小説(拍手用)

□魔性のリズム
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『新世界』のとある秋島。
ログポースの指し示すままに導かれたルフィたちは次のログが溜まるまでの三日間をここで過ごすこととなった。
現在二日目の夕刻。まばらに浮かぶ雲が、今まさに水平線に沈まんとする陽を浴びて茜色に染まる。

「いやあ、『新世界』にもこんな平和な島があるもんだな。」
「本当。海軍がいないのに争いごともなくて、海賊の姿は見えるけれど争いを起こしそうな雰囲気はないわね。」

和気あいあいと道を歩くのはフランキー、ロビン、チョッパー。その少し後ろをナミとサンジ、ルフィ、ウソップが並ぶ。

「今から見る舞踏も楽しみだなー!」
「ブドウ!? 今からブドウを食いに行くのか!? ブドウじゃ腹の足しにならねえぞ。」
「ブドウじゃなくて舞踏よルフィ。歌舞伎団の踊りを見に行くのよ。」

滞在中のこの島は、今日がちょうど何かの祭りをやっているらしく、その催しの一環として『新世界』でも有名な歌舞伎の一団が舞いを披露するために訪れているのだとか。
せっかくの祭りなのでルフィたちも参加し、滅多に見られない踊りも見ようということになった。

「あ、ナミさん。あそこの広場がそうみたいだよ。」

サンジが示したのは目の前に広がる開けた場所。すでに大勢の人が集まっており、その中心が輪になるように取り囲んでいる。

「うおー! スッゲェ人だなあ!! どっかに食いモンねえかな!!」
「あなたは食べ物のことばかりねルフィ。」
「何も今に始まったことじゃねえよロビン。」

広場の中央には今日の祭りのシンボルとなるような大きなキャンプファイヤーが燃えたぎっている。
無原則に揺らめく紅蓮の焔(ほむら)が天を突き上げるような勢いだ。空の朱色に導かれるように燦爛(さんらん)たる揺らめきが幻想的にも思える。

「あ! 出てきたぞ!!」

ワッと湧き上がる歓声と拍手の嵐にルフィたちもそちらを注目した。

「あれが歌舞伎団ね!」
「今回は真ん中の彼女が主人公みたいね。」

事前に配られたパンフレットを手にロビンが呟く。
今回、歌舞伎団が踊るのは淡い恋模様を描いたラブストーリー。主人公である女性を、2人の男が恋敵となって取り合うというものだ。
しかし彼女の愛する人はその2人のどちらでもなく、遥か遠い地にいる、すでに生涯の伴侶を得た男を想う悲恋の物語。

「その恋人と思い出の中で踊るシーンがあるのだけど、今回は観客の中から選ぶみたいね。」
「観客が? 大丈夫なのかそれ。素人が踊れるようなもんじゃねえだろ。」
「踊りの上手い下手よりも、歌舞伎団と一緒に観客も踊りに参加できるっていうのが魅力のひとつみたいよ。」

現に今回の舞踏に関しても、恋人役の男だけでなく、他の要所要所で観客を交えて踊るストーリーが組み込まれているようだ。

「選ばれた人には、彼女が被っているテンガロンハットが渡されるみたいよ。」
「へえー…。そうなのか。」
「お、オレ、選ばれたらどうしようかな!?」
「チョッパーの言う通りだ! 俺だって踊りなんか踊ったことねえよ!」
「ヨホホホ! リズム感には自信がありますが踊るとなるとまた別ですね。」
「アウッ! 俺様にかかればどんなダンスも踊ってみせるぜ!!」
「うるせぇお前ら、ちょっと静かにしていろ。」

ルフィたちが期待に胸を膨らませる中、ストーリーは順調に進んでいく。
時に激しく、時に情熱的に身体を激しく、かと思いきや切なく官能的とも感じさせる恋情のダンスはあっという間に周りの人間たちを魅了した。名立たる歌舞伎団だけあって噂に違(たが)わない腕前だ。
一説によると海軍の政(まつりごと)でも召集されたことがあるとか。
普段は陸地のイベントにも縁がないに等しいルフィたちも、この日ばかりは見入っていた。特にルフィが「退屈だ」などと言わずに、飲食や戦闘以外で純粋に楽しんでいる様は本当に珍しいと言っていいだろう。

