小説(拍手用)

□Incurable illness.(診断)
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「ナミ、体調はどうだ?」

サニー号の甲板で海を眺めていたナミは、下方から聞こえた船医の声にそちらを振り向いた。つぶらな二つの双眼が心配そうに彼女を見つめていたのでニコリと微笑み返した。

「うん、大丈夫。今日は調子いいみたい。」
「そうか…。でも油断したらダメだぞ! いつまた再発するか分からないんだから。」
「…ゴメンね、心配かけて。」
「気にするな! クルーの元気を守るのがおれの使命だ!」

ニコニコと屈託のない笑顔で笑うチョッパーに心が癒される。
これが、太陽が天頂を通り過ぎる昼の話。
そしてダイニングで夕食を食べている今。

「…なあナミ。調子…どうなんだ?」
「え…?」

…デジャヴュ、ではない。
同じようなセリフを同じクルーから聞くなんて、よほど態度に出ているのかとナミは少しだけ身体を強張らせた。

「ご飯、全然食べてないぞ。…顔色もあんまり良くないみたいだ。」

そう言われて手元に視線を落とせば、確かにナミはほとんど食事に手を付けていなかった。
食欲がないわけじゃなく、もちろんご飯が不味いわけでもない。

「ええっ!? ナミさんどこか悪いの!!? ダメだよ無理しちゃ! そうだ、何か温かいスープでも作ろうか!? あ、消化にいい食べ物の方がいいかな!? それとも…!」
「ストップ、サンジくん。ご飯は普通に食べれるから。」

ビシッと左手をサンジの眼前に突き出して待ったをかける。いつも通りのコックのテンションには本気で心配しているのかさえ疑問を抱いてしまう。

「でもよぉ、ナミ。ここ最近お前本当に変だぞ。」
「ルフィの言う通りよ? 無理は良くないわ。」

クルーの視線がみんな自分に集まっている。
どうやら相当心配させてしまっていたらしいとナミは困ったような笑みを浮かべた。ロビンはともかく、ルフィにまで気付かれていたとは相当重症だったのかもしれない。

「もしかしたら、今回は長い船旅だったから少しだけ疲れたのかもね。もうすぐ次の島に着くから少し休めば良くなると思うわ。」

チョッパー以外のクルーには詳細は伝えていないのでそれらしい理由を付けて誤魔化してみる。
今日まで二週間、天候を読みながらずっと海の上を進んでいるのだ。気まぐれな『新世界』は何よりも先に進む者たちを面白いように翻弄(ほんろう)する。

「…具合悪くなったらすぐに言えよな。」
「ええ、ありがとうチョッパー。」
「今日は海も荒れてねえし、早目に休んだらどうだ。」
「フランキー…。…そうね、そうさせてもらうわ。」

残っていた食材をもう半分ほど食べてから、「おやすみ」と優しく声をかけてダイニングを出て行くナミを見守る。
余計な心配をかけたくないというナミの思いを察して、チョッパーもみんなには秘密にしているが、パンクハザードを出航し、G-5および『王下七武海』のローと別れてからナミは妙な胸の痛みに襲われているらしい。
しかしどれだけ調べても原因が分からないのだ。さすがのチョッパーも困惑している。
でも身体がダルいわけでも、食欲がないわけでもない。航海士として全く支障は出ていないのだ。

「どうしたら原因が分かるんだろう…。こんなんじゃ…おれ、『万能薬』になんてなれやしない…。」

いつかドクトリーヌに『自分が万能薬になる』と誓って、しかしそのための壁はすぐ近くにあり、とても大きく堅固だ。
クルーひとりの体調不良の原因すら掴めない。
不安に押し潰されそうな想いの中、チョッパーはあることを思いついた。

「アイツに相談してみようかな…!」

思い立ったが吉日、チョッパーはすぐさま自分の部屋へと駆け込んだ。










三日後、ログポースの指針に沿ってルフィたちは無事次の島へと上陸を果たした。
今回の上陸の目的はログを溜めるのはもちろん、物資の調達、それに長い船旅でのストレスを解消すること。

