devote for you
□暑い日に
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「.......あっついなぁ........」
うだるような気温の日に、女性が行き倒れている。
6月も後半に差し掛かり、冬の間に熱気と湿気を貯えた暖気団が日本列島に上陸してきた。
数日ごとに豪雨は降るものの、それで夏の暑さが和らぐ訳でも無く、湿気はますます膨れ上がり、不況の日本人を苦しめていた。
行き倒れの女性、弥生朝希も3月に大学は卒業したものの、不況の煽りを受けて今現在は定職がないフリーターだった。
「相変わらずお元気ですねぇ.....」
弥生が窓に目をやる。
窓の外では、既に羽化したセミがまるで高貴なオーケストラのように音色を響かせていた。
「..........まだ6月だって言うのに、ずいぶんと元気なものね。
まあ、セミは生まれて一週間しか生きられないから、あんなに必死になるのも仕方ないんだけどさ........
それにしても、もう少し綺麗な音でアピールしてほしいかったよねぇ。
なんであんなにやかましい金切り声みたいな鳴き声にしたんだか。
第一アタシ達に聞かせてどうすんのよ、種族が違うのに.......
どうせ鳴くんだったらコウモリみたいに超音波で鳴きなさいよ五月蝿いんだから.........」
下らない事をただだらだらと口にしていく。
実際余命があと一週間というのは弥生も同じことであった。
弥生は先週末、最後のバイト先をクビになっていた。
元々大学生の間だけで、勤め先が見つかったらバイトは辞めるつもりでいた。
しかし就職先が5月になっても全く見つからず、店長の情けによって働かせて貰っていた。
それがついに限界になり、店長から直に辞めてもらうよう説得されたのだ。
年下の高校生達と一緒にバイトをする事に引け目を感じていた弥生は、店長のお願いを二つ返事で引き受けてしまった。
貯金などしていない弥生は、その日から経済的に困窮してしまった。
就職先を探そうにも、この空前の不況で全く見つからない。
かといって再びバイトをするのは、大学卒業の弥生のプライドが障る。
結局この部屋で弥生が行っていたのはただの現実逃避だった。
「さっきからフリーターだのニートだの現実逃避だのうるさいわね!」
ニ、ニートは言ってませんよ.......
「アタシだって別に好きでこんなことしてるわけじゃないわよ!
就職先探そうにもFラン短大卒業のアタシには働き口なんていっこも無いのよ!」
自分からバラしてどうするんですか、それは言わないであげたのに。
「うるさい!どうせAランだろうがFランだろうが就職先見つからなきゃフリーターになるのは一緒よ!
アタシだって働けるものなら働きたいわよ........」
そ、そんな落ち込まないで下さいよ。
きっといい仕事見つかりますって........
「.........じゃあアンタが紹介してよ。」
え、いや、あの、無理です。
「もうやだぁ〜.......ううっ....」
や、弥生さん、そんな落ち込まないで下さいよ............
『もがき、足掻き、泣き喚き叫べど、貴方に届かない.........♪』
「...................」
............鳴ってますよ、携帯。
「..........アンタが言ってくれなきゃ取れないじゃない。」
あ、そうですね、すみません。
その時、弥生の携帯が鳴る。
悲壮感たっぷりの顔で携帯を手に取り、電源を入れた。
相手は弥生の大学時代の友達。
『弥生〜!元気〜?』
「........全然元気じゃ無いで〜す........」
『..........まだ、就職先見つかって無いの?』
「うん...........」
『ちゃんと探してるの?』
「探してるわよ!でも短大卒業だから、全然相手にしてくれないのよ.........どうすればいいのよ.......」
『うぅ〜ん........こういうのはやみくもに探すより、自分の得意な事とか、好きな事の仕事を探した方がいいんだけど........』
「.........アタシ、別にやりたい仕事とか無いんだけど.......」
『じゃあ、弥生の得意な事で就職先探してみたら?』
「アタシの得意な事?
そんなの、一個しかないわよ。」
『なに、顔?それならキャバ嬢ね。』
「違うわよ!いや確かにそれもちょっとは自慢だけど、いくらアタシだってキャバ嬢なんかにはなりたくないわよ!」
「じゃあ何よ。弥生の得意な事って。」
「家事よ、家事!それしか無いでしょ!」
弥生が憤慨する。
弥生の唯一無二ともいえる取り柄が、この家事だった。
弥生は掃除、料理、洗濯、全ての家事をそつ無く完璧に行える。
弥生が住んでいるこのマンションも、シミや汚れがほとんど存在せず、家具にも不備は無い。
神様が生まれたときのステータス調整を間違えたのではと思うくらい、弥生の能力は家事に特化していた。
「何よステータスって!アタシはアバターか何かなの!?」
あ、いや、違います。
『ん、なに、アバターって?』
「い、いや、なんでもないの、気にしないで。」
『そう。 それにしても、弥生の特技は家事かぁ〜。確かにそうだったわね。』
「そうよ。でも、それを生かせる仕事ってなると.........」
『...........主婦?』
「...........やっぱり、そうなるのよね。」
弥生が溜め息をつく。
「でもさぁ〜。アタシまだ青春謳歌したいし、そもそも相手がいないのに結婚出来るわけないじゃない!」
『なぁ〜にが青春謳歌よ!そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!』
「でも........」
『そうだ、その結婚相手をキャバクラで探せばいいじゃない!
