ジョジョ夢小説

□とある女子の異世界生活
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正門に行くと。
門柱には堂々「公暁東高等学校」と書いてある。
間違いなくここだ。
そう思って正門から校舎を見つめれば何となくあのアニメで見た学校と同じ造りであるように思えて来る。



「…乙瀬?」



乙瀬が呆然自失に近い状態で正門から校舎を見上げていると、彼女の名を呼ばわる女性の声が聞こえた。
声は背後から。
振り返ると、一人の女子生徒が居た。
部活に来ていたらしい女子生徒が乙瀬に声をかけていたのだ。
その女子生徒の顔に乙瀬は覚えがある。
よく、知っている。



「やっちゃん?」



やっちゃん。
乙瀬が平成の時代で通っていた学校の友人だ。

笹山弥栄子

名前こそ和名であるが、父親がアメリカ人で母親は日本人の弥栄子はハーフらしく明るい栗色の髪と瞳の落ち着きある少女だ。
なんでも、父親は日本好きで娘の名前は日本風が良い!という事で弥栄子と名付けたらしい。
日本に居る間は馴染みやすいようにと姓名も母方の「笹山」と名乗っているが、父方の実家のあるアメリカに行っている間は父の姓名「トンプソン」姓を名乗っている。
スラリと長い手足にボリューム満点のわがままボディというスーパースペックの弥栄子は学年で1、2争うマドンナである。
ちなみ弥栄子と競って男子人気が高いのは何を隠そう、八柱乙瀬である。
猫顔で可愛いのにヲタクでちょいと残念な所もご愛敬な乙瀬と、しっとり大人っぽくて気丈だけど涙もろい所も魅力な弥栄子のツートップだ。
彼女らの学年の男子間ではそう格付けられている。
…といっても、それは平成でのことであるが。
さて、こちらではどうなのか。



「珍しいじゃないの乙瀬。
貴女帰宅部でしょ?
休日に学校来るだなんて…何か忘れものでもした?」



弥栄子は乙瀬をきちんと記憶しているらしい。
思いがけず親友とこの学校で出会えた事に感動を覚える。



「や、やっちゃん…あたしの事、分かるの?
やっちゃんは、あたしの親友?」



「乙瀬、頭打った?」



弥栄子の眉間に見事な縦皺が刻まれた。
怪訝な顔をしているが…どうやら弥栄子は乙瀬を友人として認識しているようだ。
しかし、弥栄子がこの時代に馴染んでいる様子からするに、やはりこの時代観…いや世界観と刷り合わさっているのだろう。
おそらくこの様子だと乙瀬が平成で通っていた学校の生徒達や教師達もこの世界の住人としてこの公暁東高等学校に通っているのではなかろうか。



(いや待て焦るな…まだここがあの世界…
ジョジョ3部の世界だと決まったわけじゃない)



乙瀬は一つ試してみる事にした。



「やっちゃん『ジョジョの奇妙な冒険』って漫画知ってる?」



ジョジョはかなり有名な漫画だ。
見ていない人間だってタイトルくらいは聞いた事があるはずだ。



「は?ジョジョ?
空条先輩が何の冒険したって?」



確定。
ここはジョジョの奇妙な冒険の世界であり、今まさに乙瀬は奇妙な体験をしている真っ最中なのだ。
乙瀬の奇妙な冒険中だ。



「あ、いや何でもない…ゴメンちょっと疲れてるみたい。
急にお父さんが単身赴任になっちゃってさ、もうあたしまで準備の手伝いさせられて大変なんだわ」



「あー、現実逃避ね」



「そうそう、現実逃避ー…あははははー」



その後、部活に向かう弥栄子の背を見送り、乙瀬は来た道を引き返した。
足取りは重く引きずるようである。
何だか疲れた。
乙瀬は来る途中で見かけた神社の存在を思い出した。
何となく、そちらへと足が動く。
今は少々静かなところで落ち着きたい。



