宝物庫(小説)

□未完成ラブストーリー
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「私を、口説いてみなさいよ」

こんなにいい女を手籠めにするだけなんて勿体無いわ。
あんたにもそれくらいわかるでしょう。

役立たずになったブラの代わりにシーツで胸元を隠して、精一杯の虚勢を張った。

地獄か天国かなら、地獄一択。
そんな生き方をしてきたのだから。
今更、初めては好きな男に、だなんて言うつもりは無いけれど。

シーツの裏側にショーツを一枚纏っただけの震える脚を隠す。
優しくして、だなんて可愛い台詞は言えないから。
代わりに、せめて。

「愛してるのひとつも言えないの?」

震える唇で精一杯、いい女の笑みを形作った。


バルコニーの白薔薇が青白い月の光に照らされていた。




目が覚めたのは、昼少し前だった。
ぼんやりとしたまま身体を起こせば、服と、宝石と、簡単な置き手紙だけが明るい部屋に残されていた。

こんなことが前にもあったような。なかったような。

水差しからグラスへと水を注いで、一気に煽る。
ベッドの隙間に隠していたブレスレットを手に取って、手首に通し、暫くそのまま眺めた。

ふらつく足でベッドを降り、手紙を一瞥して好みの首飾りをひとつ手に取ろうとしたところで、情事の残滓が下肢を伝い落ちる感覚に手を止める。

そのまま何も取らずベッドに戻って、突っ伏した。


白薔薇が風に揺れていた。




その夜も、次の夜も、またその次の夜も人形のように抱かれた。
涙を流すように濡れる身体を男は愛した。
しっとりと手に吸い付く肌を褒めて、喘ぐ唇を塞いで、白濁を注いで。
手に入った玩具を悦んでいるようだった。




「私、白い薔薇好きじゃないのよ」

男の用意した靴を履いて、ドレスを身につけて、宝石を纏って。
人形らしさが板についてきた頃、艶々とした苺がたっぷり盛られたタルトを前にぽつりとそう洩らした。

「何色が、好きなんだ」
「こんな感じの、綺麗な赤」

男がそれをどう思ったのかは知らない。
ただ、すぐにバルコニーの薔薇は跡形もなく片付けられ、部屋一杯に紅い薔薇が満たされた。

別に、薔薇が好きな訳じゃないのだけど。
どちらかと言えば、窓の外に見える黄色の鮮やかな向日葵畑の方がよっぽど綺麗だし、好きだ。

あの白薔薇がほんの少しでも黄みを帯びていたら、もしかしたら、散らずに済んだのかもしれない。
或いは、この城の主が、珍しい蜜柑色の髪の猫を気に入って、ペットにしようなんて思わなければ。

空っぽになったバルコニーから見える青い空をぼんやり見つめながらそんなことを思った。




「…………ドフィ、か」

紅い薔薇をひとつ手に取って、初めて独りの時間に男の名前を口にした。
大袈裟に包帯を巻かれた指を眺める。
唇で触れれば、確かに体温を感じた。

この胸に流れる血の温度。
この指に口付けられた唇の温度。

「愛してなんかいないわ……」

花びらを一枚、摘まんで散らす。
何枚も、何枚も、散らしていく。
花弁を喪った無惨な花の残骸を手に床に散らばった赤色を見つめて頭に浮かんだ名前は、きっと迎えに来てくれる麦わら帽子の似合う船長ではなくて。

「あんただって、本当はそうなんでしょう……ドフィ」

いつの間にかバルコニーに腰掛けていた派手なピンクの羽毛を纏った男に振り向かず、問い掛けた。



『未完成ラブストーリー』

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