小説(本文用)

□On the cobweb.
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誰か、この状況について納得のいく説明をしてほしい。
心の底からナミは思った。

「フッフッフッフッフ…。そう怖い顔で睨むんじゃねぇよ。」
「………。」
「お前に危害を加えるつもりはねぇさ。…大人しくしていれば、な。」

良く言えば豪華、悪く言えば悪趣味。
贅沢にも金をあしらった大きなテーブルを挟んで男は笑った。柔らかく上質なソファに身体を沈めたナミの背後には、男の部下2人が護衛するかのように立っている。実際には護衛ではなく、ナミがおかしな真似をしないように監視しているのだが。

「いいねェ…その目。ゾクゾクするぜ。」
「…っ。」

気圧されまいと精一杯睨み付けるが、男にとってはそれすらも気分を向上させる材料のようだ。
その存在は海賊なら誰もが知っている『王下七武海』の一角を担う男。ショッキングピンクの羽を纏い、ベリーショートの金髪、その目をサングラスで覆い隠していることはナミにとって幸いだったのかもしれない。まともに目を見れば、こうして冷静を保つように努めることはできなかっただろう。

「無駄な抵抗は止めときな。お前の力じゃ俺には敵わねえよ。」
「…そんなの、やってみなきゃ分からないじゃないっ。」
「フッフッフッフッフ…!!」

極めて愉快に男は笑う。男の一挙一動に背中を嫌な汗が伝い、息を呑む。
鎖で拘束されているワケでもないのに両手両足は固まったように動かない。対面するドフラミンゴの左手が不規則な形を描いているのが関係あるのだろうか。
目の前には『王下七武海』、背後には彼の部下である男2人、自由の効かない身体という悪条件に悪条件を重ねたこの状況でどう逃げるか、ナミは必死に頭の中で考えた。

「ここからどうやって逃げるか考えているのか?」
「…!」
「図星か。だがそれも無理だな。俺が逃がすわけがねェ…。」

知能も実力も、ナミを遥かに上回るドフラミンゴが余裕でいるのも当然と言えば当然だ。





――『四皇』カイドウを倒すための第一段階として、ドレスローザにあるというドンキホーテ・ドフラミンゴの工場を破壊する。その場所の特定まで行い、さあこれから、というときに。
時刻は夜中で、ちょうど日付が変わったその瞬間、突如としてこの国は“戦うこと”を止めた。
市民も、警察も、兵隊も、犯罪者も。
コロシアムの剣士たちでさえも突如としてピタリと争いを止めたのだ。

『これは…一体どういうことだ。』

さすがのローもこの事態は予想外だったらしく、驚きを露わにしていた。
近くにいた人に話を聞いたところ、納得のような、唖然とするような理由に一同は茫然としたものだ。
強硬手段で工場の破壊に挑もうとすると、ルフィたちの戦闘態勢を見抜いた街の人間たちが一斉に彼らを取り囲んだのだ。

『街の人間たちに手を出すことはできない。』

ルフィの判断で、絶好のチャンスでありながらもその日は目立つ行動は避けることを決めた。
ローもひどく苛立っていたようだが焦って作戦が水の泡になっては意味がない、と納得したようだった。

――その隙を突かれたと、言っても過言ではない。

突如として一味の周りに現れた複数の強い気配。
気付いた時には時すでに遅く、ボン、という破裂音と共に白い煙幕で視界が遮られた。相手が放ったであろうそれによって、すぐ傍にいるはずの仲間の姿さえ見えない。

『きゃあっ!?』
『ナミ!?』
『ナミさん!?』
『どうした!?』

一瞬にしてナミは“誰か”に身体を捕えられる。
肩に担がれたのだろうか、浮遊感を感じた次の瞬間、首筋に鈍い痛みを受け、ナミは意識を失った。
目を覚ましたときには見慣れない部屋の、彼女が眠るには大きすぎるベッドの上にいた。
目が覚めてすぐ窓から外を見るとドレスローザから離れてはいないようだった。外がまだ暗かったので時間もそう経っていないようだ。しかし街を見下ろすようなこの位置の建物はナミが思い当たるのはひとつしかない。
だが状況を理解する間もなく男たちが現れてナミを拘束し、今いる部屋へ、ソファへと座らせたのだ。





――そして、現在に至る。

(…工場破壊の計画がバレたのかしら?)

