小説(拍手用)

□海の青、空の蒼、瞳の藍
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「ねえ! トラ男くんも行きましょうよ!」
「たりぃ…。」

まるで興味がないと言わんばかりに、浜辺の木陰で寝そべる男にナミはプウッと頬を膨らませる。

「何よ。久々に会えたっていうのにつれないわね。」
「能力者に海に近づけという横暴な女に付き合う義理はねえ。」
「チョッパーたちは泳いでるわよ。浮き輪付きだけど。」
「あいつらと俺を一緒にするな。」
「…同じ海賊じゃない。」
「能力者にとって海は最大の弱点だ。それくらいお前も知ってるだろう。そんな場所に進んで入っていく奴らの気がしれねえ。」
「…海の中を潜水艦で移動してるのはどこの誰よ…。」

久々にハートの海賊団と会えて、昨日は宴で1日が過ぎてしまった。
今日も宴があるのは容易に想像できたがそれは夜の話。日中の明るい時間は新しく辿り着いた島の冒険をするのが麦わらの船長の鉄則。
ルフィはさっさと冒険に行ってしまったし、彼を自由にさせておくとどうなるかは想像に容易いからサンジとロビンも同行している。
ウソップとチョッパーとブルックは海で遊んでいるし(もちろんウソップは能力者のヘルパー)、フランキーは船のメンテナンスをすると言って勤しんでいる。
ゾロは冒険よりも海よりも、修行、修行、修行…。
ハートの海賊団の船員も、それぞれ物資調達や情報収集などでほぼ全員が出払っている。

「いいわよもうっ! みんなと一緒に泳いでくるから!!」
「好きにしろ…。」

さも興味なさげに、ハートの海賊団船長は自身の帽子をアイマスク代わりにして完全に視界を遮ってしまった。

(何よっ。せっかく会えたっていうのに…。)

ぷうっと頬を膨らまし、まるで拗ねた子供のような顔でナミはローを睨み付ける。
クルリと踵を返して海へ向かう彼女を帽子の隙間から確認して、ローはフッと笑みを浮かべた。









「…冷たぁーーい!!」

前に寄港した街で買った、お気に入りのビキニに身を包んでナミは青い青い海を堪能していた。
雲ひとつない晴天、快晴。その蒼い空の下で海に身を投じることのできる我が身をつくづく幸せだと思う。

「ナミーー!! お前も海に入ったんだな!」
「こっちこいよー! 気持ちいいぞー!」
「ヨホホホ! ナミさん、溺れたら介抱してくださいね!」

透き通るような青の一角に、人間とトナカイとガイコツが一緒にいるなんて不思議だわ、とナミは思わず笑みをこぼした。
それでもチラリと視線を浜辺に移せば、相変わらず木陰で寝そべる男の姿。

(…どうせ、お互いいずれは敵同士だもんね…。)

同盟を組んで、休戦状態が続いているのは今だけ。



――こうして再会するたびに、一喜一憂しているのも自分だけなのだろう。



海賊になるならこうなることも予想できたかもしれないのに、いざその事態に直面すると動揺している自分がいる。
何とも滑稽だとナミは自身に苦笑した。

「きゃあああぁ!!」

突如、空気を切り裂くような悲鳴にそちらを見やる。
ナミがいる少し離れた位置で、少女が必死に水面を叩いていた。

「だ…、誰か!! 助けてくれ!! 娘が…!!」

少し離れたところで転覆したボートに捕まって父親らしき男が叫んでいる。

「あのバカオヤジ!! 泳げねェのにこんな沖まで出たのかよ!!」
「がんばれ! 今助けに行くぞー!!」
「チョッパーさん、あなたも私も能力者ですから泳いで行くのは時間がかかります!」
「俺が行く!! もうしばらくがんばれ!!」
「私が行くわ!!」

言うが早いか、ナミはすぐに親子に向かって泳ぎ出した。

「ナミ!?」
「私の方が距離が近いでしょ! 大丈夫よ! ウソップはチョッパーとブルックから目を離さないで!!」

そう言うとナミは一目散に少女の元へと向かった。
父親が何とか娘を助けようと、手で水をかいてみたり、オールを伸ばして支えにしようと試みている。
ボート本体のせいで思うように進まず、オールは長さが足りずに路頭に終わる。

「だ、誰か…!!」
「大丈夫よ! 任せて!!」

父親の傍を通り過ぎ、ナミは少女の姿を確認した。
もがく彼女に向かって手を伸ばす。

「さあ、捕まって…! …きゃあ!?」

少女に腕を掴まれた途端、ナミは一瞬でバランスを崩して海に呑まれた。

(ウソ…!? これが、子供の力…!!?)

