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□少女と悪魔の契約料 2
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プロンテラの朝。

清々しい空と穏やかな空気。
白くうっすらと霞みの掛かる柔い光がプロンテラの街並みを優しく包み、草葉の朝露が煌めいた。
ぼちぼちと家々からは眠りから覚めた人間が活動する気配。
街が目覚める時刻だ。



プロンテラ西地区

花屋の裏手側に位置する一軒家があった。
表札には『深空』とある。
この家は深空晴が弟妹達(と、今は出張中の父)と暮らしている家である。



「…夢でした、なんて事にはならないよね」



寝起きにそう呟きながらパジャマの緩い襟元をくつろげて右肩を見る。
そこに悪魔契約の刻印を確認すると、苦笑いの何とも言えない表情で後頭部をもさもさと掻いた。
それから気を取り直すかのように膝を打ち鳴らしてからベッドを降りると背伸びをする。
カーテンの隙間から差し込む白い陽射しが晴の部屋を照らしている。
例えどんなに日常からかけ離れた事態が我が身に降りかかろうとも、朝日は変わらず今日も昇る。
世界は変わらず、今日も一日が始まるのだ。






少女と悪魔の契約料 2






晴が悪魔ゼノリスを呼び出したのは昨日の事であった。

学校側からの判断では退学や停学などといった措置は無かった。
通常通りの学校生活を送れるのだ。
召喚時に居合わせた教師や友人、その他当時近辺に居た生徒などからの証言もあり、晴が召喚魔術を意図して行ったわけではなく、教材として用意した召喚書に不備があったという結果になったのだ。
ただし現在晴の登校許可については学校に悪魔を連れ込まないという条件が付けられた。
幸いなことに憑いている悪魔が四六時中、契約者の周りに引っ付いていなければならないという決まりはない。
なのでゼノリスは普段は深空家で留守番している事で落ち着いた。

不安に思っていた学友たちからの反応はというと、蔑視や恐怖などといったマイナス感情は向けられなかった。
それどころか英雄視されていた。
粗悪品?な召喚書による事故を自分たちが被る前に晴が引き受けてくれたのだ。
俺たちの代わりにババ引いてくれてありがとうございます!という感じだ。
それに授業でも習った事であるが、悪魔と契約したからといって契約者の人間に近寄ると呪いなどが降りかかるなどという不幸現象は起きないのだと皆知っていた。
感覚としては



「晴がちょっと面倒臭いペットを預かる事になったみたい」



「うはw かわいそーw」



程度のものかもしれない。
何よりも皆、晴の性格をよく知っている。
どうせ願い事の程度なんてたかが知れているもので、せいぜいが「18禁同人誌が欲しいです」とかのレベルで、それを願わない場合ならばきっと今の彼女には悪魔に縋ってまで叶えたい望みなど無いだろうと見抜いていた。
よって悪魔憑きだろうが何だろうが所詮は晴。
無害であると判じていた。
若干失礼な!と思わないでもなかったが、なんにしろ学校生活が変わらずいつも通りに過ごせるのはありがたい事である。



家庭内でも特に大きな揉め事は無くゼノリスの受け入れが済んだ。
ゼノリスと引き合わせた時の弟の蒼太は最初こそ警戒していた。



「姉ちゃん人間の彼氏できないからってついに悪魔に手出したのかよ」



やら



「あんたも姉ちゃんなんか止めときなよ。
絶対ホモ同人誌のモデルにされるよ」



やら



「男連れ込むのは自由だけどイチャ付くなら部屋でやれよ」



やらいう内容が主だったことからして警戒の意味合いとしては「姉が悪魔を連れてきた」というよりは「姉が男を連れてきた」という比重の方が多いだろう。
しかし子供故か好奇心の方が勝ったらしい。
何せ本物の悪魔だ。
普通の生活をしていたらまず遭う事など無い。
ゼノリスを質問攻め…とまではいかないが、今後の生活で不便が無い程度の自己紹介という名目でゼノリスにあれこれと気になる事を聞いていた。
妹の陽菜子はそもそも悪魔というものをよく理解していない。
多分ざっくりと



「おねえちゃんの、おともだちが、おとまりにきた」



くらいに思っているのではないだろうか。
とにかく周囲からの反応はスムーズな受け入れで助かった。



そんな事を想いながら着替えを済ませると朝食の支度をするために部屋を出て一階へと階段を降りていった。

ちなみにゼノリスの寝泊りには、客人に対して失礼かとも思ったがリビングのソファを貸している。
現在空いている部屋は出張中の父の部屋だけであるが、仕事に関する資料などがあるので赤の他人…しかも悪魔の目に触れさせるのは流石にどうなのかと思ったのだ。
それに彼自身からリビングで構わないと言い出してくれたのも決定要因の一つだ。

