小説(拍手用)

□Imitation canvases.
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「何してんの、ウソップ?」
「うわあああ!!?」

驚かようとしたワケではないのに、まさかの大声に逆にこっちが驚いてしまった。
思わず一歩下がって目を瞬かせたナミを余所に、ウソップは慌てて何かを片づけるような仕草を見せる。

「な、何よ…。」

予想外の慌てぶりに戸惑い言葉を漏らすと、ウソップはキッとナミを睨みつけてきた。

「テメェ、ナミ! いきなり来て驚かすんじゃねえよ!!」
「お、驚かしてなんかいないわよ! 普通に声をかけただけじゃない!」

甲板に出てからほぼ動かないウソップが気になって声をかけた。ただそれだけだ。
遠目から見るに絵を描いているのだというのはわかったので、その内容が気になった。

「それとも、見られたら困るような物でも描いてたわけ?」
「そんなんじゃねえよ!!」

必死で否定するウソップではあるが、その表情には明らかに同様の色が見て取れる。
ナミがウソップの姿を認めてから三時間も彼はここにいるのだ。ナミもずっとウソップを見ていたわけではなく何気に甲板を見た時に彼がいただけ。
いつ見てもウソップは誰かを怒るような表情で目の前の物と睨み合っていた。

「…でも、アンタが描いたにしてはなかなかいいんじゃない?」
「当たり前だ! この俺様を誰だと思ってるんだ!」

ナミは足元に目線を落とし、ウソップの前にあるものとは違うそれらを見た。作者である男を囲むように並べられた五枚のキャンバスは色とりどりの見事な姿に変わっている。
麦わら海賊団の海賊旗を手掛けたほど、ウソップの画力は長けている。
五枚のキャンバスにはそれぞれルフィを始め、麦わらの一味が表情豊かに描かれておりまるで日常から抜け出したひとコマのように生き生きとしていた。
しかしその全てのキャンバスにウソップの姿はない。

「アンタはこの絵の中にいないのね。」
「自画像でもねぇのに自分の絵に自身を描くのは俺様のポリシーに反する!」

何それと少しだけ呆れたような眼差しで、ナミはウソップとその傍にあるキャンバスに目を向けた。
真っ白な真新しい輝きを放つキャンバス。
一切合切手を加えられていないそれは新品同様の出で立ちでそこに佇んでいた。おそらくこの後六枚目となる何かが描かれるのだろう。

「次は何を描くつもりなのよ?」
「考えていたところにお前が驚かすもんだから、構図が吹っ飛んじまったよ。」
「何それ。私のせいだって言いたいの?」

ナミの刺すような視線を受け、ウソップは気圧されて言葉を喉の奥へ飲み込んだ。

「まあでも、やっぱり絵を描くことは流石よね。」
「…っだろう!? もっと褒めていいんだぜ!」
「…って言いたいところだけど。」

突然ウソップの頭上に愛の拳が振り下ろされた。
パカーン!と派手な音を立ててウソップの頭にたんこぶの雪だるまが見事に姿を見せた。

「痛ってぇ! 何すんだよ!」
「何で私はよりによってコレなのよ!」
「だからっていきなり叩くなよ!!」
「叩かれるような絵を描くからでしょう!」

ナミが示したキャンバスには、カードゲームをするルフィ、サンジ、チョッパーが中央に描かれていた。しかしよく見ればその後ろで、ナミが怒った顔でブルックに蹴りをお見舞いしている。

「もっとマシな絵にしなさいよ!!」
「何をどう描こうが俺の自由だろ!」
「それでも少しは考えなさいよね!!」

描かれた状況からさっするに、「ナミさん、今日もパンツを見せてもらってよろしいですか?」「今まで見せたことないし、これからも見せないわよ!」というところだろう。
絵がリアルがゆえに声まで聞こえてきそうだ。
五枚あるキャンバスのうち、ナミが描かれているのはこれだけだ。

「認めないわこんなの! 描き直しなさいよ!」
「できるわけねえだろ!」
「ダメよ! 直さないなら燃やすわよこの絵!!」
「わー!! やめろナミ!!」

『天候棒(クリマタクト)』を取り出し今にも絵を燃やす…というよりは焦(こ)がさんとするナミ。
『天候棒』の先からはバチバチと放電しており、今にも雷が飛び出しそうだ。そのあまりの熱量から向こうに見える景色が陽炎に歪んでいる。

