小説(拍手用)

□A king's categorical imperative.
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始めたのはほんの気まぐれ。
平和な日常の、誰かが言ったゲームの始まり。

「「「王様だ〜れだ!?」」」

紅茶、コーヒー、水など、それぞれが相棒とする飲み物を傍に置いて、中央にはチップスのようなおつまみが用意されている。
掛け声と共に全員が自らの手に掴んだ割り箸ほどの大きさの棒を一斉に確認する。

「俺だー!!」

王の雄たけびをあげたのは、赤い印が先端についた棒を太陽に翳(かざ)すウソップ。

「またお前かよー!!」
「これで3回目じゃねえか!」
「狙撃の王様はゲームの王様も相応しいのだ!!」

そう言って歯茎をさらしながらドヤ顔で決めポーズをとる狙撃手に「ハァ…」とナミはため息を漏らす。

「…で、次の命令は何かしら王様?」
「そうだな! それじゃあ…。」

楽しそうに笑みを浮かべ“王様”の次の言葉を待つクルーたち。

「1番と4番と8番! 腕立て500回だー!!」
「なんだそれ!!」
「罰ゲームじゃなくて特訓じゃねえか!」
「つべこべ言うな! 王様の命令は絶対だ!!」

背後に“どん!!”という効果音がつきそうなほどにウソップは堂々とした態度だった。

「8番は俺だ…。まあトレーニングだと思えば…いや、ウォーミングアップだな。」

ゾロは手の中にある棒に書かれた一筆書きの数字を見ながら漏らす。

「ヨホホ〜! 私1番です! 私、腕立てする意味あるんでしょうか!! 鍛える筋肉ないんですけれども!」
「アウ! スーパーな俺様が4番。俺も鍛える意味はあんまねえような気もするが…。」

今回の罰ゲームをもってこいの人間と、全く意味をなさない人間、半分機械で意味があるのか分からない人間がそれぞれ甲板に手をついて王様の命令をこなす。
彼らの身体が上下に動き、その回数が重なるにつれポタポタと汗が甲板に刻まれていく。

「おれ、外れてよかった。体力には自信がねえ。」

チョッパーは置かれたチップスを口にした。
もごもごと口の中で砕けるそれはサンジ特製で、甘くなく、ほどよい塩味が食欲をそそる。

「王様になったときのウソップは本当に生き生きしてるわね。」
「ふふ、そうね。」

このゲームを行うにあたって三つの約束事があった。
一つ、何かが減ったり無くなったりするような命令は禁止。
二つ、傷ついてケガするような命令は禁止。
三つ、指名するのは最大3人まで。
これに該当しなければ下された命令は絶対に遂行しなければならない。
1人は片手で尋常でない速さで瞬く間に回数を増やしていく。さすが日頃から鍛えているだけはある。
それに続いてフランキーも終わり、ゾロが終わってから30分ほどしてようやくブルックも規定回数をこなした。

「…つ、疲れました。私、疲れる筋肉もないんですけども…。ヨホホ…。」

ぐったりと倒れ込むブルックをよそに「ゲーム再開だー!!」と声をあげたのは麦わらの船長で。

「あんたまだやるの!?」
「おう! 楽しいもんは何度やってもいいじゃねえか!」
「楽しんでるのはあんたたちだけでしょうが。」
「まあいいじゃないナミ。こういう時間も滅多にとれないんだから。」

そうロビンに宥(なだ)められてはそれ以上何も言えない。
大人の雰囲気漂う彼女には適わないなとナミはいつも思う。

「じゃああと1回だけよ。」
「おう! 次こそ俺が王様だ!!」
「何言ってんだルフィ! 俺だ、俺。」
「いーや、そこは連覇のウソップ様が!」
「俺もなりたいぞ! まだ一回もなってないんだ!」
「ヨホッ。次も罰ゲームは遠慮したいですねえ。」
「…どうでもいい。釣りがしてぇ。」
「こらゾロ! せっかくのゲームに水を差すな!」
「はいはい、始めるわよあんたたち。」

手早くクジを回収したナミが円形に座ったクルーの真ん中に差し出す。

「じゃ、行くわよ?」

各々がひとつずつ棒を掴み、ゲームスタート。

「「「王様だ〜れだ!?」」」

一斉に引き抜かれたそれをジッと見つめる。

「…違った…。」
「俺もだ。」
「残念です…。」

外れた面々が肩を落としていく中、落ち着いた雰囲気でロビンはクスリと笑う。

「あら、次は私が王様ね。」

そう言ってロビンは自分の手にある色のついた棒を分かりやすく差し出す。

「おお! ロビンも今日初めてだな!」
「ロビンちゅあんが王様♪ 俺どんな命令でも忠実に従うぜ!!♪」
「ロビン、どんな命令するんだ?」

ハートマーク満載のサンジと、キラキラした目で次を待つチョッパー。
固唾を呑んで考古学者の発言を待つ。

「そうねえ…。」

チラリとナミに目配せをするとその口元には優しい笑みを浮かべる。
何?と疑問に思うと同時にロビンは口を開いた。

「じゃあ…5番が2番にキスをする、というのはどうかしら?」

予想外の命令に男たちは歓声を上げる。

「マジかよロビン! すげーなその命令!!」
「おいおい、野郎同士でやることになるんじゃねえのか?」
「キスって何だ? 美味いのか?」
「チョッパー、キスってのはな…。」