冷汗が背筋を伝う。
もしも計画がバレているのだとしたら自分をここへ連れてきた目的はただひとつ、“工場破壊をさせないための人質”以外に考えられない。
しかしその確証がないのでストレートに聞くこともできない。

「…彼の有名な『王下七武海』が、たかが9人の海賊を相手に人質をとって恥ずかしくないわけ?」
「…人質? 何のことかな?」
「あら? ルフィの存在に少なからず危機感を感じて私を人質にしたのだと思ったけれど違うのかしら?」
「フッフッフッフッフ…! おかしなことを言う。あんな小僧、俺にとっちゃ脅威でも何でもねえよ。そこらにいるゴミ共と変わりねェ…。」
「…何ですって!?」

ルフィをバカにしないで!
思わずそう怒鳴って立ち上がった身体は、背後に控えていた2人の男によってすぐにソファに沈められた。

「ナミ様、若の前です。不用意な言動は慎んでください。」
「……!!」

上質なソファがギシリと悲鳴を上げる。
柔らかくナミの身体を受け止めたそれが痛みを吸収してくれた。

「おいおい、丁重に扱いな。そいつは俺に献身する女だ。傷つけんじゃねぇよ。」
「…は、申し訳ありません。」
(…献身って何よ!?)

ドフラミンゴの気迫に押された部下がナミを解放した。
ケホッ、と一度だけ咳き込むナミに「大丈夫か?」とワザとらしい笑みで聞いてくるものだから無言で睨み返す。

「フフッ、いい加減警戒を解いたらどうだ。そんなに気を張り詰めてちゃ身体が持たねェぜ?」
「…今すぐルフィたちのところへ返してくれればそんな心配もいらないんだけど?」
「それはできねェ相談だ。」

少なくとも今日1日は。
そう言ったドフラミンゴにナミは怪訝な表情を向ける。

「今日は…ってことは、明日になったら帰してくれるのかしら。」
「残念だがそういうことになるな。」
「……え…?」

返ってきた意外な返答にナミは思わず素直な思いを口に出した。
呆気に取られる彼女にドフラミンゴは笑みを浮かべたまま続ける。

「この国の国民はな、今日この日だけは俺のためにありとあらゆるものを捧げてくれるのさ。俺がいなけりゃ今のこの国の繁栄はなかったワケだからなァ…。」
「………。」
「例えば、手のひらサイズのダイヤ、空島の黄金の鐘、魚人島の銘菓。」
「………。」
「…裏切り者のローと、『麦わらの一味』全員の首。」
「なっ…!!」
「…とまあ、俺が一言告げれば、それを目の前に並べてくれるのさ。」
「あんた…!」
「お前を連れてきたのは戦いとは全く別…。今日、俺が望んだから、部下が動いた。それだけだ。」
「若がこの世に生まれ出でた今日この日に感謝しない人間がどこにいましょうか。」
「フッフッフ…。嬉しいことを言ってくれるねェ…!」
「………。」

つまりは。
今日は、この国の国王――ドフラミンゴの生誕祭らしい。
この日だけは、決して争いをしてはならないと国中の誰もが知り、それに従っていた。そしてドフラミンゴが望むものは必ず貢がなければならないのだ。
武器、土地、船、女、金、宝石…。
そして、人の命さえも。
ドレスローザが平和で、栄えるのは全て国王であるドフラミンゴのおかげだと。
その彼に感謝して、国民は彼の望むものは喜んで差し出した。命を奪われた者とその家族は、王に望まれたと喜びこそすれ、決して恨んだりはしないのだという。

(――狂ってるわ…。)

常識と非常識の境界線を持たない王も。
それを忠実に遂行する部下も。
疑惑を持たない国民も。
そして、ドフラミンゴの一言が、ナミがここにいる理由。

――麦わらのところにいる、“泥棒猫”が欲しい。

たった、その一言。

「…アンタにとって得するものなんて何も持ってないんだけど。」

知力、戦闘力、覇気…どれをとってもルフィやゾロたちの方が上だ。ナミを連れてくる理由にはならない。
強いて言うなら航海術だろうか。しかし空を飛んで移動するこの男にそんなものが重要だとも思えない。

「別にお前の持っている何かが欲しいと思っちゃいねェよ。」
「…だったら何が目的よ。」
「今日一日、俺に付き合え。それだけでいい。」
「………は…?」
「7時間後に出発だ。それまで十分な睡眠を取っておけ。」
「え…? ちょ、きゃっ!?」

ドフラミンゴが告げるや否や、背後の2人に再び抱えらる。
咄嗟に逃げようとしたが2人の部下も相当な手練れらしく、ナミは武器を構えることもできないまま元いた部屋に戻されることとなった。

「時間になったらまた来ます。それまでゆっくりお休みください。」

そう言い残して、ガシャンという重い金属音と共にナミは部屋に残された。
ドアノブを懸命に動かすも開く気配はない。外は暗い。窓もはめ殺しで出られそうにない。

「…朝になってあの男が来たらすぐに逃げ出してやるわ。」

両手足に感じていた見えない拘束感もいつの間にかなくなっていた。
ほとんどヤケクソのようにしてナミはベッドに潜ると、何度も大きく深呼吸しながらその夜は眠りについた。
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