「あんたたち、いつも言うけど騒ぎを起こすようなマネはしないでよね。」
「大丈夫だって! じゃあ行ってくるなー! しししっ!!」

意気揚々と船を降りたルフィたちは一目散に町へと駆け出して行った。
ああは言ったものの、本当に騒ぎなくこの島を出航できたならそれこそ奇跡だ。ルフィが島の大地を蹴って何もなかったことなど一度もない。
船長の後に続くかのようにゾロやサンジたちも次々に上陸を果たす。今回船番を任されたナミとブルックは甲板から彼らの後ろ姿を見送った。

(…さて、どんな嵐を呼び込んでくるのかしら。)

どこか諦めにも似た吐息をひとつ吐いた時、不意にブルックから提案が挙がった。

「ヨホホホ! 船は私が見ています。ナミさんも行ってきてください。」
「…え? いいわよ。今日の船番はブルックと私でしょう?」
「見たところこの島は平和です。サニー号くらい私ひとりで守れなくて何としましょう。」
「でも…。」
「せっかくの大地です。静養の意味も兼ねて、どこか見晴らしのよい場所で休まれては?」

見た目からはわからないが、彼の持つ大人な人柄がナミを優しく包み込むような物言いに感じさせる。
彼の雰囲気に後押しされて、ナミはお言葉に甘えることにした。

「…じゃあ、夕方までには戻るわ。」
「ええ。いってらっしゃい。あ、でもその前にパンツを…」
「見せないわっ。」

ピシャリと言い放つも心温かい音楽家に感謝し、ナミは島の大地を踏みしめた。










ナミは島の端にある小高い丘の上に来ていた。
島の住人に聞いたところ、この場所は島の名所のひとつでもあり、柔らかい風がそよぐここからは街、そして海まで島全体が一望できる。

「…気持ちいい。」

航海士としての気質からか、ナミは素直にそう感じた。
まるで風が身体を掠めると共に自分が抱えている見えない“何か”を一緒に攫って行ってくれるようだ。
眼下に広がる賑やかな街並みに心が踊る。

「ん…、眩し…。」

ナミの目に光が飛び込んだ。
兄弟のように一心同体の存在である天と海。まるで兄である天空の色を映した大海原は、日輪の輝きを余すことなくその身に受けて異彩を放つ。

「…太陽…。…っ!」

そう呟いた瞬間、ナミの心臓がギュッと伸縮する。
景色に油断して忘れていた。
ナミの抱える胸の痛みは主に太陽を“見た”時に…否、“考えた”時によく起きる。
だからなるべく太陽のことを考えないようにしているのだ。

(落ち着いて…! 落ち着くのよナミ…!)

膝をつき、呼吸を整えようとナミは自分自身に言い聞かせる。
太陽を“考える”時に一瞬陰るシルエット。それがぼんやりと人のような形をして、正体を確かめようとすると決まってこうなる。
それは、太陽のようなマークに、ニヤリと笑う黄色の母体をトレードマークにした医療海賊団。
それを統括する狂気の男。

「…っ。」

この病気が治るのかどうかも分からない。
もしも、万が一治らなかったら。
…自分が死ぬまでに、もう一度だけでも会えるだろうか。

「…ロー…。」

締め付けられそうな胸の痛みを抑え、無意識にその名を呟く。
この広い世界のどこにいるかも分からない、同盟を結んだだけの関係の男を。

「呼んだか…?」
「…っ!!?」

ビクリと身体を跳ねさせて慌てて声の聞こえた方を振り向いた。

…ウソでしょ…。
どうして、ここにいるの…?

「何で俺がここにいるのかって顔だな。」

クツクツと声を押し殺して笑う男は、ナミの心を読んだかのように答え、冬空と同じ色の瞳でナミを捉えた。


…to be continued.

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