devote for you

□話し合い
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〜今までのあらすじ〜


昨日始めて弓崎家を訪れた時、家に誰も居ないという事が判明したのに一時間も早く来てしまった弥生朝貴。
しかし弓崎家の婦人、弓崎香がまだ出かける前だったので、なんとか入ることが出来た。

香に散々苦情を言われ、出掛けた後に鬱憤ばらしに悪口を言っていた所を弓崎家の娘、響華に見つかってしまった弥生は家政婦をやめようとするが、将来の不安と響華の説得により思いとどまった。

自慢の料理の腕で響華にパスタをご馳走した弥生はベタ誉めされ距離が縮まるも、響華が飲み残したジュースを飲んだ事で気持ち悪がられ、響華は自分の部屋に行ってしまった。

その後も自慢の手料理を振る舞うも、一旦開いてしまった二人の距離が再び縮まる事は無く、仕事のタイムリミットを迎えたのであった。


果たして弥生は響華との心の距離を戻す事は出来るのか!?そしてこの家の家庭問題を解消することは出来るのか!?
弥生の奮闘は続くのであったーーーーーーー「うるさい!黙れ!」





..............まあ、いつかは言ってくるだろうとは思ってましたけど。


「なんなのよアンタ!アタシを特撮のヒーローにでもしたいの!?」


いえ、全く。


「だったらそのながったらしいあらすじを止めなさい!腹が立つのよ!」


は〜い。


「たくっ........人をけなしたり馬鹿にしたり.........ホントなんなのよもう...........」


弥生が悪態をつきつつも、向かう足の行き先は昨日と同じ。

他に仕事の無い弥生は結局家政婦として働く事になったのだった。










弓崎家に着いた弥生は、とりあえず門のインターフォンを押す。


今回は定時通り一時に来たので、香は既に出掛けてしまっている。

今日は月曜日なので、響華も学校に行っているだろう。



誰も出ない事を知った弥生は、昨日響華から貰っておいた合鍵を使って門を開けた。




玄関で靴を揃え、家に上がる。




よくよく考えると、誰も居ない他人の家に入るという状況はあまりあるものでは無い。

ましてやその他人が親戚でも友達でも無い、ただの勤め先の住人という薄い関係である。

この家の家族の知り合いは、今まで見たことの無い女性が普通に合鍵で家に入る所は、少し不審に見えるだろう。


家庭の裏の状況を知っている人は、自分を父親の隠し子だと勘違いするかも知れない。


自分と響華が腹違いの姉妹ーーーーーー噂好きの主婦なら、そういう仮説をたてるのだろう。



「あんなに頭が良くて綺麗な子がアタシの妹だなんて、考えただけで笑っちゃうけどね。」


弥生は呟きながら、持参したエプロンに着替えた。



どこぞの三流小説にありそうな設定である。

















「ただいま..........」


およそ自分にしか聞こえない小ささで、帰宅時の挨拶をそっと告げる。

洗面所で手を洗った後、学生鞄を
自分の部屋に置き、響華はリビングに向かった。





「あ、お帰りなさい。」

「ん、ただいまーーーーーって、ええっ!?」

「な、なによ。」


弥生の呼び掛けに驚く響華。


暫くして、一昨日から家政婦に来てもらっている事を思い出した。


「あ、そっか、弥生さんか.......びっくりしたぁ..............」

「なんでよ。」

「普段、うちに誰も居ませんから...........急に声をかけられて、誰だって思ったんです。」

「普段誰も、って...........あの母親、いっつも出掛けてんの?」

「ええ、いっつも出掛けてます。ほぼ毎日。」

「いつ頃帰って来るの?」

「日付が変わってから。酷い時には朝です。」

「父親は?」

「最後に帰ってきたのは、半年くらい前かな?」

「それじゃこの家、基本一人しか家に居ないの?」

「まあ、そうなりますね。」

「こんなに広いのに、勿体ない..........」

「そうですね。でも一昨日から弥生さんに来てもらってますから、ちょっとはマシになりましたよ。」

「アタシは別に住んでる訳じゃ無いわよ。」

