難しいかもしれない。
だからと言って自分は媚びを売ってホイホイとついていく軽い女でもないのだ。
ロビンは未だに戻ってこない。

「さあ…、どうするんだ?」

カチリ。
撃鉄の音が鳴る。

(どうするかなんて…。)

そんなの決まっている。
億越えの海賊相手に自分が何かできるなんて思ってない。
欲しいものはたくさんあるし、財宝だって手に入れたい。何より夢である世界地図を完成させなきゃならない。

「…もちろん、こんなところで死にたくないわ。」
「へへっ、じゃあ決まりだな。」
「でもそれ以上に…。」

キッ、とナミは強い視線で男を睨み付けた。

「ルフィたち以外の男についていくなんて真っ平ゴメンなのよ!!」

油断していた男の一瞬のスキをついて『天候棒(クリマタクト)』で銃を叩き落とす。

「このアマッ!!」

他の男がトリガーを引く前にナミは『天候棒(クリマタクト)』の先端をその男へ向けた。

「『突風(ガスト)ソード』!!」
「ぐはっ!!」

顔面に強烈な風の刃を受け、男は後ろへ吹き飛んだ。

(あとは雷で全員感電させれば…!)

だが次の瞬間、ナミの全身に強烈な痛みが走った。

「きゃあっ!?」

両腕、両足から血が噴き出る。
傷自体はそう深くはないが、無数にできたそれは焼け付くようにジンジンと疼(うず)く。
銃で撃たれたような傷だった。だが発砲音はおろか撃鉄を上げる音すらしなかったのに。

「……!?」

カポネを見るとニヤニヤと笑っている。
あの男の仕業か、しかしどうやって。どう見ても銃を構えてはいない。

(能力者、と考えるのが自然かしら…!)

何の実か得体はしれないが、一度に複数の銃弾を放てる能力。

ガチャ。
ガチャリ。

「!!」

そんなことを考えていると周り中から鈍い音が聞こえた。
カポネの部下たちがナミを取り囲むようにして銃口を向けている。

(…これって絶体絶命ってやつかしらね。)

回りの男たちに先ほどの嫌な笑みはない。仲間をやられた怒りを滲ませているのがよくわかる。
――ルフィ、ゾロ、サンジ君! 何やってんのよ! アンタたちが守らないから私。
――ここで、殺されちゃうじゃない。

「もう一度聞くぞ小娘。大人しくカポネ様の船に乗りな。命が惜しけりゃあな。」

身体がカタカタと震える。
やっぱり素直にカポネに従えばよかったのか。だが乙女の肌に傷を付けるなんて男として失格だ。
それに命なら一度、アーロンを倒す時に捨てたのだ。

「言ったでしょ? 私が乗る船は後にも先にもたったひとつよ。」

生意気な小娘の顔で言い切ってやった。
確実に男の機嫌を損ねたであろう言葉は、カポネの歪んだ表情が如実に語る。

「…噛み付く猫に用はない。死ね。」

カポネの言葉に全身が震えた。
ギュッと目を瞑って息を呑んだ。一瞬で死ぬか、しばし痛みに苦しむか。
ドサリ、と何かが落ちる音がした。ビクリと身体を震わせる。
ドサリ、ドサリと次々に聞こえる音。しかしいつまで待ってもナミの思うような痛みはやってこなかった。
不審に思ってそっと目を開けてみると、店がシン…と静まり返っている。
そして周りにはカポネの部下たちが床に倒れていた。

「え……?」

そしてカポネの方を見れば、驚愕した面持ちでナミを見ていた。
いや、正確には。

「せっかくの酒が不味くなった…。どうしてくれよう。」

スラリと伸びた、夜をそのまま投影したかのような漆黒の刃。
長い刀身はナミの横に静かに存在し、その切っ先がカポネに向いていた。
そして、それを操るのは。

「き、貴様…! なぜここに…!!」
「どこにいようが俺の勝手。」

獲物を狙うのは猛禽の目。一度狙われたが最後、そのハンティングからは決して逃れること叶わず。
知る人ぞ知る『王下七武海』のひとり。
世界最強、ゾロがいつか超えなければならない男。

「…ジュラキュール・ミホーク……。」

無意識に漏れたナミの呟きに、鋭い猛禽の目がナミを捉えた。
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