模倣しきれてない部屋

□まるで……
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 やっと仕事が終わった。最近忙しくて、定時なんてものは存在しないと思うくらい遅くなった。家に帰って夕食を作るのも面倒な時間だったので、帰りに出来合いの惣菜を買って帰った。
 家に着くと、ドアの前に萩間がぼんやりと座っていた。僕の姿を認識するなり、目を輝かせて立ち上がる。
 そんな子犬みたいな目をするのはやめろよ。お前はもう大学生の男じゃないか。気持ち悪い。不覚にも可愛いと思ってしまった自分にも嫌気が走る。
 立ち上がって嬉しそうに駆け寄る萩間。犬だったら思いっきり尻尾を振るんだろうな、なんて考えると一瞬それが見えてしまった。そんな幻覚を見てしまうなんて、僕は疲れているのだろう。
「浅葱さん、お帰りなさい!」
「お前はどうして家にいるんだよ。いつからいたんだ?」
 いたとしても、高々数十分だろう。と思った僕の考えは甘かった。萩間が笑顔でアリエナイことを口走る。
「朝ご飯食べて出て来たから、昼前からここにいます。今日は学校が休みだったから遊びに行こうと思って来たんです!」
  数十分じゃなかった。数時間だった。想像を遥かに超える時間に、眩暈を覚えた。お前、アホだろう。と言おうと思ったが、口に出す前にやめた。そんな台詞を言ったところで、こいつには届かないからな。
 現実からかけ離れたことは、関わらないに限る。僕は萩間を無視して家に入ろうとした。慌てて止めようとする萩間。
「お昼ご飯も夕ご飯も食べずに待ってたんですから、中に入れてくださいよ!それかどこか食べに連れてってください!」
「待ってたのは、お前の勝手だろう。僕は疲れているんだ。変な奴に関わり合いたくない」
 萩間はなおも喰いつく。余程空腹なのだろう。昼も夜も食べずにいるんだから、当たり前といったら当たり前なんだが。
「じゃあ、次から電話で確認してから遊びに来ますから!ね!今回だけ!お願いします!お腹すいてるんです!このままじゃあ、空腹で家まで到底帰れそうにないです!」
「お前が途中で野垂れ死んでも、僕は痛くも痒くもない。むしろそうなれ。世のためになる」
 そうは答えたものの、一瞬だけそれだと可哀想かな、と思った。思ってしまった。

 そして、気づいたら近所にあるファミレスにいた。目の前には遠慮というものを知らない食に飢えた大学生が、料理を貪っていた。
 口いっぱいに頬張り、美味しそうに、嬉しそうに、楽しそうに、目の前の料理を平らげていく。その姿を見ていると、仕事の疲れが飛んだ気がした……ほんの僅かだけ。
「お前はホントに弾丸みたいなやつだな」
「?どういう意味ですか?」
 食べるのを止めて、萩間が聞き返した。あぁ、もう。口の周りを汚して、ホントに子どもだな、お前は。
「弾丸は一旦放たれたら戻らないだろ?そういう後先考えずに突っ走るところが弾丸みたいという意味だよ」
「えーっ!?そんなことないですよ!今日は学校が休みだったからって言ってるじゃないですか」
 そういう問題じゃないんだけど、説明するのも面倒になってきた。それに、こいつのそんな無鉄砲なところも嫌いじゃないし。
 なんて言葉は勿論言わないでおく。こいつはすぐに調子に乗るからな。

終わり

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