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□少女と悪魔の契約料 1
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『悪魔契約』

それは人間が悪魔に欲望を叶えてもらう、その引き換えに代償を払うという事。
悪魔と契約を結ぶためには召喚の儀式が必要であり、そのためには正しい手順や準備する物を正確に把握せねばならず、専門の知識や召喚の際に一定以上の上質な魔力を要する。
そして多くの場合、悪魔が契約の対価として求めるものは契約者の魂であるとされている。
故に、己の利益のために人とは思えぬ人道に悖る行いに手を染める事を『悪魔に魂を売る』などと言う事がある。



…しかし実際の悪魔というものが何を契約の対価として相応しいと考えるのか。
それは喚び出した悪魔次第なのである。









少女と悪魔の契約料 1









悪魔召喚書
それは、その名の通りに悪魔を喚び出すために使われる魔導書である。
魔導の腕に覚えのある者ならば、その本を手に取る事もあるはずだ。
実際に召喚するかどうかはさておき、魔導の知識を深める一環として目を通したりもするし、冒険者がバフォメットの幼体やデビルチを手なずけるためにこの手合いの書物を持ち歩いていたりもする。
そんなわけで冒険者のサポートを仕事にするカプラ職員も悪魔召喚書を預かる機会は多い。
ここ、プロンテラのカプラ養成学校でもカプラ研修生は召喚書やその他もろもろ危険を伴うアイテムの取り扱い方を授業で学ぶのだ。

カプラ研修生である深空晴はこの日は日直だった。
姓名こそアマツ風であるが、その容姿はアマツ人特有の黒髪黒目とは異なっている。
金茶の長い髪に鳶色の瞳。
右サイドの前髪を長めに伸ばして右目辺りに掛かっているため、少し隠れ気味であるが右目は若葉のような緑色と金茶色の虹彩異色である。
晴はアマツ人とミッドガルド人(ゲフェン系)のハーフだった。

本日最後の学課であるアイテム実習の後片付けを手伝っていた。
危険物を最初に回収し、その後に卓上に並べられた本をまとめていく。
最後に手に取ったのは黒い装いの本。
悪魔召喚書である。



「悪魔召喚ねー…」



取り扱いには充分に注意ということだが悪魔召喚に知識のない人間が持っていても、ぶっちゃけた話ただの紙切れくらいの価値しかない。
晴にとっては悪魔召喚書よりも同人誌の方がよほどに価値のあるものだろう。
晴の手元を覗き込んできた友人が何の気なしに呟く。



「悪魔召喚って、どんなのが出て来るんだろうね?」



わざわざ複雑な手段を経て喚び出すのだから、相応に強力な悪魔なのではないだろうか。
晴のような一般人でも知っているような大物となれば、皆真っ先に思いつくのは大きな鎌を持ったヤギの悪魔だ。



「やっぱ、バフォメットかな?」



「ダークロードとかベルゼブブかもよ」



「デビルチだったりね」



「仰々しい手順踏んでそりゃないでしょー」



「凶暴すぎる奴呼び出して暴れられても困るじゃん?」



「そりゃそうだけど。
…でもさちょっとだけ、そういうの見てみたいって思わない?
だって、私らは冒険者みたいに外の世界を頻繁に出歩いたりしないしさ。
野外に出たとしてもプロンテラの近隣は平和だしさぁ、もうちょい刺激のあるものがあってもいいと思うの」



友人の言葉はつまり、平和すぎて退屈だという事らしい。
確かに、晴達のようなカプラ研修生の者はダンジョン内など危険な区域に派遣される事はまずないので、野生のモンスターなんかはポリンやピッキなどといった無害で温厚なものしか見た事がない。



「あ、でも晴は小さいころアマツに居たんだっけ。
アマツのモンスターはどんなの? 人を襲う?」



晴は故郷の名を聞いて、懐かしく思う。
幼い頃にアマツの山に親と共に入り山菜詰んだ事もあったし、兄や弟と一緒に野原で遊んだ事もあった。
その間にはもちろん、アマツのモンスターに遭遇する事は多々あった。
そんな時はどうしていたかを思い出す。



「んー…大人しい奴も居るけど、悪さする奴も居るよ。
まあ付き合い方次第だね」



「付き合い方?倒すんじゃないの?」



「ああ、こっちじゃモンスターは倒すか捕獲してペットにするのが普通なんだもんね。
アマツ人はちょっと違うんだ。
倒したり飼いならすんじゃなくて、お互いに譲渡するのが一般的かな。
野外を歩くともなれば必然的に相手の縄場張りを通るわけでしょ。
人様の庭先を通らせてもらうわけだから、まあ、きちんと挨拶してお互いに余計な争いは避けるもんなんだ」



傘のお化けやポポリンはこちらから手を出さなければ愛嬌ある奴だし。
ビッグフットは秋から冬眠明けの時期の遭遇に気を付ければ温厚だ。
河童は釣り竿で強か叩いてくるけれども縄張りを通過する時には供え物を渡し彼らに敬意を払えば攻撃してこない。
ヒドラは高等知能が無いので近づくと触手に絡まれるが水辺に寄る際は周囲に気を付ければいい。
怖いのは古の戦で死んだ武者達の怨霊や妖の類であるが、それとて一般人には通行封鎖されている『畳の迷宮』『地下戦場』などに行かねば遭遇する事はないし、行くとしても遭遇する前に鎮魂の儀などで危険なものは鎮めている。
戦わねば身が危険だ、または食料や資材としてどうしても必要だという時以外にアマツ人はモンスターや野生動物とは無益に争わないのだ。



「へー…変わってるね」



「アマツの文化は自然調和、自然崇拝の考えが強いからね。
万物には神様が宿るっていう八百万の神々の思想から来るものなのかもね」



互いに尊重し合う関係なのだ。
なので、自分から危険な生き物の巣窟に押し入り戦いを繰り広げようと言う者は居ない。

凶悪なモンスターとやらは噂で聞く程度にしか知識は無いのだ。
街中で冒険者がペットとして連れているモンスターの中には稀に攻撃的な種族を見かけるが、それらは既に野生の迫力は失われていた。
所謂恐ろしい『モンスターらしいモンスター』というものを見た事がない。
これからカプラとして各地に派遣されるならば本物の危険な生物を目にする機会もあるだろう。
晴は手の中の悪魔召喚書に視線を落とす。
本物の悪魔というものがどんなものなか、興味がないでもない。



「悪魔かー…一度は見てみたいかも」



などと、悪魔召喚書を見つめながら呟く。



「んな事言ってマジで出てきちゃったらどうすんの?w」



その道の知識も技術もない者がいくら喚ぼうとも、まず悪魔にその声は届かない。
一般人の小娘の戯言を聞き届ける悪魔など居ないだろう。

授業の後片付けから脱線し、他愛ないお喋りで盛り上がりはじめてしまった女学生二人。
それをそろそろ見咎めた教師が溜息と共に嗜める。



「バカ言ってないの。
さっきから片づけの手が止ま…」



教師の言葉が不自然に途切れた。
どうしたのか?
と、不思議に教師の様子を伺えば、呆然とした様子だった。



「ちょっと、深空さん…貴女、何したの?」



教師が信じられない物でも見るかのように晴の方を見ている。
一体何なのか。



「晴、それ…光ってる」



友人が若干引き攣った声で指摘するのは、晴の手元である。
晴が手元に視線を落としてみればそこには…



うっすらと赤い不気味な光を放ち始める悪魔召喚書があった。

 
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