黄昏鳶

□黄昏鳶 八
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!読む前に!
今回、コタンでのシーンをメインとしています。
アイヌ語で話している台詞は一部を除いて『』で表現してます。








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4月上旬

山は相変わらずまだ雪に覆われていて冬と何ら変わりないような景色である。
しかし、山の動物たちの活動にはぼちぼちと動きに変化が見られるようになる。
その最たるものがヒグマだ。
ヒグマが冬眠から目覚め始める時期。
山に入ればヒグマの足跡や留め糞を見かける事が増えはじめる。
まだまだ凍てつく白い景色であるが、雪解けの季節はもうすぐそこまで来ていてた。










■黄昏鳶■
〜再来の山猫〜









小さな小さな季節の変化を日々感じ取る。
アイヌコタンは今日も平和である。



「谷垣さん足の具合診ますよ」



晴が替えの包帯と薬草を持って谷垣のもとに顔を出した。



「ああ。ありがとう」



煮沸消毒した布を細く裂いて包帯の代わりにして、それを朝夕に交換するのは毎日の習慣だ。
この時代、まだ抗生物質はないので感染症は恐ろしい。
衛生面には特に気を配らなければならない。
フチや村人達からは薬草の種類や使い方を教えてもらい、そこに未来の知識を織り交ぜつつ晴なりに精一杯の看護をしていた。
最近では包帯の取り換えも薬草の使い方もすっかり慣れた。



「今日も狩りに行くのか?」



「いえ、今日は村のお仕事を習います」



本日は狩猟ではなく村で女達の仕事を教えてもらいながら手伝う事にしていた。
村の老婆を中心にして女達数人が晴のために集まり講習会を開いてくれるのだからありがたい。



「織物を教えてくれるんですって。
あと、アットゥシを編むためのカタク(糸玉)も足らなくなってきてるから、まずは素材の採取を習います。
という事で、今日午前中はアッケプ(木の皮を剥ぐ)に行ってきますね」



徐々にではあるがアイヌの言葉も覚えてきた。



「そうか。
俺も大分調子が良くなってきたし今日からコタンの仕事を手伝うつもりだ」



「大丈夫なんですか?
まだ足は痛むと思うんですけど…」



矢傷を受けた左足は肉が盛り上がり出血もほとんどない。
しかし右足の骨折は治り切っていない。



「杖をつけば歩けるだろう。
いつまでも無駄飯ばかり食っておれん」



「…狩りはまだ無理なのでは?」



「流石にそこまではしないから安心してくれ。
子供たちが白樺の樹皮を集めに行くと言っていた。
その手伝いをしに行く程度だ」



「まあ…寝てばかりじゃ体力も落ちちゃいますけど。
…無理ないようにしてくださいよ」



「ああ分かっている。
…ほら、お前はそろそろ約束があるのだろう。
こっちの心配はするな」



「分かりました。
帰りはお昼頃ですかね?」



「そうだな。そのくらいには戻るだろう」



「了解です。
気を付けて行って来てくださいね」



「ああ、晴もな」



谷垣との付き合いも大分慣れ親しんだものだ。
フチとオソマも一緒に谷垣の看護をしてくれたので、晴一人で看ていた訳では無いが主力になって世話をしていたのだ。
マタギの話を聞いたり、それを実践してみたり、谷垣との交流は村の中では一番深いだろう。

…しかし谷垣は怪我が治った後はどうするのだろう。
彼がレタラを狙って山に残ったのは中尉の命令の内には無い。
マタギとしての欲求ゆえだ。
第七師団が狙う刺青囚人の二瓶と組んでまでそうしたという事は、もう軍に未練が無いという事なのかもしれない。
しかし、谷垣はまだ軍属である。
兵士かマタギか。
彼はこの先、どちらの道へ行くのだろうか。


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