2月下旬
住んでいるマンションから徒歩約5分の場所に八柱家がいつも利用している商店街がある。
というかこの一帯の近隣住民は大体、この商店街を頼っているだろう。
昔からそこで商いをしている八百屋、肉屋、布団屋、美容院、クリーニング、飲み屋もあれば最近新しく建った電化製品店、スーパー、本屋、カラオケ、服飾店、喫茶店もある。
ちょっと駅よりの方に行けばコンビニ、ファストフード店、ドラッグストア、ホームセンターもある。
住みやすい場所だ。
その日、いつもの通い慣れた商店街で買い物を済ませた乙瀬は福引券を貰っていた。
そういえば来る途中の道で福引コーナーがあったのを思い出す。
正直、乙瀬はこういった運頼みの事にはあまり期待しないタイプである。
(でも折角貰った福引券だしな…引いてみようかな)
外れ賞でもティッシュくらいは貰えるだろう。
貰えるものがあるなら、やった方がお得。
そんな大した期待も無く、福引コーナーに向かう。
福引コーナーのハッピを着ているの中年女性が乙瀬に気付くと懐っこそうに相好を崩した。
■とある女子の異世界生活■
「お嬢さん福引やっていく?一回につき券一枚ね。
頑張ってー、一等は旅行券だよー」
「ははは、あたしあんまり運持ってないんで…」
ゆるくお愛想しながらクジを引く。
箱の中で得に選ぶでもなく、指先に触れたものを適当に取り出すと、三角形に折りたたまれている紙を広げた。
「……」
そこに書かれている文字を見て、瞬きを一つ二つ。
景品リストと手元のクジの文字を見比べる。
「…わお。お嬢さん、おめでとうございます!」
乙瀬の手元を覗き込んできたキャンペーンガール(?)の中年女性が拍手を贈る。
「二等景品でーす!」
一等は逃したものの二等である。
乙瀬にしては上等だ。
中年女性が二等景品を乙瀬に差し出す。
それを受け取る乙瀬は少々困ったように頭を掻いた。
「遊園地の割引券かー…」
その券には某有名な青い尖塔屋根の白いお城を背景に世界一有名なネズミのテーマパークが描かれていた。
某ネズミ様の国への招待券をぶち当てたようだ。
しかもご丁寧にペアチケット。
意図は明らかにカップルを対象にしている。
(夢と魔法の国のクマネズミよ…そんな目で見つめても駄目なのさ。
あたしには彼氏居ないのでな)
先日のネズミ退治の件で罪悪感に似た感情が湧かなくもないが、あれはドブネズミだしミ●キーのお友達ではないだろう。
そもそも不法侵入の上に食料漁りをした非はあちらにある。
それに最近ではもうネズミの魔法には耐性がついてきていて、そこまで胸は躍らない。
世界融合前にだって何度か友人たちと季節ごとのイベントを見に行ったりしたものだ。
この時代のネズミの国ならば平成の頃よりもアトラクションは少ないだろうし、だから余計に興味をそそられないのだろう。
そんな訳で、このペアチケットは早々に誰かに譲ろう。
(…おや、お誂え向きのように知った顔が居る)
帰路に着こうとした所で、乙瀬の目は人の波から頭一つ分以上余裕で抜け出している逞しい男性を見つけた。
乙瀬が気づいた時、向こうも気づいたらしく翡翠色の瞳が少し大きく見開かれた。
「おーい、くーじょーせんぱーい」
空条承太郎だ。
彼が手にしている袋にはホームセンターのロゴが入っている。
袋の端っこからは何か持ち手の長い…網…だろうか…虫取り網とは違うが何か網が覗いていた。
他にも半透明なビニール袋の中でごつごつとしているのは水中観察用の箱眼鏡と思われる。
(観察グッズか?)
などと思いながら割引券を持ったままの手を振り承太郎に歩み寄っていく。
普段の乙瀬ならば見て見ぬふりをするところであるが今はこの割引券をどうにかしたいのだ。
自分で持って帰ってうっかり母親に見つかったら、「ついに乙瀬もお年頃ね!」などと、ありもしない想像をされて初彼お祝いムードになってしまうからだ。
いらねえ。
「…ちっ、でけえ声で呼ぶな鬱陶しい」
嫌そうに眉間に皺を寄せる承太郎であるが、今の乙瀬にそんなことは関係ない。
ここで出会ったがさだめ。
乙瀬は承太郎に説明も無しに割引券を差し出した。
「…あぁ?」
「ネズミの国への招待状です。
先輩、たまにはホリィさんに親孝行でもしてきたらどうですか?」
きっとホリィなら喜ぶだろう。
某ネズミカチューシャを付けてはしゃぐホリィ…似合う。
承太郎は魔法ネズミに喧嘩売ってるのかってレベルで激しく険しい顔していそうだ。
その想像図そっくりそのままな険しい顔で承太郎は乙瀬が差し出した割引券を押し退けた。
「いらねえ。それに出かける予定は既に入ってるしな」
「…もしかして、それですか?」
「それ」と指さしたのはホームセンターの袋から覗いている品々。
明らかに水辺を観察しに行きますという内容である。
恐らく海好きの承太郎の事だから海観察だろう。
「ああ。まあな」
「んぬ…駄目かぁー」
「自分で行きゃあいいだろう」
「え?ペアチケットなのに一人でデ●ズニーですか?
周囲ファミリーかカップルの中でボッチして来いと?」
「ボッチはテメエの十八番じゃあねえのか?え?」
寂しい奴みたいに聞こえる言い方はやめてほしい。
仕方ない事情があってボッチ飯をしていたのだ。
「好きでボッチ飯してた訳じゃないですから!
何度も言いますが友達くらい居ますから!」
「ならそのダチらと行ってくりゃあいいじゃねえか」
「まあ、やっぱそーなりますよね…
正直ちょっと行き飽きてたんですけどね」
「知るかよ」
「しゃあない…やっちゃん誘って今度の日曜行って来よう」
こうなりゃもう、女二人で魔法に掛かって来るさ。
百合カップルと思われてもいいもん別に。
というか、別に女友達二人で夢と魔法に浸って来るのなんて珍しくもないし、周囲から浮くわけじゃあない。
「…無理だと思うがな」
ぼそり、と呟かれた低い声。
乙瀬には聞き取り切れなかったが、承太郎は何か確信めいた表情をしていた。
「え?」
「いや、何でもねえぜ。じゃあな」
「…?」
これ以上絡まれないようにと、大股で足早に去っていく承太郎。
彼の唇の端が何故か僅かつり上がっている様に見えた。
長身のその後ろ姿が何故だろうか乙瀬には、とても勝ち誇っている背に見えた。