小説(拍手用)

□Right
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容姿端麗、料理上手。
金色の糸のようにサラサラと輝くブロンドヘアー。
華麗なる足技で容赦なく敵を蹴り飛ばし、世のすべての女性に対してレディファーストの精神の持ち主。
懸賞金7700万ベリー、麦わら海賊団“黒足”のサンジは現在。

「…おいサンジ。いい加減元気出せよ。」

世界の終わりに直面しましたと言わんばかりに落ち込んでいた。

「…俺はもうダメだ…。人生終わった…。」
「んな大げさな。」
「ナミさんを怒らせたんだ…。この世に生きる資格はねえ…。」
「そりゃーナミだって怒るさ。」
「お…、俺がこんなに落ち込んでるってのにテメェには人を慰(なぐさ)めるって優しさは持ち合わせてねえのか、ウソップ!?」
「慰めるも何も自業自得だ!!」

涙して訴えるサンジに、目を半月状態にしてウソップは突き放した。

「元はと言えばお前の浮気が原因だろぉ!? ナミじゃなくても世のほとんどの女は怒るに決まってるじゃねえか!!」
「浮気じゃねえ! 素敵なレディに声をかけただけだ!!」
「ナンパじゃねえか!! 同じようなもんだ!!」

たまたまその場を通りかかったウソップにしてみればいい迷惑だ。
ナミの恋人で、デート中であるにも関わらず他の女性を口説けばそれはナミだって怒るに決まっている。
サンジの話では、カフェでの談笑中にナミが一度トイレにと席を立ち、戻ってきたところでその現場を見られたらしい。
弁解する時間も与えられずに殴り飛ばされたサンジは、気が付いた時にはナミの姿はなく、カフェのテーブルの上に“音貝(トーンダイアル)”だけが置かれていた。

「…で?」
「…『で?』って…何だよ。」
「その“音貝”には何が入ってたんだよ。」
「あ? ナミさんの声に決まってんだろ。ウソップ…お前バカか?」
「んなこたぁ分かってるよ!! 何てメッセージだったのかって聞いてんだよ!!」
「うぅ…。覚えてねえ…。俺の心のオアシスが枯れ果てる寸前でそれどころじゃねえ…。」
「お前なぁ…。」

これが懸賞金7700万ベリーの男の姿か。
見る人が見れば自分の浮気が原因で彼女に振られて泣き喚いているダメ男じゃねえか。
…と、ウソップが思ったのはあえて言葉には出さない。

「取りあえず聞かせてもらうぞ?」
「…好きにしろ…。」
「サンジ…。いい加減落ち込むのよせよ…。」

戦闘では滅法強いくせにナミのことになると滅法弱くなる麦わら海賊団のコックを励ますのもなかなか骨が折れる。
地上では珍しい、音の出る貝をカチリと押して、ウソップは耳を傾けた。

『………。』
「ん? 故障か?」

音が全く出ないのでどうしたものかと再び手を伸ばしたその時。

『サンジ君なんて最っっ低!!! 大っ嫌い!!!』

突如として、店ごと引っくり返りそうな怒号が響き渡った。

「な、な、な…!?」
『私とデートしてるっていうのに他の女の人をナンパするなんて信じられない!! サンジ君にはほとほと愛想が尽きたわ! もうアンタとは恋人でも何でもない!! 好きにしたらいいわよ!!』

すぐさまウソップは再生を止めた。こんな大音量の、しかも男女の痴話喧嘩を小さな店の中で再生したら迷惑この上ない。
何よりサンジとナミのプライバシーの問題がある。

「サ…、サンジ。とりあえずいったん店から出るぞ! 聞くのはそれからだっ。」
「……ナミすわぁ〜ん…。」

滝のような涙を流して足腰立たなくなっている男を無理やり引っ張って、ウソップは逃げるように店を後にした。
2人が去った後も、店内のマスターや客たちは目を皿のようにしながらしばらくその場を動けなかった。










2人は海辺にやってきた。
ちょうどサニー号と反対側に位置する場所で、この島の季節が秋ということもあってか人気はほとんどない。そこでウソップは再び“音貝”の再生をする。先程の怒号は聞き流し、その先に耳を傾ける。

