一次創作小説
□蒼穹の竜姫
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世界は人間と、野に生きる動物と、植物で彩られていた。
それらただの『動物』とはまた別に、野に生きる者には魔獣とよばれる生き物達が居た。
どの動物にも属さない強靭な力を持った生物。
その中で世界で最も尊く至高の力を持つと言われている種族があった。
爬虫類のような容貌を持つものが殆どであるが、しかし爬虫類とは決定的に違うのは空を駆けるための翼があることだった。
そして彼らは後足で立ち上がり走る事が出来、大きな体躯をしていた。
鋭い牙に長い角。
そして、もっとも有名でその存在を象徴するのは、炎を吐くという事だった。
彼らはその荒々しい力と容貌に反し、知恵のある生き物だった。
人の言葉を理解し、世の理を知る。
そして何者にも屈さない高い矜持を持った至高の存在。
人は彼らを悪魔と恐れもする。
人は彼らを神と崇めもする。
そして彼らは、こう呼ばれていた。
ドラゴン と。
「蒼穹の竜姫」
〜 竜騎士シリーズ1 序章 〜
季節は初夏の頃。
眩しい陽光がキラリキラリと煌きながら降り注ぎ、木や草花は緑を生茂らせる。
山々の麓に点在する小さな村などでは人々が畑の実り具合を気にしている。
畑仕事の手伝いにかり出された子供達などは、
この陽気の良い日に思い切り遊べないことに口をとがらせつつ実った一つをこっそり齧ったりしていた。
今年は比較的、良い実りを期待できるだろう。
それを肯定するかのように、力強い緑の稲穂が薫風に吹かれてさわさわと音を立てた。
「―― トウモロコシと、ジャガイモをそれぞれ4袋いただけますか?
それと、そっちのカボチャを5つとオレンジを5つ」
小さな市場の一角。
都などとは違い舗装もされていない、ただ土地を均しただけの道端。
小さな露店がぽつりぽつりと並んでいた。
これは村の人々が利用するものではなく、道行く旅人のために用意されているものだ。
とくにこの時期などは旅人の通行が多くなるため、
わざわざ遠い道のりを越えて町まで農産物を売りに行く手間を省ける機会だった。
そのため、この露店の道は田舎にしては活気に溢れていた。
小さな店の一つに今当に買い物をしている最中の大小二つの人影があった。
一人は年の頃は16〜17といった少女で、長く艶やかな黒髪が印象的だった。
そしてもう一人は6歳前後の短い黒髪の子供だった。
年は離れているが、二人は似た顔立ちと雰囲気を持っていたため、血縁者だろうと思われる。
彼女らが着ている衣装も、同じようなデザインをしていた。
フードつきマントの下には麻で織った生地のチュニックとインナーを重ね着し、
鷹の羽を飾りに下げた独特の編み目の皮ベルトをしている。
厚手の生地のズボンに皮製の質素なブーツという、旅装束に近い出で立ちであるが、どこか民族衣装じみてもいた。
麻袋を8つ差し出す客人の姿を認めて、店番の中年女性が相好を崩した。
「あいよ。ちょっと待ってな」
店番には快活そうな中年女性が一人と、彼女の息子だろうと思われる少年が居た。
少年が麻袋に注文の野菜を詰め込む作業を目の端に、中年女性は年若い客人に話しかけた。
「荷が多いけれど、お嬢さんたちでこんなに持って運べるかい?
今は丁度馬車も出払っちまってるし・・・大荷物を抱えて歩くのは大変だろう?」
少女が差し出した麻袋には約5キロずつ野菜を詰めてもらっている。
トウモロコシとジャガイモを各4袋で40キロだ。
「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫です。
私たち、徒歩ではありませんので」
丁寧に受け答える少女はニコリと笑う。
元々器量の良い娘であるので、笑うと一層愛らしくなった。
荷物を作り終えて渡しに来た少年なんかは見惚れたようにボンヤリと娘のかんばせを見上げていた。
その様子に中年女性が苦笑いしつつ、お代を受け取る。
手の中のものを見て、女性は目を丸くした。
「・・・ちょいと、あんた・・・こりゃあ・・・・」
旅人は現金を多く持ち歩かない。
旅路には大金はがさばる上、野盗などに狙われやすいため、邪魔でしかないのだ。
なので、旅人からのお代は大体が物品になる事が多かった。
そうでなくても、こんな田舎の小さな村だ。
元々現金でのやりとりよりも、物々交換の方が主流だった。
だから、差し出されたものが硬貨ではなくて物品だったことに疑問はない。
ただ、渡されたソレ自体が女性を驚かせたのだ。
「足りませんでしたか? でしたらもっと・・・」
「い、いやいや、充分だとも! そうじゃなくて、あんた、こんなもの一体どこで手に入れたんだい?」
女性は慌てて手振りで、新たに物品を差し出そうとする娘を止めた。
女性の手の平の上でコロリと転がったソレ。
大きさは栗くらいのもので、赤褐色の実のようなものだった。
それが二粒。
「あんた、こりゃあ『マカ』の根じゃないのかい? こんな貴重なもの、そうそう市場には出回らないのに」
『マカ』と呼ばれたソレは、植物の根だった。
とても滋養に優れ、万病や解毒にも効くと言わる食べ物で、栄養剤や霊薬に使われる。
根を砕き汁を絞れば傷薬としても優れていた。
仄かな甘みがあり、炒って粉末状にすれば香りも良くて、紅茶や料理の香味などにも使われる。
ただ、先にも女性が言ったとおりに非常に貴重なもので、かなり値が張るのだ。
噂に聞くにはとても標高の高い山の頂にしか育たないという。
あまり多く採取できない上、その山はとても険しい岩肌の道続きで不慣れな者は登山すらできないだろうと言われている。
だから一般の民間人が手にするよりも先に、大体が貴族や王族、大手の商いがこぞって買い占めてしまうのだ。
当の娘は女性の問いには答えず、曖昧に笑い返すのみだった。
まさか、よからぬ事をして手に入れたのではないだろうかと女性が勘繰りはじめた所で、
いつの間にやら何処かへ行っていたらしい娘の連れの子供が戻ってきた。
「姉ちゃん。買い物終わったんだろ? じゃあ早く帰ろう」
子供(どうやら少年のようだ)はその手に手綱を握っていた。
その先に繋がれていたのは、三頭の大型の山羊。
馬ではなく、山羊。
少女と少年は天に向かって伸びた立派な角を持つ黒灰色と褐色の二頭の山羊に、手早く荷を分散して括りつける。
もう一頭の白茶斑の山羊には既に幾つかの荷(食料と思われる)が括りつけられていた。
店番の中年女性と息子が唖然としているうちに、少女と少年は各々ひらりと山羊に跨った。
「それでは、ありがとうございました」
少女はぺこりと頭を下げると、手綱を繰る。
少女の乗った褐色の山羊の後ろに続いて、少年も黒灰色の山羊を促した。
急ぎなのだろうか、彼女達は村の外に近い場所であるとはいえ人通りもある細道を駆け足気味に山羊の足を進めた。
珍客の後姿を見送る店番の親子は、彼女達の背が豆粒よりも小さくなった所でようやく目が覚めたようにしてお互い顔を見合わせた。
そんな親子の遙か頭上で一羽の鷹が一鳴きして旋回した。
目の前にひらひらと舞い落ち、そして風のままにあっという間に遠く吹かれていく一枚の羽に、彼女達の姿を重ね見たのだった。