朝霧桜は百合色に
□気まずい空気
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つんつん。
つんつんつん。
つんつんつんつん。
細い指で頬を何度もつつかれ、アタシは目が覚める。
「ん………んん………………誰………?」
左手で目を擦りながら、アタシはゆっくりと目を開く。
ぼんやりと見えてきたのは、お人形の様に可愛らしい女子生徒の姿。
なぜかちょっと怒っているような雰囲気を醸し出しているその子に、アタシは寝ぼけた声を出した。
「早織………………よくアタシがここに居るのわかったね………………」
「放課後職員室に質問に行って、そのついでに理可の担任の先生にいつ学校に理可が来たか聞いたの。
朝私がいくら声出してもちっとも起きなかったから、これは遅刻するなって思ってたから。案の定遅れたみたいね。」
「………………ごめん………………」
「それで先生が、校門凹ませた罰に掃除やらせてるって教えてくれて。行ってみても誰も居なかったし、休憩してるならここかなって思って。まさか寝てるとは思わなかったけど。」
「………………ごめん………………それで、早織もう帰るの?」
「うん、質問も終わったし、勉強自体は家でも出来るから。大体の生徒はもう帰ってるから、もう大丈夫だけど。」
「ん、分かった………………なら、ちゃっちゃと掃除終わすから、ちょっと、待っーーーーーーー」
言いながらアタシは立ち上がろうとしたのだが、右肩が何かにがっしり押さえつけられてて動かない。
そういえば今だけじゃなく、眠っている途中から右半身がなーんかずっしりと重い感じがしていた。
アタシは首を90度回し、身体を押さえ付けているものの姿を見る。
ほのかな温もりを感じる、圧迫感の正体はーーーーーーー
すやすやと気持ち良さそうな寝顔でもたれかかっている迅也だった。
「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
柄にも無く女々しい悲鳴をあげて、アタシは迅也を突き飛ばす。
ベンチに思いっきり頭をぶつけ、悶絶する迅也。死ぬほど大きい声で、心の底から罵るアタシ。
「………うぁぁ………………」
「アッアンタバカじゃないの!!なに人の身体に勝手にもたれかかってんのバカじゃないのこのバカ!!」
「え………………ちょ、なに………………どゆこと」「死ね!!このバカ!!死ね!!死ね死ね死ねしねしねしねえええええ!!!!」
アタシは側にあったペットボトルを振り回し、迅也の身体をめちゃくちゃに殴りまくる。
ペットボトルがボコボコになる位凹んだ後、ようやく心は落ち着いたものの、代わりにどんどん膨れ上がってくる恐怖心。
ペットボトルを思いっ切り迅也に投げつけた後、アタシは早織に駆け寄り、真っ赤になりながら必死に弁解をする
「さ、早織、違うの、こ、こいつはただのバカで、ア、アアアタシとはなんの関係もーーーーーーー」
「関係あるじゃない。一緒に遅刻して校門凹ませた御黒城さんでしょ。先生から聞いたわ。」
「い、いやいやいや関係はそれだけで、後はホントに何にもーーーーーーー」
「………どうして嘘つくの?先生から聞いた話とは大分食い違うんだけど。」
「え、き、聞いた話って………………」
早織が全く表情を変えないまま、吐き捨てるような声でアタシに質問する。
何を聞いたのか分からないままアタフタするアタシをよそに、早織は淡々と言い放った。
「御黒城さんとは中学校も1年の時のクラスも一緒で、2人で遊びに行く位仲が良いんでしょ?
去年まではテストの度に毎回2人で赤点取ってて、補習や追試も遊んでてまともにやらなかった位仲が良いんでしょ?
先生達まで付き合ってないのを不思議がられる位、去年は一緒にいたんでしょ?
ねぇ理可、どうして嘘ついたの?教えて。」
「「………………う………………うああ………………」」
アタシと迅也のうめき声がリンクする。迅也は状況が理解出来ないせいで、アタシは返事が思い付かないせいで口から何の言葉も出てこない。
身体の火照りも大分引いたはずなのに、汗がたらたら流れているアタシの姿を見て、早織は軽いため息をつく。
「………はぁ。もういいわ。私帰るから。理可は御黒城さんとずっと校門掃除してれば。」
そのまま踵を返して校門に向かおうとする早織。アタシは慌てて背中を追いかけ、手首を掴んで引き止める。
「さ、早織!ちょっと待って!」
「なに?無駄な時間取られたくないんだけど。」
「いや、その、あの、えっと、迅也とは、そりゃ、まぁ、結構仲いいっちゃ仲いいけど、そんな、別に付き合ってなんか………………」
「そう。分かったから帰らせて。それと暑苦しいから触らないで。」
「あぁぁああ待って待って待って!お願い!帰んないで!すぐ掃除終わすから!」
無理やり振り解こうとする早織を抑えながら、アタシは必死で説得する。
もちろんどっちみち家が一緒なんだから、ここまでしてわざわざ早織を引き止め必要なんかない。
だけどここであっさり帰らせてしまったら、アタシ達の関係は完璧に修復不可能なものになってしまう。
アタシは悲痛な顔で早織に懇願するけど、帰ろうとする早織の腕はがっしり掴んで離さない。
幸いというべきか、アタシが本気で掴んでるから早織は全く動けてないけど、代わりに声色はどんどん冷たいものになってくる。
「………………離してよ。」
「あの………違うの!これはホントに誤解で………!」
「………だからなんなのよ。私より御黒城さんの方がずっと前から仲いいのは本当でしょう?」
「そ、それはそうだけど………………2年になってからはそんな話してないし………それに………」
「………それに?」
「………………その、上手く言えないけど………………迅也とアタシが、友達以上の関係だったら………………早織と『あんなこと』できる訳ないじゃん………………」
「………う………………うう………………」
無表情だった早織の顔が赤く染まる。
実際アタシは二股なんかできる程頭良くないし、早織だってアタシが平然と浮気できるような奴だとは思ってないだろう。
「あんなこと」をしてしまう位早織が好きなのは紛れもない真実だし、だからこそ誤解されたままでいる訳にはいかないのだ。
アタシの懸命な説得に根負けしたのか、早織は自分のカバンを目の前に突き出してきた。
「もう、分かったわよ!これ渡しておくから、手離して!」
「あ、ありがとぉぉ………それで、ごめん………」
「………理可が、あんな人と友達だとは思わなかった………ひどいよ………」
「あんな人って………別に迅也は、そんな悪い奴じゃ………」
「………もういい、やるんだったら早く済ませて。」
悲しげな表情で早織は、一人で校門の方までさっさと歩いて行ってしまう。
アタシはへばっていた迅也を無理やりたたき起こし、校門の方へと引っ張って行った。