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□父娘再開
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ソグラド砂漠に面した海洋は透明度が高く、遠くまでを見通せた。
エメラルドブルーの海はココモビーチまで続いている。
「南の海は暖かいわね」
海洋調査任務中のマリン=U=トラファルガーはソグラド海沖のど真ん中にいた。
水中に潜れば水面の波が陽光を照り返し変則的に輝く様子が見える。
海底は南の海に生息する色鮮やかな魚や珊瑚、芸術的な造形をした巻貝などでまるで絵画のように彩られていた。
どんな美術品も宝石も敵わない唯一無二の景色だ。
任務中ではあるが、この美しい景色にわずかな間だけでも見入るくらいバチは当たらないだろう。
仕事をサボるわけではない。
休憩するだけだ。
「・・・まるでレイの言い訳のようねw」
マリンは海中で束の間の休息を楽しむことにした。
水面を見上げ、キラキラと煌くエメラルドブルーの世界を満喫していると視界の端から異質なものが流れ込んできた。
何かと思ってよく目を凝らしてみると、どうやらギターケースらしい。
「・・・どこかから漂流してきたのね」
一応調べてみようか。
マリンはギターケースを取ると手近な小島に上がった。
「・・・・・・・・・よほど、焦っていたのかしら」
ギターケースには数枚の紙が貼ってあった。
それはよく見ればアマツなどで使われる破魔札だ。
札の他にも銀のロザリオのチェーンでケースを括ったりしてある。
有り合わせで魔除け効果がありそうなものを投入してみた感が拭えない。
「ということは・・・このケースの中は・・・何かを封印しているのね」
悪魔か怨霊の類か。
しかし、このケースからは何も邪な気配は感じなかった。
確かに、よく気配を探ってみれば何かの「気」は感じる。
だが、そこまで悪い物ではない気がする。
マリンは一応の警戒をしつつケースを縛っていた封印を解く。
「・・・?」
中身を確認してみると年季の入ったギターがあるのみだった。
海上を漂っていたが奇跡的にケース内まではあまり浸水しておらずギターへの被害は若干湿っぽい程度で済んでいる。
だが海水では楽器に悪そうだ。
「ギターのことは詳しくないけれど・・・」
マリンはなんとなくギターの調子を見ようと弦を指で弾いてみた。
温もりのある音が一つ響く。
とりあえず壊れてはいなさそうだ。
だが、これをどうしたものだろうか。
「・・・一応、回収して報告と一緒に・・・提出するべきかしら?」
と悩んでいると、突然背後に気配を感じた。
「・・・!!」
マリンが慌てて飛び退りながら振り返り身構えると・・・
身体が半透けな赤毛のミンストレルがいた。
しかも何故か湿っている。
「酷いじゃないか! いきなり海に捨てるなんて!
僕が壊れちゃったらどうしてくれるんだ!
楽器と詩人が奏えないなんて笑えないジョークだよ・・・寒いジョークよりもヒドイ。
そりゃあ確かに僕の姿は幽霊に見えなくもないかもしれないけどさ。
でもだからって昨夜に僕が折角、船上で神秘的な月光を浴びながら夜想曲を奏でていたのに、
いきなり悲鳴をあげて僕を真っ暗な海に放り捨てるなんて、あんまりだ!
本当に祟ってやる!」
ミンストレルが恨めしそうな表情をすると、誰も手を触れていないのにギターが勝手に「ギョロ〜ン、ギョロ〜ン」と不快な騒音を立てた。
「・・・ところで、君は誰? ここは何処?」
ひとしきり鬱憤を晴らしたらしいミンストレルはようやく現実を見つめはじめた。
「・・・ここはソグラド海沖の島よ。
私は・・・マリン。マリン=U=トラファルガー。
この海洋の調査をしている・・・職業は、見ての通りにアサシンよ」
マリンの自己紹介を聞き終えるとミンストレルはニコリと人好きのする笑顔になる。
そして、まるでこれから詩でも歌うかのように、いかにも詩人らしい動作で腰を折りお辞儀をする。
「故あってこのような霊体となってしまいましたが、私はミンストレル。
名はミハイル。歴史を語り、夢をなぞり、神話を伝え奏う者です」
朗々と名乗り、暁のような赤毛の三つ編みを揺らして頭を上げる。
ミハイルの空色の瞳は緩やかに細められて笑う。
それはとても幽霊らしからぬ暖かさを感じさせた。
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アサシンギルド内。
調査を終えたマリンは所属の特殊工作部署に報告を済ませると、まとめたファイルを情報管理部署に提出するため足を運んでいた。
その途中、好奇の視線が向けられて非常に居心地が悪かった。
「へー。ここがアサシンギルドの内部か!
初めて見るけど意外と普通なんだね。
ホラ、アサシンギルドって、同胞以外には建物の奥まで入れてくれないじゃない。
だからよっぽどの秘密施設なんだろうなって思ってたんだけど、ちょと拍子抜けしちゃった。
あ、勘違いしないでね! 僕は悪い意味で言ったんじゃないよ?
暗殺者にも人間味のあるところがあって安心したっていうかなんていうか・・・」
誰も聞いていないようなことまで、ギターが独りで勝手にしゃべっている。
中にはミンストレルの亡霊(本人曰くギターの妖精さんらしい)が住み着いている楽器なだけに何かを奏でていないと気がすまないのだろうか。
マリンはギターを抱えて歩いていた。
アサシンギルド内を歩くということで亡霊といえど、ミハイルには一応ギターの中に潜ってもらうことにしていたのだ。
しかし、こうも愉快なおしゃべりを続けられては早速マリンの配慮は何の意味もなくなっていた。
ここまで来るまでに、一体何度アサシン達に見咎められたことか。
その都度事情を説明せねばならないのは実にしんどかった。
「・・・・・・・・はぁ」
ため息を付くマリン。
本来ならばギターを拾ってやらねばならない義務などないのだが、恨めしそうな目で語りかけてくるミハイルを放置していくのも気が引けたのだ。
調査中に見つけた不審物であることに変わりはないことだし持ち帰って後のことはギルドに任せてしまえばいいか、と安請け合いしてしまったのが運の尽きだった。
たかがギターを持ち込むだけのことで何故こうも気疲れしなくてはならないのか。
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ギター(と、ミハイルの身柄)は「拾った者が責任もって管理するように」と上層部から通達があった。
聖職者に払ってもらうのが一番なのだろうが、どうも見ていると悪霊という感じはしなかった。
何より、緊急を要するような危険度の高いモンスターではないモノのために対立の意識がまだ根強い大聖堂へと持ち込むのはリスキーである。
それは上層部同じ考えらしい。
つまり、ギルドにとって毒にも薬にもならないが処理に困る代物を押し付けられたということだ。
「どうしたら・・・いいのかしら」
捨てるにしても、いくら害がなさそうといえど亡霊憑きのギターをその辺にポイするのも怖かった。
「ほらほら元気出して! 僕が何か明るい歌でも歌ってあげよう!」
当の厄介者はこの通りに能天気だ。
「・・・とりあえず。
ミハイルは・・・アサシンギルドにいる間は・・・大人しくしていてね」
「〜♪ 〜♪」
振り向いた先には人の話など聞いていないと言わんばかりに歌を奏で始めたミハイルが居た。
ギターを軽快にジャカジャカと鳴らしている。
実に楽しそうである。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」
とんでもない拾い物をしてしまったものだ。
マリンのため息はミハイルの演奏にかき消されたのだった。