「お、俺様が丹精込めて描いたんだぞ!!」
「だから何よ! この可愛い私の、こんな姿しかない絵はなくなって当然よ!!」

何て横暴だ!!と叫ぶウソップの主張も虚しく、ナミは至って本気だ。

「雷槍(サンダーランス)…!」
「わー! わ、わかった!! 要は他の絵を描けばいいんだろう!?」

その言葉にナミはピタリと動きを止めた。
滝のような汗を全身から流しながらウソップは背中に絵をかばい大声で叫ぶ。
彼女の気まぐれでいつ雷が落ちてもおかしくない状況ではあったが、ニッコリと笑うナミの笑顔を信じるしか今のウソップに道はない。

「最初から素直にそう言えばいいのよ♪」

電光石火を放っていたナミの武器からは徐々に光が消えていく。

「で? どんな絵を描くの?」

悪びれもなく訪ねてくるナミに「この魔女め…。」と心で悪態をつきながらも安堵の溜息をつくウソップ。

「正確に言うと、絵は描いている途中なんだよ。」
「…え? じゃあ六枚目があるの?」
「ああ。まだ完成してねえから見せたくなかったんだ。完成前の絵を誰かに見せるなんて画家はしちゃあいけねえんだぞ。」
「何言ってんのよ。画家でもないくせに。」

ブツブツ何かを言いながらウソップは白いキャンバスに手をかけるとそれを置く台からそっと外した。

「あ…。」

ナミは思わず目を丸くする。
外された後ろから一回り小さいサイズのキャンバスが姿を現したからだ。しかもそれはすでに色とりどりに描かれていてほとんど完成しているようにも見える。
六枚目のそれには麦わら海賊団がジョッキを片手に乾杯をしているシーンだ。宴か何かだろうか。そこに描かれるクルー全員が笑顔を携えて喜んでいる。

「すごい…。」
「ま、俺様にかかればこのくらい朝飯前だがな!」

思わず漏れたナミは感嘆の声を聞き、ウソップは気を良くして得意げに鼻を鳴らす。

「もしかしてさっきの白いキャンバスって…。」
「ああ。この絵を隠すためのフェイクだ!」
「こんな絵を描いてるなら何で隠してたのよ。」
「言ったろ。まだ未完成なんだよ。」
「何が足りないの?」
「お前には分からねえだろうが、もっとこう、抽象的にするための明度や彩度を駆使して、もう少し暖色系の彩りを加えてだな…。」
「…はいはい、もういいわ。」

ナミは目の前の絵をジッと見つめる。
淡い色彩で浮かび上がる麦わらのクルーたちは今にもキャンバスから飛び出してきそうな錯覚さえ覚える。
自分たちの姿を客観的に見ることが少ないがゆえ、例え絵であってもこうして見ると改めてこの海賊船に乗ってよかったと思える。
血の繋がりでも何でもない。強いて言うなら“ルフィ”という男が手繰り寄せた糸に手を伸ばした人間たちの集まりだ。

「あ、でも。」
「まだ何かあるのかよ。」
「私から言わせてもらえば、アンタが足りないわ。」
「……は?」

先に見た五枚の絵と同様、やはりウソップの姿は描かれていなかった。そのことをナミは指摘する。

「せっかく一味全員がそんなに楽しそうにしているんだもの。アンタも加わってもいいんじゃない?」
「だから、自分の絵を描くのは…。」
「自画像だけだって言いたいんでしょ? 分かってるわよ。でもどんな世界にもちょっとしたイレギュラーはあっていいものよ?」

海賊の世界にルフィのような人間がいるように。
そう言ってナミは立ち上がると「その絵に免じてさっきの絵は燃やさないでおいてあげるわ」と言い残し、自分の部屋へ戻って行った。

「………。」

ナミがいなくなったことを確認し、ウソップは深く息を吐いた。目の前で笑う一味をもう一度眺め、さっきのナミの言葉を反復させる。
確かにそれもいいかもな、何て考えながら口元を歪める。
目の前のキャンバスに再び手をかけると軽く力をこめた。ガタリと小さく音をたてて台から外れたその後ろに、さらにもう一回り小さいキャンバスが現れる。

「…アイツ、本当に自覚がないのな。」

そこには柔らかく優しく微笑むナミの姿。
僅かに細められたブラウンの瞳は暖かく何者をも包み込んでくれそうな温もりが感じられる。

「…俺の心のキャンバスは永遠に完成しそうにないな。」

吸い込まれそうなほどに広がる青空を見上げて口にした呟きは、宙を舞って吸い込まれていった。





『Imitation canvases.』

偽りのキャンバスの裏には明かされない秘めた想い。



Fin

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