devote for you

□辛い今
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「終わった終わった、っと。」


最後の一枚を棚に戻す。



皿洗いを終えた弥生は、濡れたエプロンを体から外してバッグにしまった。

お昼と同じ様にソファでくつろいでいると、パジャマに着替えた響華がタオルで頭を拭きながらリビングに戻って来た。



「弥生さん、お風呂空きましたよ。」

「アタシは入らないわよ。」

「別に入っても良いですよ?私が許可します。」

「だから良いって。帰ったら自分の部屋のお風呂入ります。」

「良いんですか?サウナ、ジャグジー、露天と三拍子揃ってますよ?」

「それが本当なら今頃この家はカメラを持った変態で溢れかえってるわね。」

「私の裸体が見られるだけでそんなに集まって来るなんて。私ったらなんて罪作りな女。」

「その前に露出狂を捕まえに警官が集まって来るでしょうけど。」

「前屈みでね。」

「中学生か!」


弥生が気の強いニートのように寝っ転がってツッコミを入れる。


「だんだん私と弥生さんの立ち位置も安定してきましたね。」

「こんなものに安定なんかしたく無いわよ。」

「そうですか?私は結構楽しいですよ。」

「いちいちツッコミを入れなきゃなんないアタシの気にもなってよ。」

「そんなのお笑い芸人の宿命じゃないですか。頑張って二人でM1目指しましょうよ。」

「アタシは芸人になった覚えは無いし、アンタとユニットを組んだ覚えも無い。」

「だからアンタって呼ぶのはやめて下さいって言ったじゃないですか。ちゃんとハニー♪って言って下さいよ。」

「誰がハニーじゃ!」

「私がハニー♪です。」

「その♪をやめい!」

「じゃ、ハニー☆で。」

「☆もやめろ!」

「だったら、ハニー◎でどうですか。」

「だから後ろになんもつけるな!」

「いっそのことhttp://ハニー.comってのは!」

「やめろって言っとんじゃー!」


思わず立ち上がってしまう弥生。


「いい加減にしないと本気で怒るわよ!?」

「もう怒ってるじゃ無いですか。はい、カルシウム。」


響華が飲んでいた牛乳を弥生に渡してきた。


「....................................」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ.........

「そ、そんな怒んないで下さいよ!スカウター壊れちゃいます!」

「..................................................」
ガガガガガガガガガガ........!

「ごめんなさい謝りますからそんな目で私を見ないで!お願いします!」



響華が真面目に頭を下げる。


後頭部にゲンコツを入れてやりたい気持ちを、弥生はすんでの所で堪え、ふたたびソファに寝た。


「..............大人をからかうのも大概にしなさい。」

「分かりました。つまり弥生さんは大人じゃないから大概にしなくても良いってことですね。」

「....................................」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ.........

