宝物庫(小説)

□一輪の花
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『一輪の花』





花を一輪、贈るとしたら薔薇に勝るものはないだろう。

不可能の名を冠する青い薔薇。
純白の花弁が美しい白薔薇。
愛らしいピンクの薔薇。
或いは、柔らかいクリーム色の小さい薔薇や、黄色や、夢見るようなオレンジ色の薔薇もいい。

どんな色のものを贈られたって嬉しいことに変わりはないのだけど、どうせなら、やはり情熱の名を冠する真っ赤な薔薇がいい。


いつからだろう。
毎月決まって同じ日に赤い薔薇が一輪、サニー号に届くのだ。

届けられる薔薇は蕾の状態だったり、咲きかけだったり、満開だったり、それから種類も特に決まっていなかったが、必ず赤い薔薇だった。

送り主の名も、何のメッセージもなく、ただ、淡々と送られてくる赤い薔薇。

ラッピングだってとてもシンプルなものだ。
薄紙を一巻きして、リボンで括っただけ。
リボンすら無いときだってあった。


それでも、その薔薇が誰から誰へ、何の意味を持って届けられるのか知っている者はそれを手に取って、自分の机に飾り、懐かしむような眼差しと指先でその花を愛でるのだ。


そう、一度。一度だけ、彼の部屋に満開の薔薇が大量に生けられていたことがあった。
昼や夜に見たときは何とも思わなかったに、朝日の差し込む薄明かるい部屋で、その赤は私にはとてもとても鮮やかで、……鮮血の色に見えた。

この体内を巡っていた血の色。
彼に無理矢理抱かれても何の苦痛も感じなくなったこの体にはもう流れていないだろう、生きた人間の血の色。

魅せられるように花瓶から一輪抜き取って、その赤を眺め、
そして、折れるのも構わずその細い茎を力一杯握りしめた。

処理をしてあるとはいえ、幾つか残っていた棘が肌を裂いて、穴を開ける。

痛い、と思った。

「何をしてる」
「別に」

私がまだ人間なのか確かめたかっただけ。あなたには理解できないでしょうけど。

「血が出てるじゃねェか」

そう言って、掌に舌を這わせるのに少しぎょっとした。

「く、すぐったいわ……」

あと、なんだか恥ずかしい。
情事の時よりも、格段に気恥ずかしい。

「ナミ、覚えておけ。お前の肌に傷を付けていいのも、痕を遺していいのも、おれだけに許されたことだ」

何バカなことを言ってるの。

口にしかけた言葉は目を細めて、手のひらに唇を落とす男の眼差しに掻き消され、だんだんおかしくなってきた。

怒りが一回りしてバカらしくなったのかもしれないし、あの傲慢な男が自分の手のひらに優しくキスを落とすギャップにやられたのかもしれないし、単に擽ったかっただけかもしれない。

「もう痛くないし、血も出てないわ…。……ドフィ」

口にした言葉は震えていて、不意に視界が滲んだ。

ここに連れてこられてから泣いたのは、初めて抱かれた夜以来だった。
あの日、泣いて泣いて、もう、ルフィ達が迎えにきてくれるまでは泣かないと誓ったのに。

急にぼろぼろと泣き出した私に男は多少なりとも狼狽えたらしく、ぎょっとした顔で一瞬固まった。

それがまた、おかしくておかしくて、……ほんのすこしだけ、愛しく思えて、涙をこぼしながら小さく笑った。





あれから、どれくらい経ったのだろう。

あの目が眩むような朝から、
ルフィとトラ男が彼の王国を壊してから、
あの島を離れてから、
何回朝日がのぼったのだろう。

忘れるな、というメッセージには、今もお前を想っているというメッセージが暗に込められていると自惚れてもいいのだろうか。

また面倒な奴に見初められちゃったなぁ、なんて。

小さく笑って、不器用な王様から送られたメッセージに口づけた。

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