devote for you
□またタイトルが思いつかない
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弥生が仕事を放棄した次の日。
偉そうに家政婦の仕事を放り出して帰ったものの、クレームを入れられる事を恐れた弥生は、お詫びの意味も込めて一時間早い12時に弓崎家を訪れていた。
駅から降りて約20分後に目的地にたどり着く。
そして家の門のインターフォンを押した時に、昨日弓崎家に誰も居なかった事を思い出した。
インターフォンのモニターに背を向け、そのままだらしなく座り込む。
「ホント馬鹿だわ、アタシ........」
腕を力無く投げ出しながら、ぼそりと呟く弥生。
響華が帰ってくるまでの一時間、どこで時間を潰そうか考えを巡らせていると、
『どなたですか?』
モニターから不機嫌そうな声が聞こえてきた。
「えっ!? あっ! あのっ!」
返事が来るとは思っていなかった弥生は、思わず飛び上がってしまう。
「あの、私、ロッテンマイヤー家政婦紹介所から来ました、家政婦のやいっ、弥生朝希と言います!(噛んだ)あなたが奥様の弓崎香様ですね?」
自己紹介のあと、画面越しにお辞儀をする。
映っていたのは上品な服に身を包んだいかにもという雰囲気の貴婦人だった。
『 .........貴女がうちに来た家政婦さん?』
「はい!」
『娘から聞いたんだけど、昨日書き置きだけして帰ってしまわれたんですって?』
香は態度を一切変えずに詰問してくる。
「申し訳ありません。昨日はシフトの確認と、所長に仕事内容を説明するため、9時までには事務所に戻らなければならなかったんです。」
その場で思い付いた適当な言い訳を口にする。
言っている弥生自身もシフトの確認と仕事内容の説明が具体的にどういう事をするのかわからなかった。
『だからといって途中で帰らないで下さる?こっちは十時までの契約で雇っているんですから。
それとも貴方はお客様より自分の上司の方が大切なのかしら?』
「本当に申し訳ありません.......(いいからさっさと入れろやゴラァ!日射しがあっちぃんだよ!щ(°Д°щ))」
『せめて私か娘に一言申し上げてからお帰りになって下さる?』
「はい、これからは(娘はともかく、アンタにどうやって一言申し上げるんだよぉぉぉぉぉ連絡先知らねぇよぉぉぉぉぉ(((((((゜ロ゜))))))))」
『とにかくそんな所で突っ立ってないでさっさと入って。』
「分かりました。」
ひきつる笑顔を無理矢理堪えながら、弥生は家の門の取っ手をつかんだ。
冷房の風が火照った体に気持ちいい。
再び訪れた弓崎家は、椅子やクッションの位置が微妙にずれているが、ほぼ昨日と変わらない。
状況を見るに、前日香が帰って来た時刻はあまり早くは無さそうだった。
それ以前に、弥生が十時前に帰った事を響華から聞いたということは、あの母親が帰ってきたのは十時以後になったという事だ。
そんな遅くまで家に帰らずに何をしていたのか、派手な服装に濃い化粧で固めた香を見るに、想像するのは難しくなかった。
「奥様。」
「なに?」
「今からお出掛けの様ですが、帰りはいつ頃になるでしょうか?」
「...........なんでそんなことわざわざ貴方に言わなくちゃいけない訳?」
「いえ、夕食のご用意は必要かと思いまして..........」
「..........外で食べてくるからいらないわ。あの人はどうせ帰って来ないでしょうし、あの子の分だけで充分よ。」
「分かりました。それで、帰りはいつ頃に............」
「そんなのわざわざ言う必要無いでしょ!貴方は家事だけやってればいいのよ!」
「............分かりました。」
いそいそと出掛ける支度する香の背中を見つめる。
どうしてほとんど手入れの必要の無いこの家で家政婦を雇ったのか、あまり頭の回らない弥生も気付いた。
この女、母親の仕事を放棄している。
恐らくは、不倫相手の自宅にでも毎日通っているのだろう。
日々の主婦としての仕事を家政婦に押し付け、自分は毎日留守の夫の稼ぎを元に甘い汁を吸う。
この家は外見とは裏腹に生活感も家族の温もりも無いかなりすさんだ家庭だった。
こういう家の子供に生まれなくて良かったと弥生は思う。
まあ、当の自分は家出同然で実家を飛び出した親不孝者なのだが。
「それじゃ、あの子の御飯と、家の掃除をお願いね」
「はい、分かりました。」
「お金払って雇ってんだから、ちゃんと定時まで働いて頂戴ね。」
「承知しております。それでは奥様、いってらっしゃいませ。」
香が扉の取っ手に手を掛ける。
ドアが音を立てて閉まった後、弥生は目の下の皮を引っ張り、勢いよくあかんべーをした。
