ジョジョ夢小説

□とある女子の異世界生活3
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ああ、もう眠ってしまう。

しかし体温計は返さねばならない。
丁度タイミングを見て養護教諭が体温計を回収に来たのでそれを重たい瞼のまま渡して乙瀬はそのまま眠りに落ちた。
眠ってしまっているが、しかし深い眠りでは無い。
やはり自宅では無い場所では緊張があるらしく、ごく浅い眠りなのだろう。
意識は落ちているが、耳は音を拾い脳へと伝達しているものである。



だから、乙瀬は眠っているが突然耳をつんざくようにして聞こえた音を「悲鳴」として認識できた。



明らかな異変だ。
男子生徒の悲鳴、養護教諭の気が狂ったような笑い声、物々しい音。
どたばたと転げるようにして慌てふためき保健室から逃げ去っていく男子生徒達の足音。



「………」



乙瀬の顔色は猛烈に白い。
白いどころか蒼い。
今朝の体調不良の比ではない程、蒼褪めている。
この騒ぎを知っているような気がするからだ。
仕切りは開かぬまま、乙瀬はじっとベッドの中で聞き耳を立てる。



「ジョジョぉ…貴方もまさか…これが万年筆に見えるなんて…
…言わないわよねぇえええ!」



養護教諭の怒声。
そして焦ったような男子生徒の低い声。



「スタンドか…花京院典明!
石段で俺の足を斬ったのは、奴の仕業か!」



…とても聞き覚えのある小野Dボイスだった。
乙瀬は布団を更に深く被った。



(く…くっそぉおおおおおおお!!!!)



心の中で叫ぶ。
この展開は明らかにアレだろう。



(逃げ遅れたっ!!逃げ遅れちまった!!)



まさか今日が花京院襲来の日だったとは。
しかもその現場に丁度居合わせてしまうとは、これまた運の無い話だ。
なんてド畜生な鬼タイミング。



「やあ、さっきぶり」



という、どこかゲスい響きの平川ボイスが窓の方から聞こえてくる。
まずい。
これはまずい。
このままでは確実にまずい。
今まさにスタンド勝負が始まろうとしているのだ。
スタンド能力を持たない一般人の乙瀬はその戦いに巻き込まれてはたまったものでは無い。
仕切りの中、ひっそりとベッドから降りてなるべく隅っこに身を寄せ小さく身を縮める。
捕食動物に怯える小動物のごとく、後はひたすら布団にくるまり息を殺した。
「私は居ません私は空気です」という状態を貫く事に徹する。
このまま遣り過したい…祈る気持ちで居たが、本日の運は味方しなかった。



「エメラルドスプラッシュゥウウウ!」



…という力強い花京院のエメラルドスプラッシュである。
乙瀬は瞬時にヤバいと直感する。
頭を手で抱えるようにして保護し、身を更に縮める。



「…っ!!」



突然の風圧。
激しい破壊音。
乙瀬の右頬を固いものが掠め、一泊遅れて火傷したような鋭く熱い痛みがやってくる。
思わず固く目をつむっていた乙瀬であるが、視線が自分に向けられているのを感じ取ると慌てて目を開いた。



(…死ぬかもしれない)



透明度の高い翡翠のような瞳と、日本人にしては色素の薄い紅鳶色の瞳が自分に向けられている事に気が付く。
どうやら仕切りはエメラルドスプラッシュのとばっちりで千切れ飛んだらしい。



「…ちっ、生徒がまだ残って居やがったのか」



承太郎の苦々しい舌打ち。



「おい、そこのお前。
死にたくなければそこで大人しくしておきな」



不良のレッテルを張られている承太郎であるが、弱者や女に対しては不愛想ながらも何だかんだで優しい男である。
この危険な戦場と化した保健室に女子生徒が残っていた事に危惧を感じているのがその声色から察せられるだろう…ただし、乙瀬に相手の心の機微にまで意識を向けられる程に精神に余裕があればの話であるが。



「…っても、その様子じゃ動くに動けねえか」



乙瀬はへたり込んだまま、己の右頬に一筋流れた熱を持つような小さな痛みと暖かいものがそこから一滴滑り落ちるのを感じた。
頬を滑り顎先からパタリと落ちて白いシーツに赤いシミを作ったのは血液だ。
しかし今は自分の傷などどうでもよかった。
乙瀬は恐る恐ると右頬の隣を見る。
壁に乙瀬の拳サイズ程の穴が空いていた。
乙瀬の頬を掠っていった何かはエメラルドスプラッシュの破片だったのだろう。



(ふざけんなよ)



何が遠距離型破壊力Cのスタンドだよ。
破壊力Cでコンクリートぶち抜く威力じゃねえか。
もしも直撃してたら即死だろ。
これを喰らって、「ちょいと胸を傷つけただけ」とか弾き飛ばすスタープラチナはどんだけ硬いんだ。
というか、コンクリートをぶち抜くハイエロファントグリーンで破壊力Cなら、破壊力Aのスタープラチナはどんだけ凄まじい破壊力なんだ。
怖すぎだろ。