「う、嘘ですよ嘘!そんなに怒んないで下さいってば!」

「..........もういい。」


弥生が響華に背を向ける。


「で、でも弥生さんが私のこと、ちゃんと名前で呼んでくれないからですよ?」

「人を馬鹿にするやつに名前を呼ばれる権利なんぞ無い。」

「そんな〜。殺生な〜。」

「大体アタシの方が年上なんだからね?ちょっとは敬いなさいよ。」

「でも弥生さん、あんまり年上に見えないんですもん。」

「どう見えるのよ?」

「う〜ん................買って来たばかりのペット?」


響華が首を傾げながら答える。


その顔に全く他意を見いだせなかった弥生は、響華の事を諦めた。


「........ハア........」

「お、怒ってますか?」

「もういいわよ............」

「そうですか。」


響華がホッと息をつく。

その顔になんの危機感も見られない弥生は、心を入れ替えて響華を本気で説教する事にした。

これも大人の努めだと割りきる。


「響華ちゃん。」


上半身を起こしてソファにきちんと座り、響華を呼ぶ。


「あ、ようやく呼んでくれましたね?嬉しいな〜♪」

「いいから、ちゃんと話を聞いて。」

「.........はい。」


弥生の真剣な雰囲気を感じとった響華は、ふざけるのを止める。


「あのさ。」

「はい。」

「さっきから笑ってるけどさ、このままじゃ響華ちゃん本当にダメだよ?」

「...........そう、ですか。」

「ずっとアタシをからかってるけどさ、人が本気で怒るまでそんな事するっていうのは、からかわれてる本人にしたら凄くいやな事なの。」

「.........はい。」

「それに年上の人を馬鹿にしたり、止めてって言ってるのをしつこく続けるのは絶対にやっちゃダメ。人として最低だよ?」

「はい.............」

「会話の中でちょこちょこおかしな所をいれてって、それに突っ込んでもらうのはいいよ。でも、だからってそれで調子に乗っちゃいけないの。分かった?」

「分かりました...........」


響華が下を向いてうなだれる。


「はい、この話はおしまい。
もういいよ?」

「弥生さんごめんなさい.........」

「もういいってば。響華ちゃんがわかってくれたならいいよ。」

「はい。」

「だけど、これから気を付けるように。友達いなくなっちゃうよ?」

「友達...........」

「そう。こんなことずっとやられたら、誰だって嫌がるよ。」

「..........................」

「きょ、響華ちゃん?どうしたの?」









「..........友達なんて、もうとっくに居ませんよ。」


響華がぼそりと呟く。









「え?」

「だから、私に友達なんて一人もいませんよ。」

「な、なんで?」

「分かりませんか?この家の状況見て。」


響華が抑揚の無い声で問いかけてくる。


弥生自身も、響華に言われる前にこの家の闇にはとっくに気がついていた。


「..............それと響華ちゃんに何の関係があるの?」

「親が二人とも浮気してるんですよ?
父親は半年前に消えて、母親も毎日午前様。最近じゃ家にいない時間の方が長いんですから。
家庭が崩壊してるのに、まともな友情を築ける訳無いでしょう?」

「でも、親がいなくたって頑張ってる子供もいるじゃない。」

「そんなのテレビドラマの中だけです。親が自分を拒否してるのに、誰の為に頑張るんですか?」

「そ、それでも、いつかは仲直りするでしょ?」

「だから、弥生さん。
ハッピーエンドはドラマの中だけなんです。」


響華が諭すように話しかける。 


「私も子供じゃないから分かります。..............もう、両親は帰って来ません。」

「響華ちゃん.............」

「多分、離婚することもありません。一生このままです。
もう、無理なんです。」

「そんな...........」

「.........こうやって自分の親を諦めている人に、友達なんて出来る訳無いじゃないですか。」

「....................」

「仲の良かった子も、みんな居なくなっちゃいました。
...........当然ですけどね。」

「寂しく.........無いの?」

「え?」

「寂しく無いの?家で一人きりで、学校でも誰もいなくて........」

「平気ですよ。初めは寂しかったけど、もう慣れました。」

「慣れました、って.........」

「ハバネロとかを使った料理を食べると、最初は飛び上がるくらい辛いけど、だんだん味かぼやけてきますよね?もう辛いのか辛くないのか分からなくなります。
あれと一緒です。私はもう寂しいのか寂しくないのか分かんなくなったんです。」

「悲しくないの?」

「全然?意外と楽ですよ、誰からも必要とされないのって。自分が透明人間になったみたいで、世間のいろんなことが他人事に思えるんです。クラスの喧嘩なんかコントやってるみたいでおかしくって。」


響華が乾いた笑い声をあげる。

笑い声には自虐や悲哀は含まれていない、ただ可笑しさだけが響華の感情を埋めていた。











「............だから、私が友達と言える人は、弥生さんだけです。」

「.......アタシだけなの?」

「はい。宜しくお願いしますね。」


響華がにっこりと微笑む。


「.........なんで」

「?」

「なんで..........アタシは友達なの?」

「...........................」

「なんでなの?」




















「.............理由なんて無いです。ただ、弥生さんがうちの家政婦になってどうしても話さなきゃならなかったから。それだけです。」


何の感情も込めずに言い放つ。


「だったらなんで、アタシが辞めるって言った時、引き留めたの?」

「....................」

「なんでアタシと話すのは楽しいの?なんでアンタって言っちやダメなの?」

「....................」

「なんで?」







「............さあ、なんででしょうね。分かりません。」

「...............................」



「.........もう、10時です。弥生さん、帰って下さい。」


響華はそれだけ言うと、落ちたタオルを拾い上げ、自分の部屋に去った。

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