ラグナロクオンライン

□アサシンギルドの事情
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「レイ=アクイラ=アリスト! ハッケーン。君は今日も通常運行だね」

「・・・・・」

暮れていく夕陽を見送りながらベンチに寝そべり「今日も平穏な一日で終わりそうだ」と心の中で思っていたレイは、自分を真上から覗き込むようにしている青年と目が合った瞬間に前言を撤回した。
頭上の男はレモンイエロー色をしたデスペラードスタイルの髪にブラッドオレンジ色の瞳をしていた。
彼と直接会ったのはこれが初めてだ。
だが、レイはこの人物の噂を聞いていた。

暗殺部署のヘイトリッド。

無邪気陽気な口調だが冷酷で自分中心の性格だ。
発言内容は大体ゲスい。
得意は毒殺銃殺刺殺絞殺。
とにかく 殺 すことだ。
レイもヘイトリッドと同じく暗殺者の身ではあるがなるべくお近づきにはなりたくない部類の男だ。
「不用意に近寄るな」と、レイの勘がそう告げている。

そのヘイトリッドは爽やかな笑顔で八重歯を覗かせている。
レイはのろのろと片手を上げて・・・

「・・・・・・・・・・・・・ヘ〜イ」

「なんで今たっぷり間を開けたのさ。そんなイヤイヤそうにしないでよ。
ぼくを呼ぶときはもっと元気よく挨拶のように『ヘイッ☆』だよ」

「ですか。そんで、ヘイさん。
何を知りたいんですか?」

手っ取り早く要件をすませて余計な関わり合いになりたくないレイは、彼が自分を訪ねてきた理由は仕事に関することだろうと予測した回答を返した。
常のレイならば出来る限り仕事に関わる事は先伸ばししようと無駄話を振るところなのだが、この時は早々に用事を済ませたかった。ヘイトリッドはそんなレイの内心を知ってなのか知らずなのか、相変わらず爽やかに笑っていた。

「察し早くて助かるよ。
噂だと君は出来る限り仕事を先延ばしする奴だって聞いてたけれど?」

「噂は噂ですよ」

「ふーん? まあいいや。
じゃあ早速だけど・・・この辺で一番安くて質の良い娼館知らない?」

ヘイトリッドは一定のリズムでベンチの端を指先で叩いた。
アサシンだけが知る信号だ。


- 暗殺の仕事について。ターゲットの周辺情報が欲しい。 -


レイは踵を地面についてトントンと鳴らす。

「女にそういうこと聞きますか普通」


- 誰を始末するの? -


ヘイトリッドはニコリと笑い、信号を続ける。

「女に聞くから面白いんじゃないか」


- ギルド『ブラッディ・マリ』に所属しているグレック=マーフィーという男のローグ。
それと騎士団治安維持部門幹部のロドリゲス=トルーパー。 -



ギルド『ブラッディ・マリ』。
半年前あたりに設立されたGVギルドだ。
プロンテラに居るものならほとんどの人間が知っているだろう。
GV関係者、冒険者に留まらず街中での一般市民を巻き込んだ暴挙には皆が迷惑をしている。
ならず者の集まりだ。

「(・・・確か、アルシオーネの事務所に怒鳴り込みに行った連中じゃなかったか?)」

アルシオーネが居る『C.A.N.times!』はGV新聞を発行している。
記事の内容に難癖つけに来たという輩の正体はすぐに関係者の間に広まっていた。
「また『ブラッディ・マリ』の連中か・・・」という人々の声はレイの耳にも届いていた。
中でもグレック=マーフィーというローグはダントツの悪評だった。
冒険者同士のあいだでも散々な悪行を働いた上に、一般人に対する強盗行為も挙げられる。
冒険者登録の抹消をすれば済むという話では済まされない。
騎士団でもこの男を逮捕しようという話があったが、それが実行に移されたことは無い。
グレックを擁護する者が騎士団内部にいるからだ。
その擁護する者というのは他でもないロドリゲス=トルーパーだ。
グレックの罪状には確たる証拠が無いと主張しているらしい。
「証拠がないものを逮捕したとして、それで法を曲げてどうする」との一点張りだった。
確かに、はっきりと提示できる物的証拠は無い。
多数の人間がグレックの所業だと認識してはいるが、「あれはおそらくグレックだった」というものしか残っていないのだ。
彼の痕跡が残っていないのは本人が証拠隠滅を図っているのもあるが、ロドリゲスが揉み消している部分が大きい。
なぜ騎士団員のロドリゲスがゴロツキなんかを擁護するのかは分からないが諸説考えられるだろう。

