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□とある諜報員
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■とある諜報員■





夜の裏町。
どの街にも必ず闇の側面というものがある。
闇家業の人間には一番居心地の良い場所だ。
立ち並ぶ店のほとんどは闇市と酒場を兼ねた娼館だった。

そのとある酒場に一人の男がいる。
男は研究者だが、各地の取引先との連絡役も兼ねていた。
こんな場所に来るような人間だから、まともな研究者ではない。

この日は取引先と今後の方針についての通達があった。
通達内容に相手方は少々荒れはしたが、結果としてはこちらにとって悪くはない形で終わった。
男・・・ビリアム・カーターは一仕事後の一杯を楽しんでいた。
さらに欲を言えば今夜、一夜限りの恋人も探している。
このビリアムはお世辞にも整ったとはいえない容姿であるため、女とは縁遠かったのだ。
商売女でなければ相手にしてもらえない、それくらい見た目の冴えない中年男だった。

ビリアムは酒をちびりちびりと舐めつつ、周囲に目を配ることは忘れなかった。
自分の好みに合う女はいないか・・・・・
身の程をわきまえない欲のせいで相手が捕まらないのだが、どうやら気づいていないらしい。
ビリアムは心の中でため息をついた。

「ねえ。お隣、いいかしら?」

甘い香水の香りと共に年若い女の声がした。
ビリアムは慌てて振り返る。
いつの間にいたのだろうか・・・そこには年の頃は17〜18くらいの少女がいた。
白い抜けるような肌に露出の多いワインレッドのドレス。
琥珀色の瞳が悪戯っけのある猫顔に相まって、不思議な気品と魅力を引き出している。
スレンダーな体つきで胸のボリュームはイマイチ足らないが、腰のクビレから脚線にかけてのラインはたまらない。
深く入ったスリットから脚線美が覗く。
ボブカットの艶やかな髪は黒髪に見えるが、よく見ると濃いブルーグレーだ。
絶世の・・・とまではいかないが、充分に美人の範疇だ。
ルージュを乗せた唇が笑を作る。
この品格を醸し出しつつ悪戯な猫顔は、ビリアムの好みだ。

「ああ、いいですよ。おかけになって!」

「ありがとう。おじさま」

少女のケバい服装やアクセリーと夜用の濃い化粧からして、コールガールだろう。
ビリアムはそっと舌なめずりをした。
どうにかしてこの若い雌猫を寝床に連れ込めないか。

「お嬢さんは今夜は一人?」

あまりに直球すぎる質問だったが、ビリアムは既に目の前の少女にのめり込み始めていた。
少々がっついてしまったか?と自分の失態に舌打ちしそうになる。

「ええ、そうなの。今夜のお酒はちょっぴり寂しいわね」

少女はビリアムの様子を気に留めた風はなく、どころかわずかに甘えたそうな素振りを見せるではないか。
これは、いけるかもしれない。

「・・・もし、よろしければ。今夜の乾杯は僕と一緒にどうです?」

思い切った提案だ。
だが、少女は一瞬目を丸くするが、すぐに嬉しそうに笑を向けてくれた。

「本当? 嬉しいわ! でも・・・」

一瞬嬉しそうにしたが、すぐに口ごもらせてしまった。
やはり、この少女にも見向きされないか・・・いや、ここで諦めてはならない。
まだダメと決まったわけではない。

「ほんの一杯だけでも、どう?
僕はこう見えても結構な高給取りでね。
一番良いお酒を奢るよ。」

「おじさまと一緒にお酒を楽しむのは、いいの」

「それじゃあ・・・」

「だけどね」

少女は少し照れたようにしながら、上目遣いに見上げて言う。

「もっと・・・静かなところで飲みたい、かなぁ」

ビリアムには首を横に振る理由など思いつかなかった。
商談成立だ。
ビリアムはいそいそと飲食の支払いを済ませると、少女を連れて店を発った。







闇街から少し離れたところに大きいホテルがあった。
そのホテルは光と闇の境界に建っている。
外装内装共に高級感が漂う。
客層も荒くれた姿のものはおらず、皆品性のある様子だった。
ビリアムの寝泊まりしている部屋は10階建ての最上階にあった。
大きい出窓から夜景を楽しみながら、ビリアムと少女は高級酒を味わっていた。
グラスを一杯飲み干す頃には互いに話が盛り上がっていた。