どよめく男たちの中、ロビンを見たままナミは微動だにしない。

「ナミ、どうしたんだ?」

先程から一言も言葉を発していないナミに気づきルフィが声をかける。
大いに盛り上がる男性陣をよそに、明らかに表情が固まった人物がひとり。
まさかという思いに全員がそちらを振り返る。

「………わ…。」

明らかに顔を染めて手に持つ棒を震わせながらポツリと呟いた。

「私…5番…。」

一瞬の沈黙。
いじわるなお姉様さながらにロビンはくすくすと笑う。

「なにぃーーーー!!!?」

当然の如く沈黙を破ったのはサンジで。

「だだだだだ誰だ!! 2番は誰だ!?」
「お、俺じゃねえぞっ!」
「スーパーな俺様は1番だ!」
「…俺でもねえ。」
「ヨホホホ〜! 私は6番でした!」

大声で叫ぶサンジを筆頭に、ウソップやフランキー、ゾロ、ブルックと次々否定の声を上げる。
チョッパーに至ってはサンジの殺気にも等しい迫力に涙目で震え上がっている。
その会話に参加していない最後の1人にサンジはバッと振り返った。

「んあ? 俺が2番だけどどうかしたか?」

そう当たり前のように返したのはもちろんルフィ。
一番キスとは縁遠そうな男がしれっと言うものだから事の重大さが半減してしまう。

「ナミさんがルフィさんと!?」
「ルフィ! お前どういうことか分かってんのか!?」
「ぬあー!! 許せん! ロビンちゃんその命令はナシだ!!」
「あら? 王様の命令は絶対でしょう?」

減るものではない。身体に害を与えるわけでもない。
ならば続行しかない。
ゲームとは言え命令は命令。

「じゃ、お2人さんお願いできるかしら?」

もちろんやるわよね?と有無を言わさない目線をルフィとナミに投げる。
その優しい微笑みは仮面かとナミは思った。
しかも“5番が2番に”という命令なので、つまりは“ナミがルフィに”ということなのだ。

「ナミさん止めてくれー!!!」
「よっ! いいぞお2人さん! やっちまえ!!」
「…好きにしてくれ。」
「ヨホホホ! 若いって素晴らしいですね。」

人事だと思って!!
ナミは明らかに(約2名を除いて)面白がっているクルーを睨みつけた。
考えれば考えるほど顔に熱が集中していく気がしてならない。

「キスってやっぱ口にするのか?」

先程ウソップから説明を受けたチョッパーが事も無げに聞く。
そうだ、何も口にすることはないのだ。場所も時間も指定されなかったんだから一瞬、軽く頬にでもしてやればいい。

「る、ルフィ! 言っとくけどゲームだからね! 仕方ないんだからっ!」
「わかってるって。早くしろよナミ。」

赤い顔のまま自分を言い聞かせるように言うナミに対しいつもどおりに振舞うルフィ。
照れるでもなく、目を逸らすでもなく、本当にいつもどおり。
もしかしてルフィはこういうことには興味がないのだろうか。そう考えるとナミは少しだけ哀しくなった。

「……じゃあ…。」

発狂するサンジをフランキーが押さえつけるのが僅かに見えたが、意を決して、ナミは少しだけ上の位置にあるルフィの頬に近づける。
みんなが見ている前でのキスなんて顔から火が出そうな思いだった。
一瞬触れるキスをした。

「…んぅっ!?」

しかし離れる瞬間、突然ルフィはナミの顔を両手で包み込んだと思うと、そのまま唇に自分のそれを重ねた。

「ああっ!!?」
「いっ!?」
「うゎ…。」
「…え?」
「おぉ〜…。」
「…あらあら。」

顎が外れそうなくらいに大口を開けているウソップを筆頭に、目の前の出来事に開いた口が塞がらない一味。
ちゅっ、という軽いリップ音がして唇が離れる。
その瞬間のルフィの表情は戦闘中のそれに等しく、“男”の顔だったことに不覚にもドキリとナミの心臓が鳴る。

「確かに命令どおりにしたぞロビン!」
「…ええ。命令以上のこともしたみたいだけどね。」
「てめえぇルフィ!!! ナミさんに何してやがんだあぁ!!!」

目を炎にして猛獣の如く飛びかかってきたサンジをひらりとかわして甲板をかけるルフィ。

「何って命令に従っただけだぞ。」
「ウソつけぇ! 最後のは明らかに命令違反だ!! オロしてやる!!」

追いかけるサンジと逃げるルフィ。
ゴムであるルフィは伸縮自在だからどこへでも飛び移って逃げ回るが、サンジも二年で鍛えた足をもって空中を駆け遅れを取らない。
そんな二人を甲板から見上げながら「とても楽しかったわ。」と片付け始めるロビン。
そんな彼女の態度にいささか怪訝(けげん)そうな表情をナミは見せる。
これだけ人数が、しかも男が多い中でルフィとナミ2人をピンポイントで指名し、さらに命令の内容すら男女だから盛り上がりを見せるもの。

「…ねえロビン。もしかして…。」
「あら? やっぱりバレちゃってたかしら?」
「『バレちゃってた』じゃないわよ!!」

やわらかく笑うロビンにやっぱりか!とナミは再び顔を赤らめた。
ロビンが自分の“目”を咲かせれば誰がどの番号を持っているか何て一目瞭然。
あとは彼女のイタズラ心の赴くままに事は進んでいくだけ。





『A king's categorical imperative.』

その唇から放たれる王の命令は絶対です。



Fin

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