「いやね?説明が難しいっていうか複雑っていうか…」
乙瀬が異世界人で、乙瀬が居た世界ではこちらの世界は漫画の中の出来事なのだ…なんて誰が信じるものか。
最悪、自分が悪者もしくは危険対象として認識されたら無事じゃ済まない可能性もある。
きちんと全てを明かしたい所ではあるが迂闊に喋るわけにもいかず結局もごもごと口籠るだけだった。
「それなら仕方がねえ…」
「意外。それは空条先輩の妥協」
「ジジイ、コイツの頭の中身を念写しろ」
強硬手段だ。
どうやら承太郎は乙瀬は秘密を隠し持っているのではないかと勘繰っているようだ。
確かにハーミットパープルならば記憶の念写は出来るだろう。
はっきりとした答えを出せないのだから、強引でも何でも仕方ないのだろうけれども。
きっとそれは本当に最終手段…最悪乙瀬が敵対者であると確信した時の手段なのではないだろうか。
見ろ、ジョセフやアブドゥルのあの渋面。
女に甘いポルナレフは相当に難しい顔をしている。
イギーはどうでも良さそうだな。
「承太郎、少し待て」
承太郎を静止する穏やかな声。
これまで静かに成り行きを見守っていた花京院が口を開く。
「八柱さん自身、本当にとても言い難そうにしている。
言いたくないのではなく、言葉が見つからないのだろう。
僕達が思っているよりもずっと複雑な事情のかもしれない。
彼女の中で整理がつくまで待ってやろう」
意外!それは花京院の援護っ!
しかしそれは実際とてもありがたい話である。
このメンツの中では花京院は普段一歩引いて控えめにしているが、ここぞという時の決断力、判断力、行動力は並みでは無い。
彼はこの仲間たちの中でも発言に強い信頼を寄せられている。
その花京院の意見とあらば、皆自然と真剣に耳を傾けるものだった。
承太郎も小さく舌打ちをして乙瀬が話すのを待つ姿勢を見せた。
「…ただ、八柱さん。
一つ覚えておいてほしい」
「うん?」
「承太郎ほどじゃあないが、僕もあまり気が長い方ではないんだ」
「……」
「できればこの場で包み隠さず話してほしい。
そして君の言葉に少しでも嘘の匂いを感じたり、君の説明では理解に難しいと判断した時は…
僕も承太郎と同意見だ」
上げてから落とす方針。
うっそりする程に奥ゆかしげな居住まいの花京院。
その玲瓏とした紅鳶色の瞳が猛禽めいて鮮烈に乙瀬の黒瞳を捉えていた。
控えめな微笑だからまた余計に恐怖心を煽る。
確実にトラウマものである。
「プレッシャーやめろ。
あたし一般人だからスタンド使いみたいに鋼精神じゃないんだからさ」
「これでも大分加減はしてあげてるんだが」
「嘘だろ花京院。
今日一日だけでどれだけ、あたしの胃に精神的ダメージを与えたと思ってるの?」
苦虫を100匹くらいは噛み潰した…そんな凄まじい苦い顔をする。
乙瀬を囲む逞しい男たちは一様に何かを思い出したらしく、もの恐ろし気に花京院から眼を逸らした。
ジョセフがぽつりと最後の戦いでのとある場面を思い出し、恐々呟く。
「…花京院はあのDIOにゲロを吐かせた上、腹に大穴空けてやったくらいじゃからなぁ」
あの時計台での戦いで起きた花京院とDIOの戦いは凄かった…いや、酷かった。
花京院が酷かった。
思い出すのも躊躇する程に酷かった。
スタンド的な意味でも精神面的な意味でも、とにかく精神攻撃が酷かった。
クスクスと品良く笑うその口で、一体どんな責苦の言葉をあの悪のカリスマに浴びせてきたのだろうか。
「ふふふっ…やられた分はきっちり返さなければ気が済まない性分でしてね。
それが例え、未来に起こる予定の事だとしても、やっぱり悔しいですから。
やられる前に、やり返しておこうと思いましてね」
どうやらあの手紙に書いていた花京院の死因である腹パンチを、やられる前にDIOにやり返してきたらしい。
DIOと花京院の関係性はアニメでしか知らない乙瀬にとって、この話は驚きの事実である。
というか、実はあの旅の最中に花京院に関りのあった敵はほぼ全員、肉の芽級の醜いトラウマを埋め込まれていた。
一体何をした…というかあの手紙を送った事で何をどこまで変えてしまったのだろうか。
本日一番の驚愕ポイントである。
「タネも仕掛けも分かってしまえば、いくらでもやりようはあるんですよ?」
これまでで一番いい笑顔を見せる花京院はとても爽やかに見えた。
しかしそれは間違いなくサディストのえげつない笑顔だった。
どうやらDIOとの戦いでは、いとも容易く行われるえげつない行為があった模様。
そんな爽快としたえげつない笑顔のまま、花京院は乙瀬へと話を戻した。
「そういう事だから。
僕があまりその気にならない内に頼むよ」
「それは頼んでいるとは言わねえ!脅しだ!」
半泣き気味の乙瀬に同情的な視線が集まる。
「おい花京院。
女の子は繊細なんだぜ。
扱いはな、もっと優しく丁重にだな…」
お兄ちゃん気質ポルナレフが手のかかる弟を嗜めるかのように割って入った。
お国柄ゆえか、彼は例え敵であったとしても女性とあらば乱暴な真似はしない。
ある意味ホルホースと似てるポリシーなのではないか?
