小説(本文用)

□絡まる三次元
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―ドレスローザ、グリーンビット―

麦わらのルフィたちが工場破壊に動いている中、本島から離れたこの場所で2人の七武海が激闘していた。

「くっ…、ハァ…!」
「フッフッフッフッフ…。どうしたロー? 息が上がってるじゃねぇか。」
「ハッ…、余裕でいられるのも今のうちだ。」

ドフラミンゴの意識を自分に向けて工場破壊の時間稼ぎをする。
ルフィたちがどこまで掴めているかは分からないが彼らを信じることにしたのは自分だ。きっとやり遂げてくれる。あとは如何にしてこの男をギリギリまで自分が抑えられるか…それだけだ。

(…ナミ屋たちは、無事か?)

先ほど電話をかけたときには誰も出なかった。もしかしたらサニー号が襲われているのかもしれない。
バッファローやベビー5のような戦闘員ならそう心配することもないだろう。だがトレーボルやディアマンテのような要員だとするとそれも厄介だ。

(…せめて、無事なことが分かればそれだけでも…。)

ポケットの中に手をやる。眠る電伝虫が確かにそこにある。今の自分とナミたちを繋ぐ唯一のライン。
ルフィたちの工場破壊と同じくらい彼女たちを心配している自分に少し呆れた。
なぜ今こんなことを…とローは思う。
ふっ、と目の前を影が過った。

「余所見(よそみ)なんて余裕じゃねェか。」
「!!!」

薄紅色の羽が華麗に目の前を過る。
咄嗟に身構えるが、ドフラミンゴの一撃がローの身体を切り裂いた。

「ぐっ…!!」

僅かに身体を捻ったおかげで致命傷は免れたが、血しぶきが飛散する。
何とか砂地に着地するも、グラリと足の力が抜ける。

(くそ! 血を流しすぎだ…!)

プルプルプル…プルプルプル…

「!!」
「あン?」

先ほどの攻撃を受けた時にコートから落としたのだろう。ローの電伝虫が数メートル横で鳴いている。
咄嗟に手を伸ばしたそれは、彼の手に戻る前に姿を消した。滑るように動いた先に視線をやるとドフラミンゴ。彼が“糸”で手繰り寄せたのだ。

「フフ…。そういやァさっき誰かに連絡していたなァ?」
「………っ。」

躊躇なくドフラミンゴは通話ボタンを押す。
ややあって「あ、繋がった!」という声と共にローにとっては望ましくない展開が幕を開けた。

『もしもし!? トラ男くん!?』

電伝虫から聞こえてきた声にローはギョッとした。そしてそれを見逃すドフラミンゴではない。

「ナミ屋…!?」
「フッフッフ…、コイツはお前の女か?」
「!!」
「俺の元にいたときは殊更(ことさら)女に興味なんて示さなかったお前がなァ…。」

なんて最悪のタイミングだ!とローは焦った。
ナミたちはドレスローザの海岸に停泊させているサニー号にいる。サンジは何故かルフィたちと一緒にいると聞いているので船に残っているのは決してドフラミンゴと渡り合えるような戦闘員はいないはずだ。

『トラ男くん! どうしたの!? 大丈夫、ねえ!?』

返事のないローに何かを察したのか、ナミは声を荒げた。
ドフラミンゴが電伝虫にゆっくりと近づく。

(何を…!!)

決して良い予感のしないその行動に、ローは男の手の中にあるそれを狙った。

「フフ…。」

瞬時に発動させた半円。傍にあった適当な石を身代りに小さな音声機を取り戻したが、それは一瞬の間でしかなかった。

「甘いぜ、ロー。」
「ガハッ…!!」

ローの腹部に鈍痛が走る。
覇気を纏った重い一撃が彼の身体を後方へと弾き飛ばした。

ドガァン!!
ミシミシミシ…

飛ばされた先にある木がクッションとなりローの身体を受け止めた。木は衝撃に耐えられずゆっくりと折れる。
かろうじて意識はとどめたが、身体がマヒして思うように動かせない。

「フッフッフ…。さて…。」

再び手元に戻った電伝虫に向かう。
必死でローを心配する声がドフラミンゴの加虐心をますます煽(あお)った。

「…テメェ、ローの女か?」
『――!? だ、誰よ、アンタ…!』

望んだものとは違う男の声に明らかに同様の色が見受けられ、ドフラミンゴは笑みを深くした。

「質問しているのはこちらだ。いいからさっさと答えろ。」
『…っ、名前も名乗らないような奴と話すような口は持ってないわ! 何でアンタがトラ男の電伝虫を持ってるのよ! トラ男はどうしたのよ!!』