「おじさまって、お医者様か何か?」

「そう、見えるかい?」

「ええ。なんかインテリな感じがするんですもの」

「ふふふ・・・インテリかぁ・・・そうだなぁ・・・
僕は医者ではないけれど、この頭脳を活かした仕事をしているよ」

少女はうっとりしたように見上げてきた。

「やっぱり! どんなお仕事なの?」

ビリアムは年若い・・・それもなかなかに器量の好い少女の気を引くことができたことが嬉しかったのか、優越感のような心地よさに浸りながら得意げに片眉を上げてみせた。

「んん? 秘密だよ」

きざったらしく決めたように葉巻を咥えてみせれば、少女が琥珀色の瞳を悪戯っぽく細める。

「ええ〜?ちょっとだけでもお話聞かせて?
あたし、おじさまみたいに頭良い素敵なオトコの人に会うのって初めてなの」

少女のしなやかな白い指先がビリアムの太腿にそっと触れると、くすぐるかのように表面を撫でた。

「コラ。おいたするんじゃないぞ」

少女の行動をたしなめる事を言いつつも、その表情は正反対の締りのない顔をしていた。
ビリアムは少女の手を取り腰を抱き寄せた。

「ねぇ〜、おじさまってばぁ」

「そんなに知りたいのかい?
・・・ん〜・・・どうしようかなぁ・・・・・・」

「そんなに焦らさないで。
おじさまの活躍、聞かせてほしいなぁ〜?
そしたら、あたし・・・もっとおじさまのこと、好きになっちゃうかも?」

少女は手際良く酒のおかわりを注いでビリアムの前に差し出すと彼の胸板に頬ずりしてみせた。
これは最高の夜になりそうだ。
ビリアムは心の中で舌なめずりをしつつ、グラスを受け取った。
一口グラスの酒を飲む。

「ホントにかい? じゃあ、そうだな。ヒントをあげよう」

「あはっ! どんなの?」

「僕は、神様の仕事をしてるのさ」

「神様? えー! わかんないよ!」

「神様はありとあらゆる命をお創りになられた。
僕は、そのお仕事の一端を担っているのさ」

もう一口、酒を煽る。
アルコールの熱が喉を焼きながらを胃に落ちる。
脳に心地よい浮遊感を感じる。
酒と半分くらいは自己陶酔でビリアムは気分が最高潮に達した。

「へぇ〜・・・何だかよくわからないけれど、すごいお仕事なのね。
ねえ、もしかして生体工学ってやつなの?」

少女の声が歌うように弾んだ。
何故かその声がふわふわと定まらず、しかも耳に膜を張ったかのようにぼやけた。
視界に映した少女の顔が揺らいだ。

「さあ・・・もっと、あたしを見て。教えて?」

琥珀色の瞳が猫のように煌めいた。
その視線に魅入られたようにビリアムは力の抜けた下顎をゆっくりと動かし始めた。

「そう・・・僕は・・・生体工学の研究者・・・」

ビリアムはついに気づくことがなかった。
少女の注いだグラスに1錠の小さな錠剤が混入されていたことに。
その薬は自白と軽い睡眠効果、幻覚効果があった。
寝ぼけた頭と幻覚のおかげで、自分が自白しているという自覚が持ちにくく夢でも見ているような感覚に陥る。
また、投薬後の薬物反応が出ないため足がつきにくい。
アサシンギルドの研究・技術部署が調剤した薬だ。
アサシンギルド情報管理部署の御用達。
諜報員なら誰もが常備している。

「それで、どこに所属しているの?」

少女の色っぽい赤に彩られた唇が問う。
琥珀色の瞳は獲物を見つめるネコ科の獣の様。



少女の名はレイ=A=アリスト。
アサシンギルドの諜報員である。
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