『…すごく反省してヨリを戻したいって言うんだったら、私のことを探してみなさい! 出航するまでに探し出せたら考えてあげてもいいわ!』
「出航って夕方じゃねえか! もう昼回ってんぞ! 時間ねえじゃんよ!」
「………。」
『この広い島で闇雲に探すのも酷だからヒントくらいあげるわ。』
「おお!? 何だヒントって!! 早く言えよ!」

期待に胸を膨らませながら続きを待つ。
睨み付けるような視線が、目の前の音源が壊れるのではないかというくらいに感じられた。

『耳の穴をかっぽじってよぉ〜〜〜く聞きなさい!!』

ゴクリ、と生唾を呑み込んだ。

『ヒント! 青く澄んだ海が見える場所! ヒント2! 海の真ん中とは思えない賑やかな場所! 大サービスのヒント3! 私の大切な思い出が詰まった、かわいい花が咲き始めているところ!』
「海の真ん中で賑やかで花が咲いてる場所だぁ?」
『これで分からなかったら、本気でもう知らない!!! 金輪際(こんりんざい)、二度と私に話しかけないで!!』

ブツッ!
サー…

「え? ウソ…、終わりかよ。」
「………。」
「………。」
「………。」
「…何ともまあ、ナミらしいな。」
「うわあああぁぁぁ!!!」
「泣くなサンジ! うるさい! 俺も一緒に探してやるからさ!!」

このままここにいてはラチが明かない。
そのうち海軍にも見つかりかねないし、何より夕方までのタイムリミットがあるのだ。

「しかしヒントがヒントとは思えねえ内容だな。“海が見え”て“にぎやかな場所”か。この島のどこでも当てはまる内容だぜ。」
「唯一の手がかりは“かわいい花が咲き始めている”か。これで少しは絞れそうだが…。」
「ナミの好きな花って知ってんだろう?」
「…いや…。」
「知らねえのかよ!」

取りあえず動くしかないのだが、いかんせんヒントが期待した以上に頼りない。
さらに当事者の男はそのヒントに心当たりがないという。ヒントを聞いても聞かなくても状況は変わらなかった…とウソップは内心項垂(うなだ)れた。

「…あら? 2人揃ってどうしたの?」

たまたま近くを通りかかったのか、ロビンがこちらへ近づいてくる。

「ロビン…。」
「うおおぉぉ!! ロビンちゃんなら知ってるかも! ロ〜ビンちゅあ〜〜〜〜ん!!♪」
「だからそのテンションをやめろ!!」

美女を見ると無駄にテンションが高くなるこの男をどうにかできないものか。
そんなウソップの心労などお構いなしにサンジの目からハートを飛び出させて女神を崇めるようなポーズを取っていた。

「ロビンちゅわん助けてくれよぉ〜! 俺もうどうしたらいいか分からないんだよぉ〜!!」
「…俺はお前のテンションにどう着いていったらいいのか分からないぜ…。」

冷たいウソップの皮肉を聞き流し、サンジは事の経緯を説明した。時折誇張した表現はウソップが世間一般的に非常によく使用される言い方でもって補った。

「そう、ナミが…。」
「そうなんだよ〜! だからロビンちゃんなら何か分かるんじゃないかと…。」
「今のお前を見てると、このまま別れた方がナミのためだと俺は思うぜ。」
「な・ん・だ・と!?」

漫才のような2人のやり取りを見てクスクスとロビンは笑う。

「相変わらずなのね。…でも残念だけど、私もヒントがどこを指すのかは分からないわね。」
「…だよな。」
「うう…。ロビンちゃんでも分からないのか…。」
「でもそうね、私だったら同じようなヒントを出すかもしれないわね。」
「え? それってどういう意味だ?」
「好きな人には、自分のことをどれだけ知っているか試したくなるものよ。」

ナミのヒントの中に、心当たりはない?
そう続けられたロビンの言葉にウソップは唸るだけだ。
シュッ、と火を起こして咥えた煙草に灯す。渋い甘みと苦みが口の中に広がって、逆上せた頭が一気に冷えていく感じがした。

「う〜ん…ロビンの言っていることはイマイチよく分からねえな…。」
「…いいや、ウソップ。彼女の言ったことは的を得ているぜ。」
「え!? サンジ分かったのか!?」
「ああ…。付き合わせて悪かったな。もう大丈夫だ。」
「ほ、本当か?」
「男に二言はねえ。ナミさんは必ず見つけてみせる。」
「じゃあ、あとは任せるだけね。」