「住んで貰っても構いませんよ?部屋なら一杯ありますし、どうせ母は気付きませんよ。」

「アタシは金持ちの家に居候するほど落ちぶれてはいないからね、遠慮させてもらうわ。」

「悲しいです。涙が枯れるほど。」

「アタシはただの家政婦だっちゅーの。」


弥生が口を尖らせる。


「そう言えば、今何してたんですか?」

「そりゃ掃除よ。洗濯物も無いし、料理はまだ早いし」

「...........軍手で掃除するんですか?」

「アンタ、軍手をなめてるわね?」

「な、なめてませんけど.......軍手するほどうちは汚れて無いと思うんですが........」

「違う違う。いい?よく見てて。」

弥生はそういって、近くにあったテーブランプの柄を持ち、クルリと回す。

若干ホコリが溜まっているランプの裏側を軍手でなぞると、ホコリが取れて綺麗に線が出来た。


「おおぉ..........」

「ゴムの部分がホコリをからめとって綺麗に取れるのよ。すごいでしょ?」

「これならはたきも雑巾も要りませんね。」

「すごいでしょ〜♪」

「すごいです。それじゃ私は邪魔にならないように、自分の部屋に行ってますね。」


パタパタとその場を離れる響華。





残された弥生は、何故かしてやられた気分になった。











「大体..........こんなもんかな?」


目の前のインテリアを拭き終わった弥生は立ち上がる。


一見掃除前と特に変わった部分は見られないものの、裏側は隅から隅までホコリや汚れを落としていた。

流し台やコンロもピカピカに磨きあげられ、ほぼ新居同然である。


元々この家がそこまで汚れていない事もあるが、それでもここまで綺麗にした弥生の腕は確かだった。


一段落ついた弥生は、軍手を外して丸め、バッグに仕舞いソファに腰掛けた。


タイミングを見計らったかのように響華がリビングに戻って来る。



「終わったんですか?」

「とりあえずね。夕食作ったら他の部屋も掃除するわ。」

「今出来る事は今やった方が良いんじゃないんですか。」

「うるさい。今全部の部屋掃除したら、夜にやること無くなっちゃうでしょ。」

正論を屁理屈で返しながら、弥生はソファに寝っ転がる。

普段ならすぐに自分の部屋に戻る響華だが、この時は弥生のいるソファの下にクッションを置き、膝元にもたれてきた。

「止めてよ。重いじゃない。」

「うら若き乙女にそんなこと言うのは重大な犯罪ですよ。」

「アタシだってうら若き乙女ですー。」

「フフ、そうですね。」


笑いながらも響華は弥生にもたれるのを止めない。

「だから重いんだって。止めなさいよ。」

「人の家で勝手に休んでる罰です。禁固30分。」

「そんなに足を抑えられたら血流が止まって壊死して足切断しまーす。」

「その時はうちで一生面倒見てあげますから安心して下さい。」

「この家の住人が言うと本気に聞こえるから止めて。」

「はいはい。
ところで、弥生さんっていくつですか?」

「いくつに見える?当たったら100円。」

「う〜ん................23才。」

「はずれ。21才よ。」

「ってことは弥生さん、大学中退したんですか?」

「なんで中退なのよ!短大よ、短大!」

「あ、そうですか。なんだ。」

「.............どうせ馬鹿ですよ。」

「そ、そんなこと言ってないですよ。」

「顔が言ってるのよ。『この人、私より馬鹿だ〜(笑)』って。」

「あ、やっぱり分かります?」

「................................................」

「じょ、冗談ですよ。そんなに睨まないで下さい。」

「.........その顔で言われても信じられないわね。」

「どうすれば良いんですか、もう.........」

「アンタは何才なのよ?」

「17才です。花の。ピッチピチの。若いですね〜♪」

「自分で言うな。高校はどこなの?」

「開央高校って所です。知ってますか?」

「ああ、高校時代に友達が何人か行ってたわ。すっごい大きい高校なんでしょ?」

「そうです。大学並の広さで、入学したての頃はしょっちゅう迷子になってました。」

