ピーンポーン…
八柱家のドアホンが鳴る。
乙瀬は外出の支度を整えた姿でリビング待機していたが、その来訪者を告げるチャイムを聞いて腰を上げた。
時は来た。
「はいはーい」
応答しにドアホンに向かえばモニタには同級生が映っていた。
玄関の扉を開くと普段見慣れない彼の私服姿が視界に入ってくる。
この前ネズミ退治の際に彼の部屋を訪ねた時は、ラフな部屋着だったが今は外出着である。
全体的に深い色味で統一していて、アクセサリー類もピアス以外には付けてないのですっきりと落ち着いたイメージだ。
元々大人っぽい印象の彼の私服姿はパッと見には高校生に見えないが…特徴的な淡い赤茶の髪とチェリーに似たデザインのピアスは間違いなく花京院典明だった。
ちなみに乙瀬はファー付きのニットコートとデニムホットパンツに猫タイツという、『妹系ファッション』だ。
元々化粧っけも薄い方だし、化粧していても昭和で流行っている化粧方法と違ってナチュラルメイクだ。
昭和の女子高生と比べると『背伸び感』が薄く、同年代の少女らと比べて幾分幼く見える。
この時代においても大人っぽい花京院と、この時代では子供っぽくも見える二人で並ぶと一見するとどんな関係なのか不思議だろう。
…普通に友達関係であるが。
「おはよう乙瀬」
「おう。はよー」
玄関から外に出ると、乙瀬は閉まる扉に向き合い施錠する。
乙瀬が家族に対して外出の挨拶を告げる事も無く、早々に戸締りをする姿を見て、花京院は少し首を傾げた。
「ご両親は?」
本日は日曜。
時刻は午前9時である。
普通、休日のこの時間なら家族が誰かしら居るものだろう。
夫婦で外出だろうか。
「お父さんは単身赴任で、お母さんは本日憂鬱な休日出勤よ」
「そうなのか…大変なんだな」
「親は大変な思いしてるけど、おかげでちょっとした一人暮らし体験ができてるよ」
それに今回は母の休日出勤のおかげで、花京院との待ち合わせを見られずに助かった。
■とある女子の異世界生活■
それは日曜朝の7時頃。
「乙瀬。昨日も言ったけど、お母さん今日は出勤するわね。
帰りはいつも通り遅くなると思うから夕飯要らないわ」
八柱家の母が朝食のコーヒーを用意しながら一人娘乙瀬に休日出勤の旨を伝えた。
システムリリース直前なため、皆ぴりぴりしている。
自社で使用するためのシステムであるから、余計にお偉方は気楽に色んな機能を付けたそうとする。
リリース1週間前に仕様変更なんてよくある話。
よって、不具合も発生しやすい時期なのだ。
バグ発見の連絡を受けたのが週末。
週明けからは稼働できる状態にしてほしいと連絡をされては休日でも出勤せねばならないのがこの仕事である。
SEあるあるだ。
「うん。分かってるよー」
朝食のトーストを齧りながら乙瀬は生返事を返した。
いつもの調子で欠伸を噛み殺す様にしているがその実、内心ではかなりガッツポーズだった。
なにせ、今日これから乙瀬は花京院との約束で夢と魔法の国へ行かなければならないのだ。
待ち合わせは…というか、同じマンション内で待ち合わせもくそも無く、花京院が9時に迎えに来ると言っていた。
男の子が家まで迎えに来る…そんな場面を母に見られでもしたら、どれだけ冷やかされるか分かったものでは無い。
今日一日遊びに出かけるという事すらも実は内緒にしている。
母は8時頃には出勤するであろう…休日出勤の母には悪いが、正直乙瀬的には助かった。
帰宅もきっと22時を回る。
その頃までには乙瀬は帰宅しているだろう。
母の休日出勤に、乙瀬は心の中で最大限の敬礼をした。
…それが今朝の流れだった。
二人並んで歩きながら道中のとりとめもない話のネタに親の仕事を話す。
「ま、仕事上がりが遅いのも休日出勤もSEの宿命って奴よ。
そしてお父さんはホ●ダの営業マンなんだけど今はS市の杜王町に単身赴任中だよ」
花京院が「え」と小さく声を上げた。
「杜王町…僕の実家の方だ」
「え、マジで?」
「ああ。S市駅のちょっと北の方なんだ」
「…すんげえ偶然だわ」
まさかの新事実発覚だ。
ジョジョ公式で『花京院』という苗字は仙台市の地名からとっているというのは知っていた。
だからS市繋がりで杜王町と何か関係があってもおかしくはないだろうとは思っていたが、まさか本当にこの世界で花京院典明の実家だったなんて。
「案外、乙瀬のお父さんと、うちの親が何処かで知り合ってたりして」
「典明んちの車がホ●ダなら顧客的な意味で可能性あるかもねー」
「うーん…転校する前はト●タだった。
でもそろそろ買い換えたそうにしてたかな。
今度は別のトコの車にしてみたいっていう事を言っていた気がする」
「おっと、お客様候補」
「週に1回は実家に電話してるから、今度ホ●ダを勧めておこうかな」
「はっはっは、そりゃいいや」
…などと他愛ない話をアレコレしながら歩き、電車に揺られているとあっという間に移動時間など過ぎてしまう。
花京院の話の振り方が上手いのか、聞き上手なのか分からないが…多分両方あると思うが、乙瀬が最も気にしている学友たちの目というものが無ければ、彼との会話は楽しい。
あっという間に時間が過ぎていく。