devote for you

□貴方です
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『何が好きで、何が嫌いなのか 
私は本当にあの人が好きで、あの人は本当に私が好きなのか 
自分の思いを整理するため、此を書く事にした』




1ページ目はこの文だけで終わっていた。



「響華ちゃん.........そんなに、その人の事が好きなんだ.........」


響華の想いの強さに感嘆した後、弥生は2ページ目を捲る。




『最初に出会ったのは6月の24日 家事をする気が無くなった母さんが家政婦として雇った』





「あれ?なんでアタシが出てくるの?」


てっきり好きな人との出会いを書くのだろうと思った弥生は不審に思う。





『家政婦さんの名前は弥生朝希 
初めて見たときは家のインターフォンを連打していたから、正直馬鹿なのかなって思った
実際あんまり頭は良くなかったのだけれど』





「..................(怒)」


日記を持つ手に思わず力が入る。


「わざわざここに書かなくてもいいじゃないの.............!」


本を破り捨てたい気持ちを抑えて、弥生は3ページ目を捲った。





『次の日には時間より早く帰ってしまった事をネタに、母さんに愚痴を言われていた


母さんが出掛けた直後に悪口を言いまくっていたから、こっそり後ろにいて全部聞いてやった


あの時の慌てた弥生さんの顔は忘れられない』





「ああ、そういえばそんなこともあったよねぇ..........」


遠い目であの時を振り替える弥生。

弥生自身も、愚痴が響華にバレた時の絶望は忘れられないものである。


「でも、どうしてあの時引き止めたんだろう.........?」


母親だけならまだしも、弥生は響華の事も将来ヒモが出来ると馬鹿にしていたのだ。

普通なら出ていく所を引き止める事などしないだろう。


弥生は疑問を抱きながら読み進めるも、すぐに理由は判明した。





『寂しかった』





「..........................」





『一人はもう嫌だった これ以上誰かがいなくなるのは耐えられなかった
だから、弥生さんが辞めると言った時に必死で引き止めた





自分でも馬鹿だと思う
あの時は私から遠ざかっていったのに
今になって人が自分から離れていくのは耐えられないなんて
本当に馬鹿だ』





「........響華ちゃん.......」



日記の文を目で追いながら弥生が呟く。


言葉の端々から響華の孤独が伝わってくる。


親に見捨てられ、友達を見捨て、独りで生きてきた響華。


誰にも話せない彼女の辛さと寂しさが、この日記に押し込められていた。


次のページ。





『今日は弥生さんが掃除を終えた後に、邪魔にならない程度に色々話した


短大卒だということを私に知られた時はちょっと怒ってたけど、弥生さんはそれでも可愛い


口を尖らせてすねている所を見ていると後ろから抱き締めたくなってくる』





「.............な、なんで?なんでアタシなの..............?」


日記の内容に戸惑い続ける弥生。



自分の気持ちを整理するために書いた日記に弥生をここまで登場させる意味が、全く分からなかった。




















.................いや。







本当は分かっている。


心の奥底では、もう分かってしまっている。



ただ、その考えはあまりにも突拍子すぎて、受け入れる事ができないだけ。


意識的にその思いを頭の中から追い出して、分からないふりをしているだけ。







響華の想いを知るのが、怖くて、嬉しくて、不安で、楽しみで。


好奇心に耐えられない弥生は、次のページを捲ってしまう。






『弥生さんは、私の事をどう思っているのか





きっと、どうも思っていない





弥生さんにとって、私はただの、勤め先のお嬢さん
それ以上でもそれ以下でも無い


友達がいない私の事を、内心では蔑んでいるのかも知れない


今まで私が出会ってきた、その他大勢とどうせ同じ





だけど、何故か悲しい




弥生さんに叱られたら、堪らなく悲しい






あの時はなんでもない振りをしてたけれど、本当は凄く悲しかった






両親と決別してから、誰に拒絶されても、何も感じなかったのに






なんでなのかな』





まだこの時点では、響華は自分の想いに気が付いていない。


それとも、今の弥生と同様、気付いてはいるが認めたくないだけなのか。


本心を知りたい弥生は、響華の日記を一気に読んでいく。





『今日は弥生さんの料理を手伝った
だけど、凄い勢いであっという間に作ってしまう弥生さんには敵わない
他の家事も完璧にこなす弥生さん
見ていて憧れる』





『弥生さんの買い物についていった いつの間にか近所のスーパーのタイムセールを熟知していた弥生さん、半額の野菜に向かう姿は、まるでハンター(笑)』





『あんまり頭が良くない弥生さんに、ちょっとだけ勉強を教えてあげた
最初は嫌がってた弥生さんだけど、少しずつ分かってきたみたいで、嬉しそうに問題を解いていた
私が年上みたい』





『うちの近くでもうすぐ夏祭りがある事を伝えると、一緒に行こうと誘ってくれた
勇気を出して誘ってみようと思ってたから、凄く嬉しい
夏祭りが楽しみ』






弥生との日々が事細かに書かれている響華の日記。


文面からでも、長らく人付き合いをしてこなかった響華の喜びが伝わってくる。



一方、学校での生活や、両親への思いは一文字も書かれていない。


この日記の出てくる人物は響華と弥生の二人しかいなかった。







弥生のページを捲る手が、ある日付で止まる。



その日付は三日前、響華が朝倉君に告白された日だった。



あの時、響華は他に好きな人がいるという理由で、朝倉君の告白を断っていた。



次のページには、恐らく響華の本当の思いが書かれている。



本人がいない時に、勝手にその思いを覗き見る事は、人として最低
の行いである。



だが、弥生はどうしても響華の本心を知りたい気持ちを抑えられない。











軽い深呼吸をしたあと、弥生は決心して、次のページを捲った。
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