それなら生活も成り立つし、相手も探せるし、一石二鳥よ!』
「なんでアンタはキャバクラを薦めてくんのよ!」
『だって弥生って美人だし、馬鹿だし、キャバ嬢ピッタリじゃない。』
「馬鹿なのはアンタだって一緒じゃない!とりあえず、キャバ嬢は無し!」
『じゃあどうやって相手探すのよ?婚活出来るほどのお金は無いんでしょ?』
「うん..................それもあるけど、そもそもアタシ、あんまり男に興味無いのよね。」
『またその話ぃ〜?いい加減レズは止めてよ。』
「レ、レズって、そこまで言うこと無いじゃない..............」
『弥生とは高校からの付き合いだけどさぁ〜。アンタが男振りまくったせいでこっちがどんなに苦労したかわかってんの?アタシも半分レズだって見られてたのよ?』
「アタシはレズじゃないわよ!」
『わかってるけどさぁ〜。いい加減その「男に興味無いー」ってのは止めなさいよ。ホントに誤解されるよ?弥生朝希はレズだって。』
「わ、わかってるわよ、でも本当なんだから仕方ないじゃない.....」
『まあいいわよその話は。弥生がレズじゃないのはアタシがよくわかってるし。』
「うん...........そう、よね.....」
『ちゃ、ちゃんと否定してよ!怖くなってきたじゃないの!』
「ご、ごめん。」
『全く.............
とりあえず弥生どうすんの?主婦はいやなんでしょ?』
「今のところは、主婦はやりたくないな...........」
『他になんかあんの?家事が出来る仕事って..........』
「..........無い、かなぁ.........」
『うぅ〜ん......................
あ、そうだ!』
「なに?」
『弥生、メイドはどう!?』
「...............なにそれ。」
『だからメイドよ!フリル付いた服きて、「ご主人様〜♪」とかやる、あれよ!』
「..........................」
『いいんじゃない、これなら!家事も出来るし、顔だってぴったりだし!』
「.............あのさぁ。」
『ん?』
「なんでアンタはそういう仕事しか思い付かないのよ!」
『メ、メイドはだめ?』
「当たり前じゃない!なにアンタ、アタシのこと馬鹿にしてるの!?」
『し、してないわよ!』
「じゃあなんでキャバ嬢とかメイドとか、ろくな仕事薦めて来ないのよ!?」
『だ、だって弥生が人より出来てるのって、顔と家事しか無いし.........』
「だからって普通人にそんな仕事薦める!?」
『す、薦めないけど..........
あ、じゃあ!』
「なによ?」
『家政婦はどう!?』
「家政婦?」
『そうそう!「家政婦のミタ」でやってたじゃん、「承知しました」とか言って、料理とか掃除とかササ〜ってやっちゃう奴!
あれやりなよ弥生!』
「家政婦か.........それなら確かに出来そうね.........」
『でしょ!アタシ冴えてる〜♪』
「キャバ嬢とメイド薦めた人にしては冴えてるわね。」
『まあいいじゃないその事は!さっそく調べてみなさいよ!』
「ん、分かった。けどさ、なんか恐くないかな?」
『なんで?』
「いや、その家の主人の人とか、息子さんに犯されたりとか.......」
『.........ドラマの見すぎ。』
「そ、そうかな?」
『それに、そんなにいやなら主人も息子も居ない家に勤めればいいじゃない。』
「それ母子家庭じゃない。家政婦なんか雇ってくれないわよ。」
『いるでしょ?お父さんが莫大な財産残して死んじゃった〜とかさ。』
「まあ探せばいるだろうけど.......そんな都合よくアタシにやらせてくれるかなぁ?」
『それは大丈夫よ。弥生の腕ならどんな条件でも飲むって!』
「ホントに〜?」
『大丈夫だって!ほら、早く準備しなさい!』
「は〜い。」
『それじゃ、弥生じゃあね!』
「あ、ちょっと待って!」
『なに?』
「どうしても無理だったら、ルームシェアしてね?」
『..........分かったわよ、それじゃね。』
「じゃあね。」
弥生は携帯を切った。