「(なるほど。ついに暗殺依頼が届けられたってわけか。
悪行が過ぎたわね)」

レイは軽く肩をすくめる。

「いいご趣味だこと。
そんなとこ行ってる暇があったら彼女でも作ればいいじゃないですか。
何発でも無料ですよ?」


- グレックの行動パターンはお決まりがある。
昼間は仲間とつるんでたまり場に居る。
夕刻は南西地区の市場で2〜3人の仲間と恐喝して回っている。
夜は20時くらいから午前の2時くらいまで闇市で冷やかしてることが殆ど。
始末するなら闇市の帰り道を狙うのがいい。

少し厄介なのはロドリゲス。
彼の行動範囲は狭く、ほとんど騎士団の執務室から出てこない。
部屋の正面扉には常に見張りが3人以上。
窓の階下にも見張りが2人。
帰宅時は取り巻きが複数人ついてるし、邸宅にももちろん警備が居る。 -



ニンマリと嫌な笑を浮かべるヘイトリッド。
値踏みするようにレイの全身を頭のてっぺんから爪先まで・・・特に腰周辺を念入りに見回した。

「それもそうだねー・・・・・
レイちゃん彼氏居るの? まあ、居ても居なくても関係ないんだけどさ。
ぼくの玩具になってよ」


- どうにかして外に誘き出せない?
それか、執務室までの侵入ルートで良い方法は? -



レイは面倒くさそうに手を振って追い払う仕草をする。

「玩具が欲しいなら他所当たんなさい。
すぐそこの角曲がれば玩具屋があるわよ。
リカちゃん人形の服でも脱がして悦んどけ」


- 誘き出す方法は無いわけじゃない。
確実とは言えないが一つだけある。
ロドリゲスが外出する用の半分は、愛人からの手紙が届いた時だ。
差出人は無記名だが、いつも同じ封筒を使っているから出処は同じだろう。
手紙の偽造が出来れば指定の場所に誘き出すこともできると思う。 -



ヘイトリッドは唇を尖らせた。

「ぼくはフィギュアヲタクじゃないから人形を裸に剥いたって興奮しませーん。
やっぱ反応ないとつまんないじゃん」


- その手紙の偽造ってすぐできるのか? -


「昨今じゃ自動人形ってのがあるわよ。
アリスでもエリザでもエリセルでもエリオットでも好きな人形と戯れてくればいいじゃない」


- 手紙の主の筆跡をマネなければならないから、直筆の書類を得る必要がある。
それから偽手紙作成にかかるから遅くても明後日には出来るだろう -



「最後のエリオットじゃホモじゃないか」


- それなら、明日の昼までに作ってくれ。
そのまま手紙を出して、夜には暗殺できるように環境作りを宜しく -



レイは思わず目を剥いた。
明日には始末にかかる?
いつまでも仕事に時間をかけすぎるのも良くないが、いくらなんでも突貫工事すぎる。
大体にして、手紙を用意するのはコチラなのだ。
ゆっくり昼寝してる時間がないじゃないか。

「玩具なんだから男だろうと女だろうとどっちでもいいじゃない」


- 急すぎる。もう少し時間の余裕はないのか? -


「男を鳴かせたって楽しくない。殴る蹴るで泣かせるのは楽しいけど。
・・・ま、女の断末魔も悪くないけどね」


- 明後日の明けまでが約束の期日。
延長は不可 -



通常、暗殺の依頼には期間が与えられる。
難易度によって異なるが、大体はターゲット暗殺までに1週間ある。
依頼を請け負ってからの準備期間も含めた日数だ。
その準備期間には当然ターゲットの周辺情報収集も含まれるわけで、任務を請け負ったら即該当地担当の諜報員に話を持っていくのが当たり前だ。
それをこの男は期日ギリギリになってから「お膳立てしろ」と、のたまいやがったわけだ。
いや、まあ期日ギリギリとかサボりとかはレイのお得意であるため人のことは言えないのだが。
レイは口元を引きつらせながらベンチを強く一定のリズムで叩いた。

