モンスターバンド
□第八章 〜お兄ちゃんじゃないし愛もたっぷりだから問題無いね!〜
1ページ/16ページ
「喰らえええぇぇぇぇぇぇッ!!」
年端のいかない少女が、喉の奥から迅強な叫び声をあげる。
岩石をも切り裂くような斬撃の音が、それに続いた。
勢いよく噴き出す血流と共に、
「ガアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!」
少女の何十倍も大きい雌火竜の咆哮が、孤島の大地を震わせる。
辺りにより一層漂う鉄の匂い。
大量の返り血を振り払いながら、エイリスはリオレイアから飛び退く。
手に持つ【アンバースラッシュ改】を振り回し、武器の形態を斧に変えた瞬間、轟音と同時に直前までエイリスが立っていた場所が大きく抉れる。
目の前に広がる大量の土砂を、エイリスは横っ飛びで右にかわす。
いびつに広がる大穴を横目に、エイリスは視線をリオレイアに合わせ、対面する。
土砂のせいでリオレイアが何を行なったのかはよくわからなかったが、恐らくは彼女の十八番、ムーンサルト。
強靭に鍛え上げられた後ろ足によって繰り出されるその威力は、人間の身体を容易く砕く程。
例えモンスターの甲殻で造られた鎧で身を固めても、致命傷は免れない。
「あんな凄いのを簡単に出しちゃうなんて、あの雌火竜、凄いマッチョな女の子なんだろうな………」
左手にアンバースラッシュを携えながら、血液と僅かに付着した土片を払っていると、
「エイリス!油断するな!!」
リオレイアの背後から斬りかかったギヤードに叱責される。
「わかってるよっ!」
ギヤードの言葉に反感を覚えつつ、エイリスはさらに右に飛ぶ。
距離が離れているとはいえ、屈強なモンスターの正面に棒立ちのままでいるのはあまりにも危険。
幾多もの激戦を潜り抜けてきたエイリスの脳内には、モンスターの対処法が刻み込まれていた。
「正面に立たない、常に視線に捉える、予備動作を見逃さない…………!」
今までの対処法を反芻しながら、エイリスはリオレイアを見つめる。
自分に対して何らかの行動を行なったら、警戒したエイリスはすぐに対処するつもりだった。
しかし、残念ながら彼女はエイリスに全く注意を注いでいない。
「ハアアアアッッッ!!!」
ギヤードの声が周囲に響き、幾つもの裂傷音がそれに続く。
彼が両手の双剣【王双刃ハタタカミ】を振り上げる度に、真っ赤な血液が辺りに飛び散り、リオレイアが唸り声をあげる。
「グゥッ、ガッ、ガアアァァァ!!!」
リオレイアの蹴り飛ばしをギヤードは仰け反ってかわし、また切る。
痛みに耐え切れない彼女は暴れ続けるも、その全てをギヤードは寸前で避け続け、的確に股下の急所に攻撃を加えていた。
「…………凄いなぁ………………」
呆気に取られたエイリスはアンバースラッシュを仕舞い込み、只々ギヤードの猛攻を眺めていた。
日頃の彼の言動とは比べ物にならないくらい野蛮な攻撃。
しかし、リオレイアの強力な反撃を恐れもせずに軽々と避け続ける。
サリア程では無いが、彼もまた狩場では変わる男だった。
「エイリス!何やってるんだ!!援護しろッ!!」
ギヤード再び叱責され、エイリスは我に帰る。
「わ、分かってるってば!」
アンバースラッシュを両手で持ち直し、エイリスはリオレイアの攻撃範囲ギリギリまで走り寄る。
だが………………踏み込めない。
暴れ回っているリオレイアの動きを読めず、それ以上近付く事が出来ないのだ。
完全にギヤードに気を取られているリオレイアは、いたる所に隙が生じているが、それらはのたうつ彼女の動きに合わせて高速で移動している。
暴れるモンスターに正確に攻撃を当てる技術も度胸も無いエイリスは、リオレイアに一太刀浴びせる事もままならかった。
幾秒の逡巡の後、エイリスは一か八かで飛び込む。
そして、血飛沫と土埃が舞う中、比較的緩慢な首筋に狙いをつけ、アンバースラッシュで二、三度斬りつける。
「グウウゥゥゥ!!」
鮮血が身体に降りかかり、リオレイアの声に苦しみが増される。
(よし、いける!)
