ジョジョ夢小説

□とある女子の異世界生活15
1ページ/4ページ





「……」



彼がドアホンのモニタで来訪者の姿を確認した時。
その瞬間の感情を何と表現すればいいだろうか。
意外?驚き?喜び?不思議?
どれでもあって、どれでもなかったと思う。
ただ、モニタに映る人物の姿に信じられない思いを感じつつ期待も抱いていたのは確かだ。
ほのかな甘い期待を抱きつつも、現実にがっかりする事の無いようにのぼせるような失敗は犯さないのが冷静な彼である。
玄関の扉を開けてみれば、彼女はうつむき気味で表情を硬くしていた。
黒いパーカーにショート丈のシャカパンというかなりラフな格好の彼女の姿は、普段制服姿しか見たことのない彼にとっては新鮮だった。
いつもの制服もスカート丈が短いなと思っていたが今の恰好はそれよりもさらに足を露出している。
引き締まった綺麗な内腿のラインがよく見えて少々目に毒であったが、思考が邪な方向に飛躍しすぎる前に優先するべき本題は忘れない。



「珍しいな」



「……」



「君の方から僕の家に来てくれるなんて」



それは彼が学校から帰宅後にゲームをしていた時だった。













■とある女子の異世界生活■











花京院の部屋に来訪者を告げるチャイムが鳴った。

それはそれは珍しい…というよりは予期していなかった来客だった。
同じマンション内に住んでいる同じ学校の同じクラスの友人なのだから、時にはこうして互いの家に行き来するという場面は不思議な事ではない。(流石に男と女なので家に上がり込むというのは軽々しく出来ないが)
ただ、花京院と違って彼女は周囲の視線を気にしている。
あらぬ噂が立つのを避けようとしている。
だから、今の彼女がこうして自分から訪ねてくれるなんて思っても見なかったのだ。



「八柱…どうかしたのかい?」



相変わらずうつむいたままの乙瀬は強張った顔のまま沈黙している。
いつもの彼女らしからぬ。
花京院は注意深く乙瀬の様子を見ながら、玄関から進み出ると彼女の肩にそっと触れた。
それを機にしてようやく彼女は顔を上げる。



「…実は花京院に頼みたい事があって」



「頼み?」



乙瀬自身、自覚せず握りしめていた両手の拳が小さく震える。
緊張した黒い瞳が微かに揺れている。






「お願いなんだけど…一緒にウチに来てほしい」






花京院の思考が一瞬停止した。
今、彼女は何と?
「一緒にウチに来てほしい」…と、そう言った。
乙瀬が花京院を家に誘っている。



「ウチのお母さん仕事で夜遅くまで帰ってこないんだ」



「…それは…つまり…」



一度は押さえた期待が一気に熱を帯びた。
妙に花京院の声帯が掠れる。
渇いた唇を我知らず舌先で舐めた。



「うん…今、あたし一人っきりでさ…」



「君はそれでいいのかい?」



「今…こんな事、花京院にしか頼めない」



これは…つまり…そう。
そういう事なのか。



「…分かった。行くよ」



乙瀬の表情がパっと晴れたように明るくなる。
笑顔で礼を言う乙瀬を愛しく見つめる花京院。






多分この時の花京院は普段の冷静さを失うくらいに、この突然なイベントフラグにのぼせ上っていたのだろう。






-------------------------------






学校から帰宅後の八柱乙瀬の生活サイクルはいつも決まっている。


まずは着替え。
部屋でゴロゴロしやすい服に着替え、それから温かいものでも飲んで落ち着く。
休憩が終わったら夕飯の食材を確かめ足りなければ買い物に行く。
本当ならすぐゲームに飛びつきたい所であるが、夕食に困るような事態には陥りたくない。
八柱家母のSEという職業ゆえ仕事上がりは夜遅い事が大半なのだ。
おそらく、今日も帰宅は軽く22時を回るだろう…遅ければ0時近い頃だろうか。
徹夜もあり得る。
まあ、そんな訳で基本的に家事全般は今、乙瀬の仕事となっていた。



「今日はカレーでいいか」



使いかけのカレールウがあったはずだ。
豚小間も中途半端に余っている。
カレーとは実に便利なものだ。
基本、ニンジン玉ねぎじゃがいもがあれば、肉は牛でも豚でも鶏でも羊でも何でもいける。
作り置きできるし、多めに作れば翌日の朝食にもできるし、冷凍保存してもいいし、中途半端に余ったら麺つゆ足してカレーうどんにもできる。



「少し早いけど作っとこうかな」



後で空腹を抱えながら食事作りなんてたまったものじゃない。
今のうちに作っておけばいつでも好きな時に食べられる。
まずは器具の準備。
カレー鍋を取り出そうと、棚の戸に手を掛けた。






トトトト…






何かが背後を駆け抜けていく。
乙瀬の手が止まる。



「…!?」



更に、足音に続きごとごと何かが蠢く音。
振り返る。
何も居ない。



ごそ…ごそごそ…



何かが部屋の中の物を漁っている音がする。
確実に何かがこの部屋の中に居る。
乙瀬はそろりそろりと足音を殺してキッチンの包丁収納から一本、一番立派なものを取り出した。
ゆっくり…そろりと…音源地を探るように部屋を見渡しながら爪先を滑らせる。

音の元はほどなくして見つかった。

音はキッチンの調味料入れの籠から。
籠の中でがたごと揺れている四角い箱が見える。
あれは、今日の晩御飯に使う予定だったカレールーだ。
カレールーの箱が不自然に膨らんでいる。

ごくり…唾をのむ音がやけに大きく聞こえる。

乙瀬はキッチンを出るとリビングの収納クローゼットの中に立てかけてあったモップを取り出した。
モップの柄を先端に向け、カレールーの箱に近づける。

その距離1m…
50p…
10p…
5p…



1p……






「チィイィーーーーッ!!」






箱から甲高い悲鳴のような鳴き声と共に飛び出す灰色の毛玉!



「うおぁあああああああああっ!!」



驚きで思わず男のような太い叫び声を上げる女子高生!

つつく前に箱から飛び出してきた齧歯目の小動物に腰を抜かし、モップと包丁を投げ出す人間の図式である。
「何だ小娘!文句あんのかよ!」と言っているかのような太々しい顔つきをしたネズミが髭をヒクつかせながら乙瀬にガン垂れている。
ネズミの小さな頭部にはカレー粉の屑がくっついているが、可愛げも面白味も感じない。
ただひたすら気持ち悪さと不快感と恐怖を掻き立てる。

お前いつの間に家に入って来たのかとか、人様の家の食料勝手に漁りやがってとか、そんな事を考える前に乙瀬は敵前逃亡を選択した。
ドブネズミ…生で見たのは初めてだ。
同じ齧歯目でもペットショップなどで見かけるような、いかにも愛玩動物として品種改良されてきたハムスターや人間に気に入られやすいアルビノの小さなハツカネズミとはわけが違う。
これが野生のドブネズミ。
デカくて面構えも太々しく凶悪にすら見える。

小動物にメンチ切られ、あっさり負けを認めた人間の少女は半ばパニックに玄関へと向かう。
途中、リビングのソファにぶつかり激しく転んでダイブし、クッションを派手にぶちまけた。
這う這うの体で起き上がり靴を爪先に引っ掛けるようにして家を飛び出す。
玄関に鍵を掛ける習慣がついていたのは不幸中の幸いだろうか。
慌てていながらも戸締りだけは冷静だった。
施錠後、乙瀬は頭で考えるよりも防衛本能が足を動かすままにエレベーターに乗った。

迷わず押したボタンは8階であった。


次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