まるで強い海流に流されるかのように海の底へと身体が引っ張られる。
子供の身体を抱えて何とか海面に出ようとするが、小さな身体がもがくだけで何十キロものおもりを抱えているような強さだ。

(マズイわ…! このままじゃ溺れる…!!)

必死に水面を目指して手足をばたつかせるも、身体は一向に上に上がってくれない。

(――息……が…!!)

酸欠で頭がジンジンしびれる。
それでも子供を離すわけにはいかない。しかし身体は沈んでいく。
ゴボリ、と肺の中にあった最後の空気を吐き出してしまった。
深い深い海の底に導かれるように。
波で揺れる太陽がとても綺麗だと思った。

(……ロー…。)

最後に、意識を失う瞬間、微かに感じた浮遊感と共に浮かんだのは彼の顔だった。










身体がふわふわする。
あまりの気持ちよさにずっとこのままでいたいと思った。
羽毛に包まれたようなその感触に浸っていると、頬にフワリを優しい温もりが加わった。

――ああ…。この温もりが一番気持ちいいかも…。

その感触をもっと感じていたくて、離れようとするそれに思わず手を伸ばした。

「…ナミ屋?」

思いがけず名前を呼ばれたので、その声の主を確かめるために重い瞼を持ち上げる。

「…目が覚めたか。」
「……ロー…?」

焦点が定まらない視界の端に映ったのはハートの海賊団船長。
相変わらず濃いクマだわ…とナミはぼんやり考える。

「…わたし…?」
「ガキを助けようとして一緒に溺れたんだ。」
「…あ、そっか…。」
「子供とはいえ溺れた奴に正面から近づくな。自分も巻き込まれて一緒にオダブツだ。」

身体を起こそうとすると肩を押されて静止された。

「まだ寝ていろ。溺れたショックで熱が出たんだろう。」

そう言われれば、頭がクラクラする。身体も怠い。
一応、仮にも目の前の男は医者だ。言われたとおりに従いナミはベッドに身体を横たえた。

「…アンタが助けてくれたの?」
「ああ。お前等と浜辺にあった流木を“入れ替え”た。」
「…あの子は?」
「無事だ。家族と一緒に帰って行った。お前に礼を言っていたぞ。」
「…みんなは?」
「外でバカ騒ぎの最中だ。」

もう8時を回っているからな、と付け加えてローは近くの椅子に腰を下ろした。
彼の片手を薄い膜が覆った、かと思いきや次の瞬間にはしおりの挟まれた本が現れた。

「アンタは行かなくていいの? …私のことなら、チョッパーに声をかけてもらえば…。」
「そのお前のとこの船医が、うちのクルーにジュースと間違えて酒を飲まされたみたいでな…。」
「…だから、アンタが…?」
「あいにくベポも倒れちまってな。そっちの介抱に人手を割かれている。」

あの白熊も人並みにお酒を飲んで酔っ払うのか。
その姿を想像すると思わず頬が緩んだ。

「…何を笑ってやがる。」
「ううん、何でも。」
「…おかしな奴だ。」
「アンタに言われたくないわ。」
「減らず口は一人前だな。」

パラパラと静かに本をめくる音がする。
そんなローの姿をぼうっと見ていると、不意にまた眠気が襲ってきた。

(…ああ、熱のせいかしら…。)

せっかく2人になれた時間なのに。
もったいないと思いつつも、抗う気力もなかったため身体が求める休息に素直に従おうとナミは思った。
すると額にヒンヤリとした感覚。
微かに覚醒した意識に瞼を少しだけ上げると、ローがこちらを見下ろしていた。

「……ナミ。」
「……なに?」

“屋”がないわよ。
心で思ったことを口には出さなかった。図らずも、嬉しいと思う自分がいるから。

「お前がどんな死の淵にいたって、俺が引きずり戻してやる。」
「………。」
「お前は俺の許可なしに死ねねェ。覚えておけ。」
「…ぶっそうね。」
「ああ。“死の外科医”だからな。」

ぼやけた視界の中、男の顔がゆっくりと近づいて来るのが分かった。



――ああ、やっぱり、自分は…。



吸い込まれるような空の蒼よりも。
それを反射して生命を生み出す海の青よりも。
目の前にある、冬の国が生み出した瞳の藍(あお)が何より好きなのだと。

「…ロー…。」
「なんだ?」

薄れていく意識の中で、これだけは先に言っておかなければならない、と。

「…助けてくれて、ありがとう…。」

遠のく意識に勝てずに瞼を下ろしたのと、唇に温もりを感じたのはほぼ同時だった。



『海の青、空の蒼、瞳の藍』



Fin

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