「・・・このゲス野郎」


- 何故もっと早くに話を持ってこない! -


「あっはっはっはっは! やだな冗談に決まってるじゃないか!w」


- 暗殺部署は今、多忙だ。
他の部署にも暗殺依頼を振り分けてはいるが、ぼくも何件か掛け持ちしている。
すっかりこの件の事を忘れていた -



「嘘臭え。大いに臭う」


- 忘れるな!
それに今回の依頼は2人暗殺なのだろう?
1日の間に1人で複数人の始末はリスクがあるということくらい分かっていると思うが・・・ -



「酷いなぁw 嘘じゃないってばw ホントホントw
・・・今の気分ならホントだよ?」


- もう一人暗殺部署のチームが居たがついこの間、急に冒険者自体を辞めた。
だから急遽補佐員が必要になったわけなんだが・・・
それにしても、あんなくだらない奴のために、ぼくが振り回されるなんて信じられない。 -



冒険者自体を辞めた暗殺部署隊員。
「そういえば居たな。そんな奴」とレイは新しい記憶を掘り起こした。
聞いた話によると、モスコビアに狩りに行ったその後に、あの大手ギルド『AFK』の総長にシメられたらしいが。
一体何をしでかしたのやら。
対人戦のエリート集団で名高い暗殺部署所属ではあったが、アサシンギルドのお偉いさんのコネで入っただけの能力が伴わない男だった。
暗殺部署内でも扱いに困っていた様ではあったし、今回の件でお払い箱になったのだろう。
本来ならばアサシンギルドの足抜けはよほどの理由がない限りは出来ないのだが、冒険者として再起不能にされたなら話は別だろう。
穀潰しは必要ないのだ。

レイは頭痛をこらえるように眉間にしわを寄せた。
まるで上司のキルティンのような表情になる。

「ってことはその時の気分次第じゃあ、女いたぶって悦ぶってことじゃんか。
最悪なんですけど」


- 私に臨時人員になれということか -


ヘイトリッドは殊更爽やかに笑った。
唇の端から覗く八重歯が夕陽で朱に染まり煌めいた。

「ただのSMプレイだよ」


- 本当に察しが早くて助かる。
つまり、そういうことだ。
ロドリゲスの方はぼくがやっておくから、グレックは任せる。
君の上司には既に許可を得ている。 -



「爽やかに何言ってんのあんたは」


- それはまた手際のよろしい事ですね。
他にも諜報員は居るけど、よりによって私を選ぶあたりに何らかの悪意を感じる。 -



「こういう話だからこそ爽やかさが大事なんだよ?」


- 悪意だなんてとんでもない。
普段はだらけているけれど、その気にさえなれば君は優秀なのだから。
君の能力は使い物になると判断したまでだ。 -



「さいですか。どうでもいいけどね。
とにかく、あたしは貴方の趣味には付き合えないわね」


- 有難いお話で・・・
ではこれから下準備にかかる。
詳細は都度、報告を入れる。 -



「つまんないの。もういーや。
じゃーね」


- 了解 -















足取り軽く夕闇に消えていくヘイトリッドを視界の端に見送りながらレイはガリガリと頭を掻いた。
面倒くさいことになった。
プロンテラの安定のベンチ要員たる自分が、まさか暗殺実行員になる日が来るとは。
アサシンである以上、誰でも暗殺の仕事を割り振られる可能性はあるのだが・・・

「(何も諜報員の下っ端に振ることないじゃない)」

すっかり暮れてしまった陽の代わりには、宵の空に鋭利な弧を描く白刃の月が浮かぶ。
明日は新月。
暗殺には最も適した朔の夜。

「(めんどくさいなー)」

ベンチから立ち上がると大きく伸びをして、いかにもかったるそうな歩様で噴水前を離れる。



レイもまたプロンテラの闇へと消えていくのだった。
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