“トラ男”というのは恐らくローのことだろう。何がどうしてそう呼ばれているのか知ったことではないが、声の主である女にドフラミンゴは興味が湧いた。
自分が誰か分からないとはいえ、格上と取れる男に対して反抗するだけではなくさらなる質問をぶつけてくる。
威勢のいい女。そんな女を自分に、自分だけに従順になるように躾(しつけ)けるのはなかなか面白いかもしれない。
しかもローの女ならば尚更だ。

「生きてるぜ? …まだ、な。」
『…!!』
「だがまあ安心しろ。ローが死んだら俺がお前を可愛がってやるよ。」
『な、に…、ワケ分かんないこと! トラ男にそれ以上何かしてみなさいよ!! アンタただじゃ済まないんだから!!』
「フフ…、フフフ!! フッフッフッフッフッフ!!!」

面白い。
実に面白くて仕方がない。
正体の知れない自分に怯えているくせに、愛する男が危機に陥っていると知って気丈に振る舞う女。強大な敵を前に、敵わないと知っていてそれでも牙を剥く猫のようだ。

「…! ナミ屋! 逃げっ…!?」
「“弾糸(タマイト)”。」

男の嘲笑が決して良い意味ではないと気付いたが、ローは叫び切ることはできなかった。
ドフラミンゴの五指から放たれた弾丸がローの身体を撃ち抜く。鉛ではないはずのそれは全て貫通した。
カハッ、と血だまりを吐き出すロー。

『トラ男くん!? 今の叫び何!? 何かあったの!?』
「…に、げ…っ…。」
『ねえ! 返事して! トラ男くん! トラ……、ローッ…!!』

グシャッ…!

乾いた音と共にナミの声が途絶えた。
狂気の笑みを張り付けた男の手の中で粉々に砕けたそれは、今現状において彼女との連絡手段を絶たれたこととなる。

「“ナミ”と言やァ…麦わらのところの“泥棒猫”か。確か『東の海(イーストブルー)』の出だったな。」
「………っ。」
「最弱の海からここまで来れたとは大したモンだ…。フッフッフッ…。麦わらにも、ロー、テメェにも勿体ねェなァ…。」
「…な、にを……する気だ…!」

刀を支えに上体を起こす。
血を流しすぎて震える身体、痛みが神経を刺激して麻痺する身体に鞭を打って、不気味に笑う目の前の男を睨み付ける。

「生意気な猫を飼い慣らすのも楽しいじゃねェか。」
「――!!」

それだけは、絶対にさせるワケにはいかない。
ローは“死”を刻んだ自らの手をかかげ、能力を繰り出した。
…否、繰り出そうとした。

「!?」
「フッフッフ…。どうした? ロー。」

さんざん痛めつけられた身体には悪魔を呼び起こすだけの力は残されていなかった。
慣れた手つきで何度も空間を展開しようとするが、一瞬風が沸き起こるだけでそれ以上は何もない。
反撃がないと分かると、ドフラミンゴは手近な雲を捕えてその身体を宙に舞わせる。

「待て! ジョーカー!! お前の相手は俺だ! どこへ行く!!」
「あァ? 決まってんだろォ…?」

その先の言葉は必要ない。
ローは妖刀『鬼哭(きこく)』を抜くと狙いをドフラミンゴに定める。

「遅せェよ。」
「!!!」

ドフラミンゴがから放たれた糸がローを襲った。
防ぐだけで精いっぱいのそれを何とか軌道をずらす。しかしその反動でローの身体も大きく投げ出された。

「く…! ま、て! ジョーカー…!!」

ローの静止など聞くわけもなく、ドフラミンゴは凶悪な笑みを残して空を駆けて行った。

「ナミ…!!」

ここからサニー号に戻るには来た道を戻るしかない。
間に合う僅かな可能性を信じて、ローはドレスローザを目指した。










―ドレスローザ浜辺、サウザンド・サニー号―

ジョーラの奇襲を受けたサニー号だったが、ブルックの機転と、ナミの止めの一撃で危機を脱していた。
黒く焦げたドンキホーテ・ファミリーの女が白目で甲板に転がってる。

「…トラ男くんに何かあったのよ! 間違いないわ!」
「一緒に行ったウソップやロビンはどうなったんだ!?」
「分からない…。でも異常が起きてることは確かよ!」

先ほどまでとは一転、グリーン・ビットへ向かったローたちの安否が気遣われる。
電伝虫から聞こえた、ローのものでも、仲間のものでもない男の声。
愉悦を交えながらも、重く、圧倒的な威圧感を見せつけた存在。

