黄昏鳶

□黄昏鳶 七
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深空晴がこの時代にやって来てからおおよそ一月が経つ。

季節は三月下旬。
春先である。










■黄昏鳶■
〜鳶の向かう先〜










しかし春先とはいえ山は相変わらず雪が深く凍える寒さに包まれている。
そんな雪山の中を二人の男女が歩いていた。
男女と言っても夫婦や恋人関係などではない。
一人はアイヌの着物を来た中年男性で、もう一人は少々風変りな洋装の若い女だ。

アイヌコタンで世話になりつつ、文化や狩猟を学ぶ毎日を送る深空晴と、その体験学習中の晴に猟の方法を教えているマカナックルであった。
本日の晴のアイヌ体験学習コースは山での狩猟・仕掛け罠編である。



「晴。この木の根元を見てみろ」



晴はマカナックルが指さす場所を覗き込む。



「…!? これは!」



そこにあったのは…



「ウンコだ!」



黒くて小さいコロコロした粒が幾つかまとまって転がっていた。



「そう、ウンコだ。これは鹿のウンコ。
鮮度の具合からして…こいつは今朝方のだな。
アッチの方にも鹿のウンコが転がっているが、こっちの物よりも古い」



「…という事はつまり、鹿の通り道って事ですか?」



「ああ、その通り。
ここは鹿が山越えするために通る沢。
鹿垣の場所になる」



鹿垣。
鹿の通る沢に垣根を作り、アマッポを仕掛けておくのだ。

アマッポ。
アカエイの針は入っていないがトリカブトで作った強烈な毒矢の仕掛け罠である。



「扱いには気を付けろよ。
この毒は即死はしないが長く苦しむ事になる」



「もしも刺さった時の解毒方法は?」



「アイヌの毒矢に解毒方法は無い」



「…間違えて自分に刺したら諦めろって事ですね」



「刺さった矢の周囲の肉ごと毒を切り取れ。
しかし、それでも確実に生きられる保証は無いがな」



「うっはぁ…了解しました! 気を付けます!」



マカナックルの指示に従い弓と矢を設置していく。
まずは毒矢を使わず、きちんと作動するか普通の矢で確かめる。
仕掛けがきちんと動く事を確認した後、いよいよ毒矢をつがえる。



「……で、できた」



「よし。いいぞ。
素人にしちゃいい手際だ。
仕掛けを終えたらその場所はしっかり把握しておけよ」



「はい」



最も注意するべきは自分達で仕掛けたアマっポに掛からない事だ。
罠が張られている場所をしっかり覚えておくのは当然。
アマッポは鹿垣の他にもコタン近くの森や川辺に仕掛けてあったりもする。
カワウソ猟のためだ。
だから不用意には近寄らない。
もしも行く時には常に罠の事を頭に入れて注意深く歩く必要があるだろう。

毒矢で獲物を獲った後の食し方にも注意がある。
毒を弱めるために必ず火を通して食べなければならない。
まあそこは元々、肉は料理して食べる文化に居た和人であるから問題は無いが。



「さて、そろそろコタンに戻るか」



「何か狩らないんですか?」



「帰り際に他の罠も見て行こう。
カワウソ用のアマッポと、ヤマシギの括り罠だ。
掛かって無ければ狩りに行くか」



「カワウソは脂身がとろっとろで美味しいですよねぇ。
ヤマシギは食べたことないなぁ…」



カワウソは脂身が乗っているがあまり味はしつこくない。
ならば、汁物も美味しいが煮付けにも向いているのではないだろうか。
肉の味に癖はあるので臭み消しの工夫や血抜きはしっかりすれば結構いけるのでは?
…晴が自分の手で取れるようになったらやってみようか。


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