「あ〜つげ〜しょ〜っだ!どうせアンタの男はカネ目当てでアンタと付き合ってるんだよ〜だ!」
伸びをしながら大股で廊下を歩く。
「しっかし、父親も母親も浮気だなんて、ホントに昼ドラみたいな家庭ね。
この分じゃあの娘も将来夫の稼ぎでヒモにでも貢ぐんでしょうね〜。」
「大丈夫です。私は今のところは独身で過ごそうと思いますので。」
「独身だってヒモが出来て貢いじゃうかも知れないじゃん。」
「それもそうですね。変な男にひっかからない様に気を付けます。」
「まあ、その前に一人で食っていけるかどうかだけど....................」
弥生はそこでようやく異変に気付き、ホラー映画ばりに勢い良く後ろを振り返る。
そこにはまるでいるのが当然のような顔をして響華が立っていた。
「あ、ああ........おじょ、おじょ、おじょさま...........」
「多分お嬢様って言おうとしてるんでしょうけど、それはちょっと恥ずかしいんで止めて下さい。」
「あ、ああ、あの、きょ、今日、学校は............」
「今日、日曜日ですよ。」
「あ、あの、ど、どこらへんから.........はは話を........」
「最初から。ドア閉めてすぐにそんなこと言ったら、聞こえちゃいますよ。」
淡々と答えていく響華。その顔には不思議と憤りも侮蔑も無かった。
上手い言い訳を考えられる程の頭は無いし、そもそも誤魔化しが効く内容でも無い。
全てを諦めた弥生は、死刑を受け入れた被告人のような表情を浮かべて、リビングにある自分のバッグを掴み、玄関へと向かった。
「何処に行くんですか。まだ十二時半ですよ。」
「お暇をいただかせて貰います。苦情・クレーム・その他諸々は紹介所の方にお願いします。」
「駄目です。」
「何故ですか。」
「弥生さんが来たのは昨日じゃないですか。それで今日辞めるなんて、いくら何でも早すぎます。」
「..................」
「それに、私は弥生さんをクビに出来る権限は持っていません。」
「...............あのさぁ。」
弥生が溜め息をつく。
「昨日今日で会った人にこんなこと言うのは失礼だろうけどさ.....
あなた、ちょっと変じゃない?」
「何故ですか?」
「普通自分や親をあんなにボロクソに言われたら頭に来ない?浮気とかヒモにでも貢ぐとかさ。」
「仕方無いですよ。誰だってあそこまで冷たくあたられたら、悪口の一つや二つ言いたくなります。それに事実だし。」
「あなたに言ったのは何の根拠も無いじゃない。」
「それも構いません。人に言われたという事は、自分は周りからそういう存在だと認識されているという事ですから。
むしろ自分では気付かない欠点が見つかって良かったです。」
何の問題も無いかのように慈悲深く微笑む。
家族全体の人間性を中傷されているのに、この少女は全く気にしていないどころか、僅かに喜んでいる。
相当にポジティブなのか、相当にドMなのか。
どちらにせよ、経験した事の無い居心地の悪さを覚えた弥生は、玄関へと向かう足の動きを速めた。
しかし、バッグを持っていない左手を響華に掴まれ制止される。
「離してよ。」
「駄目です。ちゃんと定時まで居て下さい。」
「もうこんな家に居たくないのよ」
ぐいぐいと掴まれた腕を引っ張るが、響華は両手で抑えて離さない。
「だから帰っちゃ駄目ですよ。まだ仕事は終わって無いんですから。
勝手に帰ったら紹介所に言っちゃいますよ?お前の所の家政婦はロクに家事も行わずに帰って行ったって。」
「う............。」
足の動きが止まる。
弥生は口では大見得を切っているものの、仕事を辞めて前の無職の日々に戻るのはやはり嫌だった。
「どうします?ちゃんと仕事して、お給料貰って安定した毎日を送るか、仕事辞めてフリーターになるか」
「.....................」
「勿論選択肢は一つしか有りませんよね?」
「..............分かったわよ。」
「え?」
「やればいいんでしょ!やれば!家事すればいいんでしょ!」
「そうです。というか元々そういう契約です。」
響華が満足そうに頷く。
自分より幼い女性に付き従わなければならないこの状況は弥生にとって軽い苦痛だった。
「その代わり、もう昨日までみたいに敬語なんて使わないからね!敬意なんて払わないからね!」
「大丈夫です。元々私の方が年下ですので。」
弥生の挑発をさらりと受け流す響華。
何を言われても全く堪えない響華に、弥生はため息をついて諦めた。
「アンタって、変わってるね。」
「よく言われます。」
「ーーーーーーそれで、まず何をすればいいの?」