斬撃の手応えに僅かに油断し、エイリスの身体が止まった瞬間、
「伏せろおぉぉ!!!」
ギヤードの悲痛な声と共に、リオレイアの強靭な尻尾が空気を切り裂いて飛んでくる。
咄嗟に身体を地面に投げ出すが、全力で振るわれたリオレイアの尻尾より若干遅い。
背中の防具に掠ったその衝撃は、幼き少女の体を弾き飛ばすには充分だった。
「くぅっ……………!」
強か(したたか)に大地に叩きつけられた痛みを、エイリスは歯を食いしばって堪える。
口内に広がる鉄と土の味が、ひどく不快に感じる。
「エイリス!大丈夫か!」
股下からギヤードが叫ぶと同時に、リオレイアのタックルが彼に飛んでくる。
ギヤードは大きく飛び越してそれを避け、リオレイアから距離をとった。
「だ……………大丈夫!!」
不純物が混じり合う唾を吐き出しながら、エイリスは気丈に答えた。
想像を絶するかと思われた威力は、意外にも小さい。
地面と激突した時の衝撃の方が大きい位だ。
(これが守ってくれたのね…………)
体の調子を確かめながら、エイリスは背中をそっとさする。
直撃では無かった事も勿論だが、何より彩鳥の甲殻で造られたこの防具が、尻尾の衝撃を和らげてくれたのだ。
地面に落ちたアンバースラッシュを拾い上げ、リオレイアと向き直した時、
エイリスの遥か後方から叫び声が響く。
「出来たわよ!!!」
微かな破裂音を携えたその声を合図に、エイリスは一気に後方に走り出した。
四、五秒程走り去ったのち、リオレイアの唸り声が響く。
「グウウゥゥゥゥゥァァァァアアアアアアアア!!!!」
唸り声が加速的に大きくなっていく毎に、エイリスは恐怖を覚え、足の動きも加速していく。
「逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろおおおぉぉぉぉ!!!」
ありったけの力で足を動かして、エイリスは後方のサリアの元へ走っていく。
少女が巻き上げる小さな土埃を、強大な巨体(駄洒落では無い)が蹴散らしていく。
蜘蛛の巣状の模様が施された地面までたどり着いた瞬間、エイリスは全ての力を足元を蹴り上げる一瞬に注いだ。
エイリスの体が孤島の大空に飛ぶ。
リオレイアがそれに噛み付こうと、重厚な頭を上に持ち上げたが、
雑音をたてて沈みゆく自分の身体のせいで、咥えられたのは孤島の爽やかな潮風のみだった。
「グゥゥァァアアアア!!!」
「ばあぁぁ〜〜〜〜っか!!」
無様に沈んだリオレイアを前に、エイリスは立ち上がって早くも挑発を始める。
「そんなことしてる暇あったら攻撃しなさい!!」
そして早くも大剣を構えるサリアに叱責され、エイリスはしぶしぶアンバースラッシュを取り出す。
「は〜い………………」
暴れ藻掻くリオレイアの右翼に【角王剣アーティラート】を向けたサリアは、ゆっくりと大剣を後ろに回し、パワーを溜め始める。
エイリスが巻き添えを喰らわないように、リオレイアの左翼に移動する。
上下に激しく動き回る翼に、エイリスがようやく一太刀与えた瞬間、サリアの溜め込んだ力が爆発した。
「せいやああぁぁぁぁァァァァ!!!」
全力が込められたアーティラートの刀身が、リオレイアの右翼に襲いかかる。
骨が砕ける音をたてて、リオレイアの右翼爪が粉々に砕け散った。
「ガァッ、ガアアアアアァァァァァ!!!」
翼爪の破片がリオレイアの血液で真っ赤に染まり、叫び声と共に二人に降りかかる。
欠片だけでも強力な硬さを持つ翼爪を、エイリスはアンバースラッシュで器用に弾き飛ばした。
「やるねぇ、サリア!それじゃ、アタシも!」
いうがいなや、エイリスはアンバースラッシュを振り回して再び剣モードに戻し、リオレイアの翼の根本に勢いよく突き刺す。
リオレイアが軽い唸り声をあげるが、勿論攻撃はこれで終わらない。
エイリスはアンバースラッシュを突き刺したまま、手元のセーフティーを外す。
蓋が外れた低圧力の内蔵ビンの中に、一気に孤島の空気が流れ込む。
瓶内の液体火薬が入り込んだ空気と化学反応を起こして熱膨張を始め、妖しく光っていく。
「く、くうううぅぅぅぅ…………!」
膨張を続けるアンバースラッシュの圧力を、エイリスは両手で渾身の力で抑え続ける。
限界までアンバースラッシュを押さえ込んだ瞬間、内蔵ビンに亀裂が走った。
(来た!)
ビンの亀裂を見た瞬間、エイリスは全力でアンバースラッシュを突き刺す。
ガラスを砕いて放出された液体火薬は空気と混じり、急速に熱膨張を起こして爆発した。
リオレイアの体が爆炎に包まれ、
「ガアアアァァァァァァァァ!!!」
悲痛を帯びた叫び声が響き渡る。
衝撃に耐え切れずにアンバースラッシュを振り上げたエイリスは、そのまま形態を斧モードに変える。
アンバースラッシュのセーフティがかかった後、キリ良い音と共に次の内蔵ビンが装填された。