story

□キスの雨が降る夜に
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初めてのキスは甘いと言うが…あんなのはったりだ。
だって、俺の今初めて味わったキスは、
―僅かな血の味と、とても苦い味がした―

―――――――

「おい…」
アイマスクを着けて廊下に寝転がっている俺の耳に聞き慣れた声が届く。
「お前仕事またサボりやがったな?」
この低く僅かだが怒気を含んだ声に俺はやつが怒っていることが直ぐに分かった。それほど慣れ浸しんだ声なのだ。
「サボったなんて失礼な…。山崎がどうしてもって言うから仕方なく見廻りを換わってやっただけでさァ」
「誰が好き好んで仕事増やすんだよ!!」
案の定、アイマスクを上げるとそこには、頬に青筋を浮かべたやつ――土方が俺を見下ろしていた。

こいつは俺の上司であり敵であり、恋人だ。この恋人という関係は最近加わったものだ。つまり、俺達は世間が言う出来たてほやほやカップルな訳だ。
普通、出来たてほやほやカップルなら人前気にせずいちゃいちゃしてるのだろうが、俺達は上司と部下という間柄。ましてや男と男。世間的には伏せておかなければならない関係だからそうはいかない。
何より、俺のプライドがそれを許さない。
だって、あんなのただの羞恥の塊でしかないじゃないか。俺達はあんな関係ではないし、これからなるつもりもない。

そんなことを考えながら未だに説教を続けているやつの唇を見る。
あの唇はいつ俺の唇に降ってくるのだろうか。あの唇はどんな味がするのだろうか。
俺の頭はいつの間にかそんなことを考えていた。
そう、俺達はまだキスをしたことがない。初体験は等の昔にしてしまったが、キスはしていないのだ。あれから何回か体を合わせたが、未だにキスはしたことがない。
何故しないのかと問えば、「初めてのキスは情事の時にするような記憶に残るか分かんねぇようなもんじゃなくて、一生記憶に残る様なやつにしてぇんだよ」と言っていた。どんだけ女々しい思考をしてんだと言いたいところだが、キスは相手がいて初めて成立するものな訳で、相手がそういうならそれに従うしかない。
俺は静かに溜め息を着いた。

「おい!聞いてんのか?」
と、俺の思考は土方の怒鳴り声によって一時急停止する。
「あー、はいはい。聞いてやすよ。俺ちょっと急用思い出したんで」
俺はそう言うとだるそうに起き上がり、身を翻し歩き出す。
「あ、おい!話はまだ終わってねぇぞっ!!」
そう言った土方の声は聞こえないふりをした。
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