頂き物(小説)
□新様から10000HIT記念に書いていただきました
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※キラー×ギャグ
やけに眠れない日って、誰にでもやってくるものだと思う。
私の場合、今日。
たった今、この夜。
何度も寝返りを打って、打ちすぎてベッドから顔面から落ちた。
私の自慢の鼻が潰れた!
痛みに悶えながら、なんだか悲しくなってきて、お気に入りのうさぎのぬいぐるみを掴んで、この船で一番面倒見の良いあの人の元へと向かう。
きぃ、と軋むドアの向こうには深夜でも仮面装置のキラーさん。
読んでいた本から顔を上げて、「どうした」と短い質問をかけてくる。
「実は私預言者でして、私がキラーさんのお部屋で朝を迎えたら世界滅亡を免れると…」
「素直に眠れないと言え」
「すいません」
だからそんなに大きな溜め息を吐かないでください。確かに世界滅亡は規模デカくしすぎたけれど。
ドアの前でもじもじしていると、キラーさんはぽんぽんと自分の隣を叩いた。
来いって意味かな?
やっぱりキラーさんは良い人!
後光が差している!!
「キラーさん、好き!」
「冗談は顔だけにしてくれ」
「酷すぎる…!」
私の顔はいつだって本気だ。全力の顔だ。そもそも冗談な顔ってなんなの。
繊細な乙女心が傷つくのを感じながら、私はぴょんとベッドに飛び乗ってキラーさんの隣で体操座りをする。
「眠れないときは羊を数えたらいいらしい」
「ひつじ?」
ひつじ…、羊かぁ……。
あのモコモコの生き物だっけ。いや、それはヤギ?あれ?紙食べるやつだっけ?どっちがどっちか分からなくなってきた。
「羊ってどんな動物でしたっけ…?」
「なんだ、そんなものも知らないのか」
「えへ、ド忘れしちゃって…」
なんせ小さい頃から海賊船に乗ってるもんでね!
陸の生き物とは無縁なんです。
お肉になってお皿の上でのご対面は何度かあるけど。
キラーさんは近くに整頓されていたメモ帳とペンを手に取る。
そしてペン先をすらすらと動かし始めた。
羊の絵でも描いてくれるのかな…。
しばらく待っていると、ん、と目の前に突き出された紙。
私は息を飲んだ。
この世の終わりみたいな、禍々しい絵が出来上がっている。
ピカソもびっくりの独創性。
…えーっと、キラーさんは羊を描いたんだよね?
羊どこにいるの?
まさかこの真ん中にいるバケモノが羊なの?
怨霊みたいなのに取り憑かれてるけど大丈夫なの?
ま、まっさかー…。
ねぇ。
「どうだ。思い出したか」
「未知の生物に出会った気分です」キラーさん、うちの海賊団のナンバー2だし、頭も良いし、冷静沈着で言うことなしだけれど画力が残念なことが今発覚した。とにかく残念。
完璧そうに見えて思わぬところに弱点があるとキュンとする―…。
いわゆる“ギャップ萌え”という境地がワノ国にはあるらしいが(恐ろしい国だ…)、これには全くキュンとしなかった。
むしろ背筋が凍った。
キラーさんのせいで私の中の羊のイメージがそのバケモノの姿で固まってしまったので、とりあえずそのバケモノを数えることに。ぱたんとベッドに倒れ込んで目を閉じる。
「バケモ…、羊が一匹、羊が二匹、羊が三… ぎゃあああ!!ひつじー!」
「うるさい!いきなり大声を上げるんじゃない!」
「だって羊がいきなり脳内に現れた狼に食べられちゃって!これが弱肉強食…!!」
「誰がそんなリアルで凄惨な想像をしろと言った… 普通に数えろ」
凄惨なのはキラーさんの絵だとツッコミたかったけれど命が惜しくて止めた。
とりあえず脳内にいる羊と狼を消す。
「きっと羊が弱いからダメなんですね。誰にも負けない、強いものを数えたらいいんですよ」
「その強いものとは?」
「キッドの頭!」
だってキッドの頭は世界一強いんだもん!
胸を張ってみせたらキラーさんは「じゃあ数えてみろ…」と若干疲れ気味なお返事。歳のせいかな。
まあ私みたいにピチピチじゃないんだから無理はしないでね、キラーさん!
…誰だ今ピチピチを死語だと言った奴は。
「いきます!キッドの頭が一人、キッドの頭が二人、キッドの頭が… うわあああ!!怖い顔がいっぱい!眠れない!」
「言わんこっちゃないな」
「分かってたなら言ってくださいよ!大量のキッドの頭はホラーすぎて心臓が…。寝るって大変ですね」
「お前が自主的に大変にしてるんだろ」
「ねむくなりたーい」
「無視するな」
「なんだか疲れちゃいました… そうだキラーさん、本読んでくださいよ」
「じゃあお前の日記でも読み上げるか」
「え、」
キラーさんの手に握られているのは私がみんなに内緒で日々書いている日記。
「○月×日、ハートの海賊団の白クマを盗もうとして失敗。 腹いせにサングラスの人のみぞおちを蹴った… 」
「えっ、ちょ、キラーさん…」
「○月囀、キラーさんの仮面をお祭りで買った美少女戦士のお面にすり替える…… なるほど、あれはお前の仕業だったんだな」
「オ、オヤスミナサイ!!」
私はばっとシーツに顔を埋めて寝たふりをする。
このままだと殺される…!
日記を朗読されるとか恥ずかしすぎるよ!生き地獄!
というかなんでキラーさんが私の日記持ってんの!?
あれは引き出しの奥深くにしまっているはずなのに。
「なんだ寝るのか」
「ぐ、ぐー ぐー」
「……」
「ぐー ぐー…」
寝ていますアピールの甲斐があったのか、キラーさんはふっと笑って日記をぱたんと閉じた。そしてドアが閉まる音がする。…あれ?顔を上げるとキラーさんが部屋からいなくなっている。
私を置いてどこに行ったんだ!
まさか冷蔵庫に隠していたチョコアイスの存在がバレたのか!?
ドキドキしながら待っていること約5分間、帰ってきたキラーさんの手にはアイスではなくマグカップが握られている。
「それ、なんですか…?」
「ココア。これで少しは眠くなるんじゃないか」
渡されたマグカップの中には甘い香りのココアが湯気を立てている。
「キラーさん…!好き!」
「だから冗談は顔だけにしてくれ」
「さすがに二回も言われると私泣いちゃいますよ」
「悪い。冗談だ」
ふふっと笑って隣に座ったキラーさん。んー、ココアおいしい。あまーい。身体の中からポカポカしてお風呂に入ってるみたい。これならウトウトできる…かも……。
Goodbye,羊さん
「…一番効き目があったのはココアじゃなくて人肌だな」
おれの肩にもたれかかって静かに寝息を立てるコイツを起こさないように笑った。
-END-