「ポルナレフ。
女性っていうのは姿は確かに繊細で壊れ物みたいだけれど、精神は結構図太く豪胆に出来ているらしいよ」
「誰の意見だよそりゃ!
とんでもねえクソ野郎の言い分みてえだぞ!」
「こちらの女性の意見です」
花京院が無駄に丁寧な動作で示したのは他でもない乙瀬である。
ポルナレフが何とも形容しがたい顔をしている。
乙瀬の肩がふるふると震えはじめた。
癇癪玉が炸裂した。
「あー、もう!!わーったよ!!
手っ取り早く念写させればいいんでしょ!」
もうプッツンきた。
念写でも何でも、納得いくまで見ればいい。
自棄になった乙瀬であるが、花京院の思惑にハマっている事には気付いていない。
「ま、まあ待つんじゃ…一度落ち着いて…」
焦っているのは実際に念写をするジョセフである。
何せ自分がやらなければならないのだから、今の乙瀬相手ではいたたまれない気分になるものだ。
「いーんです!もういーんです!
さっさと済ませましょう!
その後、コイツのツラを殴る!」
コイツ、と指さしたのは言わずもがな花京院である。
その無駄に余裕かました涼やかにお綺麗な顔面をぶん殴ってやる。
殴ると宣言された方はと言えば相変わらず余裕の顔で軽やかに笑っている。
「ま、まあ落ち着いてくれ。
君の決心はよく分かったがそれなら尚更冷静になれ。
雑念が記憶を乱しかねないからな」
アブドゥルが激昂している少女に気後れ気味になりながらも落ち着くよう宥める。
ジョセフもそれに同意した。
「そ、そうそう…
本当に記憶を見て構わない、というのならばお前さんもある程度気を落ち着けてくれなければな。
読み取れるものも読めなくなってしまうじゃろう。
…いいかね?」
息荒く噛みつく勢いで同級生を睨み上げていた少女であるが、最年長者と二番目の年嵩に諭されてはここは無理にでも気を静めるしかない。
どうにかクールダウンしたらしい乙瀬にジョセフが早速右手を差し向けた。
「待ってくださいジョースターさん。
僕達にも分かるようにテレビに記憶を念写していただけませんか」
今、ジョセフは乙瀬と向き合っている。
この状態だとハーミットパープルで記憶を読み取りそれを見る事が出来るのは、ジョセフだけだ。
花京院は自分の目で真実を確かめたいのだ。
そしてその気持ちは他の者達も同じであったが…
しかし、そこはやはりデリケートな年頃の女子の記憶であるため、憚られた。
女性に対して礼節を重んじる花京院からそのような言葉が飛び出すとは思いもしなかったが、その時花京院に向けられた目は非難色ではなく「あの彼が何故?」という疑問を抱いたものである。
花京院の表情は至って真剣そのもので、やましさは一片たりとも感じない。
…彼には彼で、何か譲れない想いがあるのかもしれない。
「うぅむ…しかしなぁ。
花京院…それは流石に本人の気持ちがのぅ〜…」
記憶を見られる肝心の本人である乙瀬はただ静かに、平素よりもつり上がり気味な猫目を花京院に向けるだけだ。
暫しの間、乙瀬と花京院の間で目に見えぬ火花が散る。
「…分かった」
危うい拮抗の果て、厳しい顔つきを物案じるように瞼を伏せた事で睨み合いは決着した。
「それでいいわよ」
折れたのは乙瀬の方だった。