小説(拍手用)

□背中越しの言霊
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今日も平和なサニー号の一幕。
船縁で腰掛け、釣り糸を垂らして今日のおかずを釣り上げようと並んでいる3つの影。

「俺が一番の大物を釣るぞ!」
「何言ってんだルフィ! 釣るのは俺だ!!」
「いーや俺だ!!」
「俺だっつうの!!」
「うるせえぞ、お前ら! 静かにしねえと魚も逃げちまうだろ!!」

相変わらず競争心の強いルフィとウソップだが、それ以上に釣りに目覚めたゾロはピシャリと2人を一喝する。

「あんたたち、もう十分でしょう。いい加減止めない?」
「何言ってんだナミ!! まだあと十匹は釣るぞ!!」
「さっきからその三倍は釣ってるでしょうが!! 多すぎたって食べきれないのよ!!」
「じゃあ最後の一匹にするぞ!! サメだ! でっかいサメを釣り上げるぞウソップー!!」
「よしきた!! 任せとけルフィ!!」

この前サメをアクアリウムに入れて魚を全滅させたのはどこの誰だ、という突っ込みすらもう入れる気も起きない。
一度経験しているのに同じことを繰り返すのは良く言えばチャレンジ精神旺盛、悪く言えば学習能力がない。

「うふふ。相変わらずね。」

頭上から降ってきた声に導かれるがままナミは顔を上げた。
サニー号の船尾、みかん畑があるところのパラソルの下、コーヒーを相棒に、物静かに本を読んでいたロビンだ。

「あいつらったら懲りないのよ。またアクアリウムをダメにする気なんだから。」
「しかも本人たちはそれに気付いてないのよね。」
「そうなのよ! バカらしくてもう止める気も起きないわ。」
「そこが彼ららしいところじゃない。特にルフィはね。」

ロビンから出てくる言葉も大人なら考え方も大人だ。
彼女自身が…というものもちろんあるが、彼女の最大のパートナーである『船大工』の存在が大きいのかもしれない。
エニエス・ロビーで同じような境遇にありながら、その身を呈(てい)してロビンを銃弾の雨から救った男。
肝心の彼はサニー号地下一階にある自身の『兵器開発室』で何やら作業中だそうだ。変態という点を除けば最高の相棒だろう。

「…ロビンが羨ましいわ。」
「そう? ありがとう。」

そういうとロビンは手にしていた本に再び目を通し始めた。
その様はいつ見ても物静かで凛とした大人の雰囲気が漂い、世の男たちが10人いれば10人共振り返ってもおかしくない。
ロビンの傍で船縁に腰掛け、ブルックがバイオリンを奏でる。ロビンの読書の邪魔をしないような静かで心に通るようなメロディーだ。
適わないな、とナミは思う。

「…第一、釣っている魚全部が食べれる種類とは限らないでしょう? 中には毒を持っているのだっているかもしれないのに。」

相変わらずワイワイと騒ぐ船長を筆頭とした釣り組に対してボヤいた呟きは、誰に聞こえるでもなく…。
いや、ひとりだけその言葉を聞いた男がいた。

「キャッ!?」

突然背中にくすぐったさを感じ、ナミは思わず悲鳴を上げた。
何事かとナミと、そしてクルーたちが視線を向ける。

「ビックリした? ナミさん。」
「サンジ君!!」

太陽の光を受けてキラキラと眩しく金髪を輝かせるのは麦わら海賊団の『コック』にして究極のレディファースト男子、サンジ。
そしてナミが想いを寄せる男でもある。

「毒のある魚がいたとしてもそれを見分けるのが俺の役目。間違ってもナミさんに毒を食べさせるようなことはしないよ。」
「あ…いや…。」

私だけじゃなくて他のクルーに食べてもらっても困るんだけど、という突っ込みはしないでおいた。

「おいお前ら、釣るのはいいがサメなんぞ入れたらまた前みたいに生簀(いけす)の魚がいなくなるぞ。」
「ええ!? ならどこに置いとけばいいんだよ!」
「だから生簀には入れずにすぐ俺を呼べ。その場でシメて今日のディナーのメインディッシュにするから。」
「おお! さすがサンジ! そうと決まれば膳は急げだルフィ!!」
「おう! やるぞウソップ!!」

俄然やる気を出したルフィとウソップの背中を黙って見つめるサンジ。
僅かに弧を描いている口元にはトレードマークの煙草(タバコ)。
手に持つトレーの上には美味しそうなカクテル風のドリンクが見える。
サンジがそれを手に取りナミに差し出すと「ところで、ナミさん」と不意に言う。