「それだけ大きいと生徒の数も多いんでしょうね。」

「そうですね。普通科だけで五億人はいますから。」

「ふ〜ん。それだけ多いと国家が出来そうね。」

「はい。この前もゼクロム派とレシラム派で軽い紛争が起きてましたからね。」

「凄いわね〜。で、本当は何人位?」

「一学年400人ぴったり。」

「あ、そのぐらいなの?もっと多いかと思った。」

「昔は1000人越えてたらしいですけどね。今は少子化で。」

「ふ〜ん。世も末ね。」

「世も末です。私はキュレム派なのに、どっちかだけなんて。」

「それは本当なんかいっ!」

「本当です。今時のポケモンは高校生だって真剣にやれる内容なんですよ?」

「............ポケモン、侮れないわね............」

「弥生さんはどうしてこの仕事を選んだんですか?」

「就活失敗したから。」

「...........随分さっぱりと言い切りましたね。」

「下手に隠し事しても仕方無いからね。」

「それじゃあ、最初からこの仕事につく気は無かったんですか?」

「まあね。出来る事なら普通の会社に入って安定した人生を送りたかったわ。」

「ここも結構安定してますよ?」

「勤めて二日目に母親の悪口を娘に聞かれるこの仕事が安定してると。」

「安定してます。」

「..............まあ、良いけどさ。お給料は安定してるし。」

「いくらぐらい貰ってるんですか?」

「..........普通そういう事会って三日目の年上の女性に聞く?」

「私、変わってますから。」

「自分で言うな。」

「どのくらいですか?」

「月30万。」

「そんなに多いんですか。」

「そうなの?よくわかんないけど。」

「多いですよ充分。弥生さん位の年ならどんなに頑張っても25万位ですよ。」

「ふ〜ん。」

「それでこの仕事って......相当待遇良かったんですね。」

「でも、給料安くても良いから、アタシは普通の会社に行きたかったな〜。」

「なんでですか?」

「そりゃ、普通はその方が良いし、男性との出合いも広がるでしょ。」

「出合い?」

「そうよ。素敵な人と出会えれば、人生が広がるでしょ。」

「それなら、大丈夫ですよ。」

「なんで?」


「私がいるじゃないですか。」


「はいはい。」

「あ、真面目に聞いてませんね?」

「当たり前よ。アンタは女じゃない。」

「でも、素晴らしい出合いを手に入れたのは本当ですよ?」

「そうですか。」

「少なくとも、私は弥生さんに出会えて良かったと思います。他の人が来たなら、こんなに楽しくは無かった。」

「アタシの代わりなんていくらでもいるわよ。」

「いませんよ。」

「なんで?」


「弥生さんは弥生さんですもん。」


響華が顔をこちらに向け、まっすぐにこちらを見つめる。


その瞳に視線を注がれた弥生は、少しだけ響華を好きになった。









「...................ねえ。」

「なんですか?」

「............いい加減、離れて。
足の感覚がもう無い。」

「............ごめんなさい。」


響華がゆっくりと体を起こす。


「あ〜もう、足痺れちゃったじゃない!」

「おらっ、マシンガンパンチ!」テテテテテ

「あててっ、やめっ、止めなさい!」

「は〜い。」

「全くもう.........これから買い物行ってくるから。」


痺れた足をさすりながら、買い物の準備をする。

「あ、お金は大丈夫ですか?」

「大丈夫。予めあの母親からたっぷり貰っておいたから。」

「そうですか。」

「アンタ、なんかリクエストでもある?」

「んーと、今日は特に無いです。」

「そう。それじゃ.........」

「あ、弥生さん、ちょっと待って。」

「なに?」



「そろそろ私の事、ちゃんと名前で読んで下さい。」

「.............分かったわ。響華ちゃんで良い?」

「大丈夫です。」

「そう。それじゃ...............
響華ちゃん、行ってきます。」

「行ってらっしゃい、弥生さん。



弥生は玄関のドアを開けた。

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