もしかしたら彼はまだ眠っているかもしれない。
そっと足音を忍ばせながらキッチンに向かう途中リビングの様子を伺った。
ゼノリスの姿はそこには無かった。
もう起きているようだ。
…ふと視界の端。
リビングの外…窓越しに黒い衣服の青年が庭に居るのが見えた。
黒い鎧は身に着けていない。
彼は黒いタートルネックのシャツに黒い革のスリムパンツという軽装で長剣を構えていた。
しかし、彼の正面には何者の姿も見当たらない。
本来は両手で扱うはずの長剣を片手で苦も無く鋭く素早く振るう。
どうやら剣の素振りをしていたらしい。
一通りの型を済ませると、晴に気付いていたらしいゼノリスはごく自然な様子で声を掛けてきた。



「早いな」



一瞬、意味が分からずきょとんとした晴であるが、ゼノリスが部屋の時計に視線を向けた事で理解した。
まだ朝の6時を少し回ったくらいだ。



「朝ご飯の準備とか陽菜子のお弁当作ったりしないといけないんで。
いつもこれくらいなんです。
特にお弁当なんてアレコレ工夫凝らさなきゃいけなくて結構大変なんですよー。
今、陽菜子が行ってる幼稚園でキャラ弁が流行ってて友達同士でキャラ弁の食べっこするのがコミュニケーションらしくてですねぇー。
きっと幼稚園児なりのランチ会品評会ってやつなんでしょうね。
まあキャラ弁作るの結構楽しいからいいんですけどねー、ははははは」



…などと話す晴への答えにゼノリスは「そうか」と一言短く返すのみだった。
剣を鞘に納めると早々にリビングに入りソファに座る。
あまりのリアクションの無さに晴は少し困った風に頬を掻いた。

この悪魔はとにかく言葉数が少ない。
重要な事意外はあまり声に出さないし、言葉にする事があっても必要最小限に済ませてしまう。
もしかしたら人間と言葉を交わすのが嫌なのかもしれないとも考えはしたが、それにしては自分達人間を見る時の様子にこれといった嫌悪を感じられない。
単に無表情だから嫌悪の感情も出さないだけなのかもしれないけれども、どうもそういった他種族蔑視とは違うと思った。
「人間界は騒々しいな」と、疲れたように呟いてはいたが、さりとて、それで蔑むという様子もない。
彼は元々、寡黙なのだろう。
なので会話では場が繋がらないのだ。

まあ無理に場を持たせる必要は無いし、晴も朝食の準備をしなければならないので会話らしい会話が無くても別に構わないのだが。
それでも、契約を果たすまでの間、何日かかるのか…いや、下手すれば数年の付き合いになるかもしれないのだ。
少しくらいは親睦を深めたほうが良いのではないかと晴は思う。
…が、どうもこの悪魔にその気は無いらしい。
それならば、それで仕方ないと諦めるしかないのだろうか。
相手が嫌がるのを、無理強いするわけにもいかないだろうし。

晴の悩む視線の先でゼノリスは剣の手入れをし始めた。
その様子を少し観察する。
黒い鞘から抜かれた長い刀身の中心と持ち手は赤で、鍔は金だ。
あの剣は確か、先日に学校のアイテム小テストの問題に出題されていたはずだ。



「その剣…確か、ええと…
ク、クラ…なんだっけな…ああそうだクラスナヤ!
クラスナヤですか?」



ゼノリスは晴の問に、無表情ながらに意外そうに目を見開いた。



「ああ。そうだが。
冒険者でもないのによく知っているな」



「やった、当り!
あたし、カプラ養成学校の生徒なのでね。
カプラになるならアイテムを預かるのはメインの仕事の一つでもありますから、アイテムの知識はそこそこにありますよ」



「なるほどな」



「でも本物見るのは初めてです…思ってた以上にデカいなぁ。
これ、重量結構あるんですよね?
確か…380…でしたっけ」



「そうだな。両手剣の中でも二番目に重い」



一番重たい両手剣はリンディーホップ。
重量900もあり、クラスナヤと比べると大分差がある。
が、それでもクラスナヤだって十分に重い剣だ。
それをを片手で、あんなに軽々とまるで小枝でも振り回しているかのように扱っていたのか。
息も一つとして乱していない。
流石は悪魔といったところだろうか。
驚嘆である。



「試しに振ってみるか?」



何を思ったのか、ゼノリスが晴に剣を差し出しながらそんな事を言い出した。
当然慌てたのは晴である。



「ぇええ?!」


 
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