――俺たちに何かあったら、ここへ行け。

ローの言葉を思い出した。
もらったビブルカードが示す“ゾウ”という島。彼の率いる、『ハートの海賊団』がいる島。

「ロー…。」

彼にもらったビブルカードが徐々に小さくなっていく。
このカードは持ち主の生命力も表していると、前にローラが教えてくれた。大きさとしてはまだ半分以上残ってはいるが、ローが決して安全な状況ではないことは明白だ。
彼は無事なのか。今、どんな状況にいるのか。
ナミの不安は重く心にのしかかる。

「何かこっちに来るぞ!!」

チョッパーの叫びでナミの意識は現実に引き戻された。
空を見れば確かに何かがこちらに向かってきている。しかし太陽の逆光で姿がよく見えない。

「…鳥…ではなさそうですねえ…。」
「人か? でもどうやって空を?」
「世界政府には空を飛べる人がいると聞いたことがありますが、その類でしょうか。」
「分からないわ。モモちゃん! 船内に入って隠れてて! いいって言うまで出てきちゃダメよ!」
「わ、わかったでござる!」

ナミの言葉に従い、モモの助はすぐに船内へと駆けて行った。それを確認してナミは再び空へ視線を向ける。
確かにこちらへ向かってくる『何か』。
徐々に大きくなるその姿形は、やはり人のようだ。

「あああ…!!」
「な、なに、どうしたのチョッパー!?」
「何か分かりましたか!?」

双眼鏡であれの正体を見極めようと、チョッパーが覗いた瞬間に上がった叫び。
そして続けられた言葉に、ナミも、ブルックも愕然とした。



「…ど、ドフラミンゴだ…!!!」



その名に、言葉を失う。
再び目を凝らして見るとその姿、風貌が明らかとなってくる。

「まさか…! そんな…!」
「し、七武海ですか!? どうしてここに!?」
「ルフィたちは、トラ男たちはどうしたんだよー!!」

ナミの中の不安が大きく、色の濃さを増した。
まさか、さっき電伝虫から聞こえた声は。
もしそうだとしたら、ローは…?
考えたくない思考がグルグルと脳内に沸き起こる。
そんな彼女の思いなど知る由もなく、その影はサニー号のマストに静かに降り立った。

「…フッフッフ…。麦わらの小僧の船だな?」
「ヒイイィィ!!」
「あんたたちね、普通は逆でしょ!! 怖いのは私だって一緒なんだから!!」

オレンジの髪を揺らす女の叫びにドフラミンゴはニヤリと笑みを深くする。
先ほどの電伝虫から聞こえた声だ。そうか、あの小娘が…。

「見つけたぜ、黄昏色の子猫チャン?」
「…!?」

はっとしてナミも男を振り返る。
互いの声が確証となった。
ルフィたちが不在の隙をついたのか。
サニー号に来たのはモモの助が目的か。ならば絶対に渡すわけにはいかない。
それに。

(あいつがローの電伝虫を…! ローは、無事なの…!?)

自分を睨みつつも動揺を露わにするブラウンの瞳の女を認め、男が笑う。そのたびにザワリと空気が揺れる。
嫌な予感がした。
否、“予感”どころではない。尋常ではない、肌で感じる異様な気配。

「サンジー!! どこ行ったんだ!? 戻ってきてくれよー!!」
「ルフィさん! ピンチ! ピンチですよ!!」
「いいから戦いなさいアンタたち!!」

武器を構えることも忘れてお互いに抱き合うチョッパーとブルックに𠮟咤をかける。
ちょうど今朝、新聞で“『王下七武海』脱退”の一面を見たばかりなのだ。忘れようはずもない。

「…ドンキホーテ・ドフラミンゴ…!」

名前を出すだけでも背筋に寒気が走る存在になぜ自分が真っ先にエンカウントしなければならないのか。
あれこれ考える余裕もなく、『天候棒(クリマタクト)』を構える。

「ウゥ〜…、嬉しいねェ! 俺の顔と名前を知ってくれているとは。」
「覚えたくて覚えたわけじゃないわ!」
「つれねえなァ…。まあいい。」

サングラスを直すと、ドフラミンゴは両手の指をパキパキと鳴らす。
震える足を奮い立たせて、嘆く身体に叱咤を与えてナミは『天候棒(クリマタクト)』を構えた。
とことん自分に反抗的な態度を示す女にますますドフラミンゴは口端を吊り上げる。

「…どんな風に啼(な)いてくれるのか楽しみだぜ。」

両手を大きく広げてその存在感を見せつける。
まるで羽を広げた鳳(おおとり)のように絶対的で、驚異的な圧力。

「…せいぜい、飽きさせないでくれよ?」

そう呟き、ドフラミンゴは音もなくマストから降り立った。



『絡まる三次元』

複雑に交わる目の前の脅威から逃れられる術はあるのか。



Fin
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