上階のクソ尾形さんとの戦争生活

□上階のクソ尾形さんとの戦争生活3
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まだまだ暑さが厳しいこの季節。
皆さまいかがお過ごしでしょうか。

本日、土曜日。
世の学生の皆さんは、どのようにして休日を有意義に過ごしているのだろうか。
晴はエアコンで快適に冷やされた1DKの部屋で、特に予定の無い昼を過ごしている。
バイトは夕刻から入っているので日中は暇である。
健全に外出すればいいのではないかって?
本日外気温は37度。
熱中症脱水症の危険を冒してまで出歩きたくはない。
そんな訳で晴は、快適な自宅に引きこもり、趣味に没頭としていたのだ。
趣味。

それは今、晴の手元にあるエアソフトガンの手入れである。

晴は射撃が好きで射撃場に通っているが、銃の収集やサバイバルゲームも好きなのだ。
流石に猟銃・空気銃の所持ともなれば手続きが必要になるし、本体価格もメンテナンス費用もエアソフトガンとは桁が違う。
ただでさえ射撃協会の年間費用で15000円掛かっているのだから、いくら学費や生活費の一部を親に負担してもらっているとはいえ学生のバイト代だけで実銃を所持するのは懐事情が大分厳しいのだ。
就職して、お金がある程度溜まったらいつか空気銃くらいなら持ってみたいと思っているがエアソフトガンも中々に良いものだ。
昨今のエアソフトガンは中々リアルだし、ゲーム用に使うのとは別にお座敷用に集めるのも趣味の楽しみ方として充分に有りだと思う。
現在晴が所持しているのは、今手入れ中のアサルトライフル、ガンラックに収納されているハンドガン2丁、ショットガン1丁、ボルトアクションライフル1丁だ。
アサルトライフル以外は全てエアコッキング式だ。
電動式にも惹かれるのだが、そう頻繁にサバイバルゲームに繰り出すわけでもないし、自分のプレイスタイルは機を待ち撃って、退いて、撃って…というタイプなのであまり連射性は重視していない。
それにメンテナンスや費用の事なども合わせて考えると、コストが掛からないエアコッキング式が一番自分に合っているのだ。
所持しているウチの2丁はサバイバルゲームを通して親しくなった人達からお下がりを格安で譲り受けたものである。
その中でもこのアサルトライフルは、特に親切に色々教えてくれた憧れの女性プレイヤーが引退する際にタダで譲ってくれたものだ。

晴はその受け継がれたアサルトライフルを丁寧に丁寧に手入れをして、それを収納用に設置した金属ラック下段の縦置きガンラックに戻す。
金属ラック上段はハンドガンやマガジン、その他必要な器具装備類を置いてある。



「さて、次はこのボルトアクションライフルを…」



ほこほこした笑顔でライフルに手を伸ばしたところで来客を告げるインターホンが鳴った。
晴は一旦手入れを中止する。
来客の大体は新聞や何かの宗教やらでロクでもないのだが、晴はAm〇zonを利用する事が多いので何か荷物が届いたという可能性もある。
そういえば先日、エアソフトガン用の収納ケースを一つ追加で買った気がする。
多分それだ。



「はいはーい」



晴は玄関靴棚の上に置いてあるシャチハタを取り、ドアを開けた。
瞬間、すごい勢いでドアが開き、ノブを握っていた晴は体勢を崩し前のめりに倒れ込んでしまった。
すっ転ばずに済んだのは、目前に居た人物の堅い胸板に顔をぶつけたおかげである。
一体何事?