「なに?」
「さっきの言葉分かった?」
「言葉?」

ドリンクを受け取りながらナミは思案する。
サンジが何か言っていただろうか。
思いあぐねても答えを要するような会話は思い出せない。

「背中に文字を書いたんだけど…気付かなかった?」
「…文字?」

さっき背中を指で擽(くすぐ)られたアレだろうか。
船上で油断していたとは言え、いきなりのことだったので文字だと気づくことすらなかった。

「ゴメン、全く分からなかったわ。」
「あははっ。まあそうだよね。」
「何て書いたの?」
「ん? “ナミさん大好きだよ”って。」
「………。」

またいつものことか、とナミは聞いたことを少し後悔した。
サンジの女性に対する言葉は今に始まったことではないが、やはり自分の想い人が自分以外の女性に対して優しくしたり褒めたりしていい気分がするものではない。
かつてはエニエス・ロビーでCP9のカリファにすら手を上げなかったくらいだ。さすがにあの時は呆れもしたが、同時に見直したというのも素直な思いだ。
それをサンジから取ってしまうと、彼は彼でなくなってしまうのかもしれない。
そう思っていても心は複雑に揺れるようだ。

「じゃあ、サンジ君も当ててみてよ?」
「ん?」
「私が背中に字を書くから。」

ナミの申し出にキョトンとした表情のサンジだったが、すぐに柔らかい笑みを浮かべて彼女の言葉を受け入れた。

「でも俺は強いよ? 何せガキの頃はよく遊んだからね。」
「答えられないくらい長くて難しいのも混ぜるけど?」
「余裕余裕♪」

そういうとサンジは芝生甲板に腰を降ろしてトレーも傍に置いた。
ナミはサンジの背中に向かって座りスーツで纏われた背中に視線を向ける。

「まずは小手調べ…ね。」
「いいよ。」

人差し指でサラサラと背中に文字を書く。
書いている本人にしか見えない最初の文字は三文字。

「“ルフィ”。」
「当たり! さすがね。」
「これくらい朝飯前だよ。」
「じゃあ、どんどん行くわよ?」

そう言ってナミは次の文字を書く。少し速度も上げてみる。

「“ウソップ”。」
「正解!」
「“チョッパー”。」
「すご〜い!!」

背中に書く文字は大きく一文字ずつ、重ねるように上書きしている。
それぞれの文字の特徴や指の動きなどを把握していなければ読み取れないだろう。
ゆえに次の二文字もサンジには朝飯前に違いなく。

「…“クソバカまりも”。」
「あ゛?」
「何てこと言ってんのよ! 普通に“ゾロ”って書いたでしょ!!」

わざわざ短い固有名詞を三倍以上に長くするのは余裕なのか、それともその名前を口から出すことが嫌だったのか。
事情を知らないゾロは何のことか分からず返事だけはしたものの特に気にしていないようだ。

「じゃあ次は少し趣向を変えるから答えてね。」
「もちろん♪」

そういうとナミは再びスーツで覆われた背中に文字を描く。

「“好きな食べ物は?”」
「違うわよ。それに答えて。」
「え? …あ、ああ、そういうこと。」

思いがけぬ方向転換にサンジは一瞬戸惑ったものの、すぐに状況を理解した。

「じゃあ『辛口海鮮パスタ』。あとは紅茶に合うものなら何でも。」
「じゃ、次ね。」

“好きな色は?”

「ん〜…青かな。」

“尊敬する人は?”

「…オーナー・ゼフ、かな。ムカつくオヤジだが命の恩人でもあるし、あの人がいなかったら今俺はここにいねえ…。」

背中を見ているナミにはサンジの表情は読み取れないが、その声色はどこかしら優しいようにも感じた。
もしかしたら今、彼の頭の中ではかつてレストランで共に過ごした仲間たちが大笑いしているのかもしれない。
確証もなくそんなことを考えると、ツキンと心が痛む気がした。

「…次はちょっと長いわよ?」
「オーケー。何でもいいよ♪」

サラサラと滑らかにナミの指がサンジの背に文字を生み出す。

“サンジ君は昔から女好きなの?”

「女好きなんじゃなくて、レディファーストなだけだよ。」

“綺麗な女性はいつも目で追ってる?”

「素適な女性は目の保養になるからね。」
「ホントに〜?」
「あはは、何で疑われるかな…。」

若干ドスが聞いたようにも聞こえたナミの声だったが、彼女が再び背中に文字を書き始めたのでそれに意識を戻した。

「………え?」

思わず咥えていたタバコを落としそうになった。
反射するように振り返ると、少し俯いて頬を染めているナミ。

「……ナミさん…。」
「…答えは?」

髪に隠れて表情がよく分からないが、ナミは確かに照れているようだった。
驚きと疑問と、それ以上に喜びが支配するサンジは今すぐナミを抱き締めたい衝動に駆られるが、きっとナミはそれを望んではいない。望んでいるならばあからさまに照れるという状況を彼女は見せないはずだ。
特に他のクルーが視界に入るこの状況なら尚更。

「…もちろんだよ、ナミさん。」
「…本当に?」
「でも俺の言うことも聞いてくれたらね。」
「…なに?」

そう言うとサンジはナミの背を取り、小さなそこに優しく指を滑らせた。
先程ナミが紡いだ言葉よりも少しだけ長いそれを、理解できるようにゆっくりと丁寧に紡いでいく。

「…分かった?」
「……当り前じゃない。」

そうして振り返った彼女の眼は少しだけ潤んでいて、でもとても嬉しさに満ち溢れていた。
声なき言葉は確かに2人を繋いだ。





『背中越しの言霊』

――私だけに、好きって言って。
――俺だけに、愛してると言ってくれるなら。



Fin

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