「どうしてこうなった…?」



乙瀬は普通の女子高生である。
普通…といっても一般的な女子高生と比べるとヲタク気質が強めな残念女子というくらいで、いたって普通の人間である。
漫画は好き。
ゲームは好き。
動画サイトも日参する。
寧ろ動画投稿主である。
親は何も言わないのかって?
寧ろ親が勧めてきますが何か?
両親は共働きであるが休日には父親が「一狩り行こうぜ!」と娘をモンスターをハンティングする世界に誘ったり、母親に「ダイヤ掘り手伝って!」と全てが四角い世界の洞窟でブランチマイニングを任されたりと、家族ぐるみでまあまあのヲタクである。
…いや、ゲーム実況動画を某動画サイトにUPしている時点で相当なヲタクなのだろう。
ちなみに踊ってみた系の動画もUPしている。
だけど乙瀬はヲタク系趣味以外にもダンスというアクティブな趣味を持っていたおかげか、それとも元々のサッパリした性格のおかげか無用に敵を作る事は無かったし、ファッションや化粧も女子高校生という年頃相応に興味は持っている。
ヲタクなのかそうでないのかよく分からない…それが八柱乙瀬という女だ。
ただそれだけの一般人である。
乙瀬には不可思議な能力などというチートなものは無い。
だからこの異世界トリップは本当に唐突な事で理解が追い付かないものだった。
この数時間で数々の奇妙な体験をしたというのに、未だに信じられない。
本当に原因は何なのか…



「…まさか?」



乙瀬は昨夜の行動を思い返した。



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乙瀬は最近とあるアニメを見ている。
HU●Uという会員制の動画サイトで配信中のジョジョの奇妙な冒険というアニメを親から強く強くお勧めされて見ている。
昨夜は3部のエジプト編で、DIOの館に乗り込んだところからラストまで見た。



「い、いぎ…いぎっぃいいい…っ!」



場面は今、ヴァニラ戦。



「イギィィィーーーーッ!!」



乙瀬絶叫。
喉が詰まったかのように引き攣れ、涙で湿り鼻の詰まった涙声でボストンテリアの仔犬の名を叫んだ。
その後はもう、言葉としては意味をなさない音を口から漏らし続け、頬をしとどに濡らし続ける滂沱の涙と鼻から垂れて来る水をフェイスタオルで拭っている。
ティッシュではもう間に合わない。
アヴドゥルがやられた時には正直、唐突過ぎて彼の死を理解していなかった…というか、絶対これは後で「実は生きていた!仲間のピンチにすかさず登場!」っていうパターンだと思っていた。
だが、ポルナレフの危機になっても登場しなかったアヴドゥルと、そして命と引き換えにポルナレフを救ったイギーを見てアヴドゥルは本当に死んでしまったのかもしれない?と思い始めている。



「てめぇえええこの変態レオタードがぁああ!!」



気持ちはもうポルナレフとシンクロしている。
アニメは進み、ヴァニラを倒したシーンではアヴドゥルとイギーの敵を討ったという思い、ポルナレフとチャリオッツかっこいい!という称賛で一杯だった。
そしてその直後、黄昏てゆく空へと向かう魂となったアヴドゥルとイギーがポルナレフに力強く頷いている場面でまた涙腺崩壊である。
一人と一匹の戦士が戦いに散り天へ昇っていくのだ…。
「うぉー!うぉー!」と、もはや女子にあるまじき声の慟哭は咆哮に近い。
娘の慟哭を聞いて部屋の様子を伺いに来た母はというと「今からそんなんで、この後のDIO戦大丈夫?」というコメントと共に乙瀬の湿ったフェイスタオルと乾いたバスタオルを交換していった。
母の言葉の通りDIO戦でザ・ワールドの能力を暴こうとハイエロファントの結界を敷いた花京院が腹をぶち抜かれ給水塔にぶつかり溢れる水と血液の瀧の中、最期の力を振り絞りジョセフへとメッセージを残した時には、乙瀬の涙腺に致命的なダメージを与えた。
溢れすぎた涙で目の奥が籠るような熱と僅かな鈍い痛みを持ち、喉は引き攣れ細かなしゃくり上げを繰り返している。
そして次にジョセフのシーンではもう絶望のどん底に沈んだ気分で虚ろに眺めていた。
完全にライフゲージ0である。
生き残った者達が帰国していくシーンで最後の水分を目から流し乙瀬は絞りカスとなった。

その夜はそのまま泣きつかれて眠ってしまったのだが…まさか、それが原因か?
寝る前にジョジョで号泣したのが原因か?
そんな馬鹿な。



「…嘘だろこんなの」



と、呟く少女は、とある神社の石段に腰かけて溜息を落とした。
そういえばこの神社の石段は承太郎が肉の芽を埋められた花京院からの攻撃によって転落した階段ではないか。
そんなつもりはなかったというのに思いがけず名所めぐりしてしまった事に、少女はがくんと項垂れる。
肩に着く位の長さの黒髪がさらさらと滑っていく。
項垂れた勢いでいつも首にかけている細いチェーンがしゃらりと音をたてた。
チェーンに通した指輪の色彩鮮やかに煌めく飾り石を見つめながら深く深く溜息をつく。

八柱乙瀬17歳。
高校2年生。






週明けからは公暁東高校の生徒として通う事になる。


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