「例の恋人と踊るシーンみたいだぞ!」

チョッパーが目を輝かせて叫んだ。
このストーリーの山場とも言える内容。一体誰が選ばれるのかと周囲はざわめいた。
ヒロインから放たれたテンガロンハットがふわりと宙を舞う。
それはくるくると回りながら微かな風に乗ってパートナーを探す。
やがてフワリと音もなくサンジの手元に舞い降りた。

「え? 俺…?」

キョトンとするサンジを余所に、ダンサー2人が導くように両手を取る。突然のことに理解が追い付かないまま、ストーリーのヒロインとなる女性の元へ招かれた。

「すげーぞサンジ!」
「恥かくなよ!」
「ヨホホホ! サンジさんがんばってください!」

仲間の声援に後押しされるかのようにサンジは彼女の元へと辿り着く。

「『ずっと会いたかったわ。私の愛しいお人』。」

綺麗な衣装に負けないような装飾を施した美女がサンジに手を差し伸べる。
今のはもちろん劇中で用意されたセリフだがサンジの目がハートマークになるにはそんなこと関係なかった。

「ああ…この私を選んでくださったこと、光栄に思います。」
「『さあ、共に踊りましょう。ずっと離れていた私たちの愛を確かめ合うために』。」
「もちろんです、お嬢さん。

そうしてサンジの手を取り彼女はリズムに合わせてステップを繰り出す。
流れるような動きに一瞬バランスを失ったサンジだがすぐに感覚を取り戻し、足で地面を叩いた。

「スゲェ! サンジうめぇなー!!」
「ヨホホホホ! まさかサンジさんにこんな特技があったとは意外です!」
「足技と眉毛だけが取り柄じゃねえんだな。」
「ちょっとゾロ、眉毛は入れなくてもいいじゃない…。」

もともとサンジは戦闘でも足技を得意とするだけあって、こういった踊りにも何某(なにがし)かの近いものがあるのかもしれない。
麦わら海賊団だけではなく周りの観客も大きな歓声を止めることはなかった。
曲と合わせて流れるような線を描くシュプール。
ダウンライトの炎に照らされる金の髪。
そして、恋人を見つめるかのように目の前の女性を見る優しい眼差し…。

「………。」

みんながサンジを褒めるのもわかる、彼の踊りはとても初めてとは思えないほど鮮麗されていた。
ナミも最初はただ感心して踊りを見ていたが、それが段々と心にわだかまりを作っていく。

「…サンジ、くん…。」

思わず漏れた名前。しかしそれは距離のある男に届くことはない。
サンジが見つめるヒロイン。ヒロインが見つめるサンジ。
恋人同士の役を担う2人。
その2人を見る周りの観客たち。
サンジは、偶然選ばれて、踊っているだけ。
ただ、それだけ…。
頭では分かっていても心が悲鳴を上げる。
もうすぐ曲も終わろうかというところで、ナミはこれ以上サンジを見ているのが辛く、我慢できなくなりそっとその場から離れた。

「…ナミ?」

唯一、彼女の行動に気づいたロビンだったが呼びかけてもナミは反応しない。
今のナミにはロビンの声も吹き抜ける風のように耳を通り過ぎるだけ。
彼女から感じる空気が悲しみを帯びたような色を見せている。
幸いにもここは争いとは程遠い島だ。ひとりになっても問題はないだろう。

「よかったぞサンジー!!」

ルフィたちが沸き立ったのを見てロビンもそちらに目をやる。
踊りを終えたコックが煙草を吹かして戻ってきた。

「うんうん、スゲェ踊りだった! 見てるこっちも引き込まれそうだったぞ!」
「…まあ、俺たちの顔に泥を塗るようなことはなかったな。」
「俺のダンスに脱帽したか、マリモ。」
「バーカ。思い上がりも大概にしろ。」

辛辣なセリフだがお互いが認め合うような内容だ。

「…ところで、ナミさんは?」
「あれ? そう言えばいねえな。」
「本当だ。さっきまで一緒にお前の踊りを見てたんだけどな…。」

何処行ったんだ?とキョロキョロと見回すクルーたちに気づかれぬよう、ロビンはそっとサンジに近寄った。

「彼女なら向こうへ…。」
「………?」

物静かに、しかしどこか身構えさせるような言い方にサンジは眉を顰(ひそ)める。
彼女らしい、だが、彼女らしくない口調(トーン)。
それはナミが何らかの理由で離れたということを想像するに容易いものだった。
そしてそれが、自分絡みであると言うことも。