そう微笑んで、黒髪の美女は背を向けて歩きだした。
「じゃあ、ナミのことは任せた!」とウソップもロビンの後を追うようにして走って行った。
ぷかりと煙を吐き出して天を仰ぐ。
もうしばらくすれば空に赤みがかかるだろう。

「…お姫様の機嫌を直しにいきますか。」

そう呟いて、サンジは2人が進んだのとは反対方向へ歩を進めた。










設置された梯子を上り緑の芝生へと降り立った。
迷うことなく目的の場所へとサンジは向かう。
ここは見慣れた、サニー号の甲板。彼が向かうのは船尾。
その傍には日の光を浴びてキラキラと輝くオレンジ色の髪が風に揺らめいていた。

「きっとここだと思ったよ。」
「………フンッ。」

予想が当たり安堵したサンジは歩みを止めることなく彼女の元へ向かう。
少し後ろで足を止めて揺れる髪と、太陽から夕陽に変わろうとしている日輪に目を細めた。

「ここから見渡せば大海原…。」
「………。」

――青く澄んだ海が見える場所。

「いつもうるさいくらいに騒ぐクルーたちがいて…。」
「………。」

――海の真ん中とは思えない賑やかな場所。

「…俺が、君に告白した場所。」
「………。」

――私の大切な思い出が詰まった、

「今はまだ実る時期じゃないけど、その花が咲く季節…。」
「………。」

――かわいい花が咲き始めているところ。

「ナミさん、君の大好きな、みかんの花がね。」
「………ちゃんと分かってるんじゃない。」

フワリと振り返った彼女は、目の前の太陽と同じくらい眩しく輝いて見えた。
ただしその表情は固く、強い意志を持った目と一文字に結ばれた唇が、まだ男を許していないことを如実に表していた。

「…まだ怒ってるの?」
「当然でしょ。デートの最中にナンパしている男をそう簡単に許すと思って?」
「だからあれはナンパじゃないんだって…。」
「にっこり笑って楽しそうに美女に話しかける男を見てナンパ以外の何だと思えばいいの?」

お姫様はご機嫌ナナメ。
「困ったな…。」と呟きながらサンジは頭を掻く。
でもこうして怒ってくれるということは、少なからず自分のことを想ってくれていることの現れだ。本当に気持ちが冷めてしまっているなら何の反応もないのが人の心理だ。

「…ここの島の名産品。」
「…?」
「真っ赤な珊瑚で作られたアクセサリーがあって、それを身に着けると幸せになれる…って聞いてね。」
「………。」
「俺も最初そのこと知らなくて、あの喫茶店にいた女性がそのブレスレットをしていたから思わず聞いたんだ。『それはどこで手に入れたんですか?』って。ナミさんなら、きっと気に入ってくれると思ってね。」
「………。」
「そしたらその話を聞いて…、あげるの、止めにした。」
「……なんでよ。私が受け取らないとでも?」

確かにナミはお宝が大好きだ。だとして、恋人が自分を想ってくれるものを拒否なんてするはずがない。しかも今のサンジの話を聞けば、もちろん財宝には及ばないながらも珊瑚だって立派な宝石だ。
ナミに拒否する理由はない。

「珊瑚に幸せにしてもらったら…俺、存在意義なくなっちゃうじゃん。」
「…サンジくん…?」

そう言ってふわりと微笑む麦わらの一味のコックは、いつもの優しい彼で。

「ナミさんを幸せにするのは名品の宝石でも、島に伝わる伝承でもない。」
「………。」
「…この、俺だよ。」
「…サンジくん…、…っ。」

すぐ近くに気配を感じて振り返れば、たくましい彼の腕が優しく自分を抱きしめて言葉を奪った。
もう何度も味わった、煙草の匂いがちょっぴり混じったキス。苦くも甘い、この男でないと与えられない口付け。
それに怒りも全て奪われてしまったようにナミは感じた。

「君を幸せにする権利、俺だけに与えてよ。」

ここから先の物語は、緑の木を彩る白い可憐な花だけが知っている。



『Right』

心はいつでも君のもの。



Fin

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