「邪魔だ退け」



真上から降って来たのは気怠い色気を含んだ低い声。
晴が来客の姿を認識する前に、ソイツは晴を押し退けて部屋に押し入って来た。
そしてドアからカチャリと金属音が鳴る。
施錠もバッチリなようで。



「暫くここに居るぜ」



ズカズカと上がり込んできた男は、勝手にダイニングキッチンの椅子にドッカリと座り込んだ。
テーブルに肘をついて「茶ぐらい出せよ」などと図々しく飲み物を催促する男の顔には見覚え有る。
…というか、ソイツは晴の戦争相手だった。



「…は?…はぁ?」



「は?」という一言しか出てこない。
完全に語彙力が死んだ。
それくらいに晴の思考能力が低迷の果てに死んでいる。
とりあえず…先ほどぶつかった拍子に奴のシャツに晴のシャチハタを捺してしまわなくて良かった。
何かお高そうな感じがするので。
いや、それよりも…



「いやいやいや…待って?
ねえ、何、何なの?
貴方、勝手に人の部屋に上がり込んできて何なの?
訳が分からないんでとりあえず出てってくれませんか?」



来客が誰なのか確認もせずチェーンもかけずドアを開いた晴も悪かった。
だが、しかしだよ。
決して仲良しとは言えない間柄なのに?
用件も謎のまま?
家主の断りも無く家に上がり込んでくる奴があるか普通?



「何聞いてんだお前は。
暫くここに居ると言ったろ」



…ああ、こいつは常識の範囲で語ってはいけなかった。
何といってもクソな人種だから。



「いや、だから何でウチに来たのかって事なんだけどねぇ!?
何の用なのぉ!?
エアコンでも壊れたのぉ!?
通報案件だよねぇ!?
通報していい?いいよねぇ!?」



「お前、もう少しは色気のある勘違いが出来ねえのかよ。
だから男が寄り付かねえんだろ」



「うるせえな!
キ〇タマぶつけて死ねよ!」



そんな不毛な言い争いをしてると、またも来客の気配がした。
通路をガツガツと激しくヒールで打ち付ける、いかにも「機嫌が悪いです」と言わんばかりの足音が晴の部屋の前でピタリと止まったのだ。
嫌な予感がする。



ドンドン!! ガンガン!!



予感的中。
激しく玄関のドアが鳴って軋む。
今度の来客は大分乱暴にドアを叩きピンポンラッシュもしかけてくる。



「開けなさいよ!!ここに居るんでしょ!?」



という女のヒステリックな叫び声もする。
晴は慄きながらドアを凝視し一歩二歩と後ずさった。



「…おー、怖。
おい、この間はお前が今外に居る女と同じ事してたんだぜ?
やられる側になってみて今どんな気分だ?」



尾形は口元だけでニヤニヤ笑いながら晴を見て言った。
うるせえ知るか。
アレは100%てめえが悪いんだ。



「百之助ぇ!尾形百之助!!」



と、ドアの向こうの女は男の名を怒鳴り散らしている。
晴は尾形へと鬼の形相を向けた。
やっぱり今回もてめえが悪いんじゃねえか。
だというのに、この男と来たら前髪を撫でつけて澄まし顔をしている。



「セフレの女が自分は恋人だと勘違いしてたらしくてな。
丁度他のセフレとヤってる時に来やがったもんで拗れた。
面倒だから逃げてきた」



ふざけんな。
私とお前は一線を越えたような関係でも無いし、友達ですら無い。
そして我が家は駆け込み寺でもない。
私とお前は戦争関係。
敵対者だ。



「やっぱり尾形さんってクソなんだね」



尾形を追ってきた女のかなぎり声は益々ヒートアップしている。
このまま放置していては晴のご近所からの心象が悪くなる。



「開けるなよ。
あの怒りようだからな…開けたらお前も一発二発は殴られるんじゃねえか?」



などと、巻き込まれたくないなら静かに大人しくしてろというニュアンスを含めて来るが、尾形がこの部屋に入って来た時点でもう充分面倒事に巻き込まれてる。
このまま見て見ぬふりは尾形との男女関係を認めてしまうも同然である。
それだけは御免したい。
晴はスンッと尾形を見下してから玄関の施錠を外した。


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