「…サンキュー、ロビンちゃん。」
「あんまり彼女を困らせないのよ?」

クスリと笑う考古学者に、バツの悪そうな顔を隠すこともできない。
咥えていた、赤を宿したばかりの煙草を足で揉み消すと黒足は示された方向へ迷いなく駆け出した。










祭りの影響で人通りの極端になくなった通り。
比較的広い通りでもあるが、仄かに灯る街灯の下でナミは乱れた呼吸を整えた。

(バカみたい…。勝手に逃げたりして…。)

先程広場の方から大きな歓声が聞こえた。おそらく歌舞伎団の踊りが終わったのだろう。
けれど今戻ってサンジの顔を見ることはできない。見ようものならどんな表情を露わにするか分からない。

(…サンジくんと彼女が踊っている姿を見ていられないなんて、とても言えないわ。)

心を落ち着かせるために大きく息を吸い込み顔を上にあげる。
視界に入った常夜灯(じょうやとう)のオレンジに誘われるように虫が飛びまわっている。

「…ナミさん?」

不意に呼ばれた声にナミはドキリと肩を跳ねさせた。
まさか、どうして彼が。
いや、いなくなった自分を探しに来たのだ。仲間なら当然の行為。
それでも今は彼にだけは会うのをためらったのに。

「ご、ごめんね! 突然いなくなっちゃって。すぐ戻ろうと思ってたんだけど…!」

振り向かずに声の主に対して言いつくろう。
このまま何とか広場へ戻ってほしいとナミは強く願ったが、それは一瞬で崩れ去った。

「…っ! さ、サンジくん…!?」

鍛(きた)えられた逞(たくま)しい身体がギュッとナミを包み込んだ。
離れ難いほど強く、しかし苦しくないように優しく。

「…嫉妬、してくれたんでしょ? ナミさん。」
「…っ、ち、ちが、何言って…。」
「すげー嬉しいよ。」

“嬉しい”。
自分が嫉妬したことが。
サンジはハッキリとそう明言した。ナミの耳元で、柔らかい声を浸透させるように囁いて。

「ナミさんの心を俺が独占できてるって。ナミさんは俺のものだって実感できて、すげー嬉しい。」
「サンジくん…!」

吐き出されたセリフと共に思わずナミもギュッと腕に力を込める。
サンジの背中に回されたそれは黒いスーツに必要以上の皺(しわ)を作るがそんなことは気にしていられない。

「…イヤなの。」
「ナミさん?」
「…イヤなのよ。私以外の人がサンジくんを見つめるのが…。」

見る、のは仕方ない。
でも何某(なにがし)かの感情を込めて見つめるのはどうしようもなく耐え難い。
見つめていいのは自分だけだと、ナミ自身にもどうしようもない独占欲。
こうして抱き締められているのがこの上なく嬉しくて、でも誰にもこうしてほしくなくて。

「サンジくんにも…私以外の女の人を見つめるなんてしてほしくないの…!」
「…ナミさん。」

封を切られた感情はもう止める術はない。
ナミの双眼から流れる涙と同じように想いが言葉となって溢れ出す。

「俺を見て、ナミさん。」

暖かい掌に顔を包まれる。
声に導かれるように顔を上げると柔らかい眼差しが降り注いだ。
戦闘の時に見せるものとも違う。
クルーたちを見るものとも違う。
ナミ自身、見た記憶がないと思う彼の眼差し。

「確かに俺はいつもレディに対して舞い上がったりすることもあるけど、でもこれだけは誓って言える。」
「……なに?」
「…心から愛していると言えるのは、ナミさんだけだって。」

一瞬の驚き。
そして理解するまでの刹那の空白。
自分の耳を疑った。まさか恋い焦がれた対象の本人から、最も聞きたかったセリフが聞けるなんて。
言葉の出ないナミをクスリと笑って、サンジは再び優しく抱き締める。

「…神様に誓っても…って言いたいところだけど、あいにく俺は神様って信じてないんだよね。」

空島のエネルみたいだったら困るし、という言葉に思わずナミは噴き出した。
笑った彼女を見てようやくサンジもニッコリと笑う。

「それより、神なんかよりももっと誓うべき人がいるじゃない。」
「…誰よ、それ。」
「目の前にいる、金色の女神サマの化身だよ。」

もう一度ギュッとナミを抱きしめると、ややあって少しだけサンジは身体を離した。

「…ばぁか…。」
「ナミさんに関してだけは、底なしのバカになってもいいよ。」

そうして水平線と太陽がキスするのと同じく、そっと2人の影が重なった。





『魔性のリズム』

男が奏でる旋律は、何者をも魅了する。



Fin

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