(ほんと、ふざけんなよ)



…って言えたらいいのにな。
現実にはそのような事を心の中で思う事すらおぼつかない程に戦慄中である。
当然、歯の根は合わず小さくカチカチ鳴っているし舌などまともに動くはずがない。
滅茶苦茶怖い。
これがリアルなスタンド戦という事か。
目に見えないから余計に恐怖心が煽られているのか、それともまだ見えないからマシな方なのか。
それは定かではないがどちらにしろ異常な光景である。



「ふん…逃げ遅れただけの生徒か。
怯えて立つ事すらもできん様だな」



この場で予定外の第三者の存在に剣呑とした突き刺す厳しい視線で見下ろしていたのは花京院である。
乙瀬は歯の根合わない口元を無理矢理ぐっと固く閉じた。
頭を守るために手で抱えていたのはナイスだった…そのまま気付かれないように少しずつ手をずらして耳の穴を塞いだ。
ハイエロファントを体内に侵入させられてはたまったものではないから。
しかし有り難い事に花京院は乙瀬がただの逃げ遅れた間抜けだと判断したらしく、興味は失せていた。
危害を加えるでもなく空気か何かのように無視し、承太郎との勝負に集中しはじめる。



その後は乙瀬の知る通りの展開だった。

承太郎のスタープラチナがハイエロファントグリーンをオラオラして勝負はついた。
乙瀬には見る事が出来ないが、ストーリーを知っているので何となくどんな展開になっているのか想像はできた。
承太郎はハイエロファントグリーンによって怪我を負った養護教諭が命に別状ない事を確かめると、血まみれで倒れている花京院を担ぎ上げて窓枠に手をかけた。
乙瀬はその異様な光景を呆然と見送るが、ふと思い出したように承太郎が振り向いてくる。



「おい」



呼びかけられてびくりと肩が跳ねる。



「お前の怪我は大丈夫か?」



乙瀬の様子を確認する承太郎の質問に、彼女はかろうじて力の入らない声帯を振り絞り答える。



「…はい…どうにか…」



「立てるか?
ここに長居してると面倒事になるぜ」



「あ…何とか…」



壁にもたれながら、まるで産まれたての小鹿か何かのように膝をプルプルと振るわせて立ち上がる。



「そうか。
なら付いて来な。
巻き込んじまったようなものだからな。
顔のソレ、手当てくらいは俺のお袋がやってくれるだろうさ」



乙瀬はその承太郎の誘いに対して勢いよく頭を横に振った。
それはマズいのだ。
このタイミングで空条家に上がり込むのは色々フラグがする。
流石に自分はスタンド使いではないから旅に同行するという事はならないだろうけれども。
しかし、きっと関りはなるべく持たない方がいい。



「いえ、大丈夫です!
これくらい自分でどうにか出来るんで、お構いなく!」



言うなり、乙瀬はさきほどまで震えていたのが嘘であるかのように早々と保健室から立ち去る。
特に呼び止められるでもなかったので、きっと承太郎はあのまま花京院を連れて行ったのだろう。
乙瀬は妙に重く感じる足を引きずるようにして歩いて職員室へと向かう。
まずは養護教諭を職員に任せよう。
そして、そのまま学校をさぼりたい。
…が、保健室の騒動直後に女子生徒が姿を消したとなれば無用な騒ぎを引き起こしてしまうだろう。
職員室へ向かうその途中、ドタバタと慌ただしい足音がいくつも聞こえてきた。
保健室で起きた爆発に似た音と衝撃の正体を確かめに教員たちが向かってくる。
野次馬の生徒が何人か教室から顔を出している。
乙瀬は教員に呼び止められて何があったのか問いただされた。
とりあえず、眠っていたから詳細はよく分からないが保健室でガス爆発のようなものが起きたんだと思う…と、言っておいた。
他に言いつくろい様も無いし。

とにかくこれにて、任務完了。
…と思ったが乙瀬も養護教諭と一緒に病院へと連れられた。
あれだけの騒ぎの最中に居た訳だし、頬に傷をつくったままだ。
当然と言えば当然か。



しかし、まあ…自分の傷など今は問題では無い。

保健室事件が起きた…という事は、だ。
承太郎の母である空条ホリィは既にスタンドの悪影響で体調不良を感じているはずだ。
明日には高熱で倒れてしまうはずだ。
そして即エジプトへと向けて日本を発つのだ。



「…もう明日なんだ」



乙瀬は保健室での事件に遭遇するまでは悩んでいたが、今彼女の心は「関わらない」に比重が傾いていた。
あのスタンドの戦いに巻き込まれて、実体験でその恐ろしさを理解したからだ。
やはり凡人は関わるべきではない。
命がいくつあっても足りるものではない。



その日の夜は母親に散々心配されたが、頬のかすり傷以外は何ともないのだからとどうにか宥めすかした。


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