黄昏鳶

□黄昏鳶 六
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紳士は銃口を持ち上げた。
晴の目の前で真っ白い歯列を剥き出してニヤリと笑った男の姿。

死神が笑った。

晴にはそう見えた。










■黄昏鳶■
〜死神と赤鳶〜










春先、北海道の早朝は寒い。
東から昇る朝の太陽は白い光を降らせ地上を照らす。
シンと冷たい空気が身体を締め、眠たい眼を覚まさせてくれる。
小鳥の鳴き声が心地良く清々しい朝だ。



「杉元のやつ許せん…黙って出て行くなんて勝手すぎる」



「杉元さんに理由はあっただろうけど誰にも何も言わずに行っちゃうのは酷いかもね」



「私にだって理由があるから一緒に行動してたのに」



「そうねぇ…」



「追いかけてストゥで後頭部を殴らなきゃ気が済まない」



清々しい朝…であるが、憤慨としたアシリパが手の平に打ち鳴らすストゥの存在が威迫的であった。

杉元佐一はコタンを去った。
フチにも晴にも…アシリパにさえも誰にも何も言わずにコタンを出て行ったのだ。
コタンでの暮らしに触れ村の皆の気持ちを知った事で、アシリパを危険に巻き込めないと考えたのだろう。
その気持ちは晴にも分かる。
とても分かるが…しかし何一つ告げる事なく行ってしまうのには賛同しかねた。
残されたアシリパの気持ちは?
そしてアシリパの性格を考えた時、置いていかれたと知った彼女がどうするだろうか。
そこまで考えたら、ひっそりと姿を消すなんてしなかったろう。

晴は金塊になど感心は無いのだがアシリパや杉元には世話になった。
恩を返す意味でもアシリパと共に今朝から杉元探しを手伝っていた。
杉元とはまだ数日だけの付き合いとはいえ、この時代に来て最初に知り合った人物の一人でもあるし純粋に心配だという想いもある。
アシリパと晴は山中の各所にある狩り小屋を一つ一つ見て回ったが、そのどれにも使用された形跡は残っていなかった。
コタンを出てから一度も山には入っていないのだろう。



「街に行ったきりって事かな」



「そうだろうな…あるいは杉元の身に何かあったか…」



「杉元さんのあの容姿は特徴ありまくるから悪目立ちするだろうしなぁ…」



「嫌な予感がするな。
…だが、探すにしたってあの大きな街で無計画に探し回っても人を一人見つけ出すのは難しい」



「手分けしたって二人だけじゃあ、虱潰しなんて無茶だもんね。
発信機でもついてりゃ楽なのに…」



「はっしんき?」



「あ、いや…まあ、目印みたいなものだよ。
遠く離れててもその人の位置が割り出せるもの…かな?」



「ほぉう…そんなものがシサムの社会にはあるのだな。
そいつは便利そうだ」



「あー…といってもまだコッチには出回ってないよ」



「外国の文化なのだな。
まあ、無い物の事を悔やんでもどうしようもないな」



「そりゃそーよねぇ」



発信機とまでいかなくても、せめてカラーボールとかそういうもので目印でもついてれば、まだ追跡やすかっただろうに…
まあ、カラーボールのようなものを持っていたとしても、杉元が去ってしまう前に付けなければ意味の無いものであったが。
対象にわざわざマーキングなどせずとも追跡が出来るような便利な特殊能力でも備わっていれば良かったのに。
理想としてはドラゴ●ボールのように相手の気を探って位置を探れたりしたら…



(…ん? 相手の気を探る…?)



そこまで考えて晴は閃いた。
追跡は何も目視だけに頼る必要はないはずだ。
気を探るなどというのは漫画の世界の話であるが、現実世界でもそれに近い事は出来るのだ。



「アシリパちゃん、匂いは?」



「匂い…あっそうか!!」



アシリパも晴の考えを理解して表情を明るくした。
匂い。
そう、匂いで獲物を追跡する事は可能だし、その能力に優れた生き物が居るではないか。
晴が生まれ育った未来の日本でも、それは捜索で有効な手段の一つである。



「「レタラ!」」



アシリパと晴は同時に声を揃えたのだった。


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