「私、お昼ご飯まだ食べて無いんで、作ってくれたら嬉しいです。」
「昨日のビーフシチューはどうしたのよ。」
「朝、残りを母と一緒に食べてしまいました。」
「あっそう。」
「母も喜んでましたよ。こんなに美味しいのは食べた事が無いって。」
「当然よ。アタシが作ったんだもの。美味しいにきまってるじゃない。」
弥生が手を腰に当てて威張る。
とは言え、あの母親に誉められてもあまり嬉しくは無いが。
「だから今度はムニエル作って下さい。お願いします。」
「..........おだてりゃ何でも作ってくれると思ってるでしょ。」
「そ、そんなのちょっとしか思ってませんよ。」
「思ってるんかい!」
「ご、ごめんなさい。駄目ですか?」
「........まあ、いいけどさ。今夜作ってあげるわよ。」
「やった♪ありがとうございます。」
響華がぺこりと頭を下げる。
可憐な体で行った子供っぽいお辞儀に弥生は図らずもすこし萌えてしまった。
「あっ.....///」
「ん、どうかしましたか?」
「な、何でもない///」
「そうですか?なんか、顔赤いですよ。」
「何でもない!」
弥生が勢いで誤魔化す。
ちなみに弥生の言葉の最後にある「///」はネットスラングの一つで、照れていたり、恥ずかしがっている感情を表している記号である。
「お前も説明するな!」
「はい、出来たわよ。」
昼食のパスタと簡単なスープをテーブルに乗せる。
「いただきます。」
「ちゃんとよく噛んで、よく味わって、よくお礼を言うように。」
「分かりました。」
悪戯っぽく笑った後、フォークを上手に回して麺を巻き取り、口に運ぶ。
「......................」モグモグ
「どう?美味しいでしょ。」
「...........とっても美味しいです。弥生さん、ありがとうございます。」
「分かればよろしい。」
満足そうに頷く弥生。
素直に弥生の腕を認めた響華に弥生は少しだけ心を許した。
「これ、どうやって作ってるんですか?」
「え........それ、は.......」
「?」
「それは..........適当。」
「適当、って...........それじゃこのパスタ、分量とか分からないんですか?」
「う、うん.........まあ.....あんまり。」
「こっちのスープも?」
「それはレトルトの奴に、野菜をちょろちょろ足して煮込んだから、大体わかるけど.......」
弥生が気まずそうに言う。
弥生はこのかた料理をするときに正確な分量を量った事は殆ど無い。
基本、その時の気分や作る量で大雑把に決めるだけなのだ。
昨日作ったビーフシチューなどはかなりきちんとした方で、酷い時には何をメインの食材にするかだけで、何の料理にするかも決めずに作り始めることもある。
そのような見切り発車で結果的にプロの料理人並みの物を作ってしまう弥生は、正に「天才」だった。
料理人にはなれなさそうだが。
「だからうるさいっての!」
「ん?どうかしましたか?」
「い、いや、何でも......」
「ご馳走様でした。」
「はい。」
食べ終わった皿を流し台まで持っていき、直ぐに洗い始める。
他に汚れた食器は無いが、溜めずにすぐさま洗い始めるあたり、弥生は家事に関して はマメだった。
(そろそろ本気で怒りたいな〜♪)
すみませんでした........
「あ、弥生さん、洗うんだったら.........」
響華はそこまで行った後、一旦廊下の奥に消え、コップを2,3個持って再び現れてきた。
「これもついでにお願いします。」
「こんなに溜めちゃ駄目じゃない。」
「ごめんなさい。」
弥生は響華からコップを一個ずつ受け取っていく。
最後の一個を手に取った時、弥生はそのコップにまだジュースが残っている事に気付く。
生来のケチな性格から思わず無意識でコップを傾け、それを飲んでしまった。
「......................!」
「あ、ごめん。ちょっとみっともなかったね。」
「.........................」
「ん、どうしたの。」
「何でも..........無いです。」
全く表情を変えないまま、棒読みのような言葉を出す響華。
響華には気持ち悪かったのかと思った弥生が謝ろうとすると、
「私、部屋、行ってます。」
弥生に背を向けて歩いていく響華。
「あ、ちょっと! これが終わったら、何をーーーーーーーー」
「掃除お願いします。」
そのまま響華は自分の部屋に行ってしまったのだった。
「.......................」
昨日と同じく取り残される弥生。
「.............なんなのよ、もう。」
半分怒り、半分諦めの感情を抱いたまま、また洗い始めた。