乙瀬と女子達が話す姿を油断なく見張っている弥栄子が花京院に話しかけた。
「花京院君、貴方のファン達はもうちょっとどうにかならないの?」
「僕も彼女たちには言い聞かせてはいるんだけどな…」
「手ぬるいんじゃなくて?
あれじゃ乙瀬の精神衛生上よろしくないわ。
それに…貴方もこのままじゃ本末転倒なんじゃないの?」
弥栄子の台詞に花京院は大仰に息を吐いた。
本当にそれはもう、深く深く。
であるが、その割に悲観はしていないらしい余裕の様子だ。
「そう、それなんだよ。
このままだと八柱が僕から距離を置きそうで…」
「あの子、面倒な事は嫌いだからね。
今の状況はまさに面倒そのものよ。
マズいんじゃないの?」
「ああ。あまりよく無いな。
…というか思ったんだけれども。
笹山さんは僕の事を反対しないんだな。
僕はてっきり、まず君に追い払われるのかと思っていたんだが」
弥栄子はフフンと鼻を鳴らして腕組みをした。
そして自信満々に花京院を横目に見遣る。
「だって貴方、乙瀬に本気でしょ?
そのくらいは見てれば分かるわ。
花京院君って、多分転校して来てかなり最初の頃から乙瀬の事気にしてたでしょ」
「…鋭いな」
「そりゃね、小学校の頃からあの子の側に居たんだからね。
乙瀬に近寄って来る男の事は自然と目に入るってもんよ。
真面目にあの子の事を見ている奴、ただの興味本位の奴、色々居たからね。
ただのお遊び感覚の奴ならとっくにとっちめてやってるわ」
「なるほど。
僕は笹山さんのお眼鏡にかなったっていう所かな?」
「まあ、そうね…今まで見てきた男の中では一番かしら。
まだ私は花京院君の事はあんまり知らないけど、でも乙瀬への本気の気持ちは誰にも負けてないっていう事は分かるの。
親友的に、そういう奴になら乙瀬を任せてもいいのかなぁって思うのよ」
花京院はフと小さく笑った。
この話をしている最中、一度も弥栄子を見る事無く乙瀬を映し続けていた紅鳶色の瞳がこの時はじめて弥栄子を見た。
「心強い助っ人だよ」
「あら、助っ人になるなんて一言も言ってないわよ?
貴方が悪い狼だと感じたら排除させてもらうわ」
なるほど。
乙瀬に今まで恋人が出来なかったのは弥栄子の影響もあったのかもしれない。
少なくとも乙瀬があの歳で男っ気0なのはきっと、乙瀬本人の性格だけではないだろう。
悪い虫がつかないように陰ながら牽制したり追い払ったりしていたのは弥栄子だ。
弥栄子とて今回男運に恵まれず破局したというのに、自分の事より親友の心配か。
流石は小学校からの交友関係を続けているだけあって、絆は強固らしい。
それとも破局した直後だからこそ、友人依存になっているのか。
いずれにせよ、きっと現段階で花京院にとって一番手強いのはライバルの男子でも、邪魔をしてくるファンの女子でも、鈍めの乙瀬でもなく、弥栄子だろう。
(この年頃の女性は妙な連帯感が働いているみたいだな。
僕としては承太郎にもう少し頑張って笹山さんの気を引いてほしい所なんだが。
…とにかく彼女は敵に回さないようにしよう)
弥栄子に嫌われてなくて良かった。
…まあ、例え弥栄子に邪魔されたとしても彼女のディフェンスを掻い潜って乙瀬を掻っ攫っていく気満々だし、その自信もある。
「ははは…狩人が敵にならないように心掛けるよ」
「でも少なくとも貴方が王子様でいる間は協力してあげなくもないわ」
「ありがたい」
「さぁて、いつまで王子様でいられるかしらね?
…まあ、それは置いておいて、まずは花京院ファンの子達をどうにかした方がいいんじゃない?」
「そうだな…そろそろ本気で手を打たせてもらおうかな」
ここに花京院と弥栄子の間で協力が結ばれた訳だが、当の渦中の乙瀬はそんな事を知る由も無く花京院ファンの女子達から二人の関係を疑う質問に必死で、必死で「否」を繰り返し言い聞かせているのだった。