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10000Hit御礼企画アンケートにて見事1位になった蔵不二です。
社会人設定で同棲しています。
頂いたシチュエーションをいろいろ混ぜてみました。



Side:F



お互い社会人になって、ようやく都内でマンションを借りたのはちょうど今から半年前。
薬の研究機関に勤める白石、カメラマンの不二。
お互い仕事の時間も、休日もバラバラ。
だからこそ同じマンションで一瞬でも顔を合わせられるように…と同棲を始めた。
付き合い始めは中3の夏。
あれから月日は8年も過ぎていた。
東京と大阪の遠距離恋愛からスタートした。
あのころに比べれば、ほんの一瞬だけでも毎日顔を合わせられることがどれだけ幸せなことか。
しかし人間は欲深い。
毎日会えるようになれば、毎日愛されてる実感がないと不安になる。

「おはよう、白石。今日も遅いの?」

「おはよう、不二君。今日も泊まり込みや。新薬の開発、思ったより手こずっとってな。あ、明日、土曜日も休みなしやねん。すまんな。」

「うん…。行ってらっしゃい。」

不二は、片手に握りしめていた映画館のチケットをクシャッと握りしめた。
土曜日は映画に行こうね。そう約束したので買っておいたチケットだ。
白石の背中を見送った後、無性に寂しさがこみ上げる。
ここ最近、白石は本当に忙しそうだ。
自分も撮影が立て込んでるときとかは忙しいことくらいわかってる。
でも、約束は覚えてるのにな…と思ってしまう。
それでも、朝いちばんだから覚えてなかったのかな?あとで映画の約束思い出してくれるかな?
「映画いけんくてごめんな?」そう言ってくれるだけで救われる。そんな淡い期待を持っていたが、見事にそれは打ち砕かれる。
結局、白石からメールも電話も何もないまま土曜日の朝を迎えた。

(はぁ…。バカみたい。)

握りしめてくしゃくしゃになった2枚の映画のチケットをポケットにしまい、不二は家を後にした。

映画は海外もののラブロマンス。
さすがにカップルだらけで一人で見るのは恥ずかしい。
この映画のチョイスは白石だ。
忍足従兄弟’sから勧められたのでみてみたいとのこと。
確かに人気のある俳優達だしストーリーもそこそこ面白そうだったのでチケットがなかなかとりにくかった。
それでも仕事のコネを利用しなんとか入手できた。
全ては白石のために頑張ったのに…。
そのせいか、映画にもなかなか集中できなかった。
しばらく見ては、ボーっとして。
結局、ストーリーはよくわからないまま。
カップルだらけの映画館がいたたまれなくなりラストを見ぬまま映画館を後にした。
その時、誰かに肩を掴まれた。

「やっぱ不二やん!久しぶりじゃの。」

「え…あ、仁王!久しぶりだね。」

立海大付属の仁王。
大人になっても彼の風貌はあまり変わらない。
しいて言うなら、背が伸び男らしくなったことくらいか。
でも、恵まれた体格は昔からだったな。と心の中で不二は思う。

「おまん一人で見とったんけ?」

「あ…あぁ。本当は白石と見る予定だったんだけどね。」

「ほぉう。白石とけ。そういやおまんら同じ部屋じゃったな。」

「というか、僕たち付き合ってるんだよね。」

「そうじゃったんか。で、なして今日は白石がおらんのじゃ?」

「あぁ…白石は今日は仕事だよ。」

そう言ってうつむいた不二の顔を、仁王はすかさず見逃さない。

「なんかあったんき?話なら聞くぜよ?」

ただ逃げ道が欲しかっただけ。
今の孤独から解放されたいが為に、不二は仁王に甘えてしまった。

「じゃぁ、話聞いてくれるかな…?」

「俺ん家、来るか?すぐそこじゃき。」

「うん…。」

不二は、仁王の後ろをついていき映画館を後にした。




仁王の部屋は思ったより片付いていた。
観葉植物が数個あり、意外と殺風景。

「思ったより殺風景だね、部屋。」

「そおか?こんなもんじゃき。」

座りんしゃい。と不二をベッドに座らせ仁王は冷蔵庫から取り出したペットボトルのお茶を不二に差し出した。
よく冷えたお茶はのどに気持ちいい。

「なぁ、付き合うってそないに辛いもんなんかのぅ?」

そう言いながら仁王は、不二の頭をそっと撫でる。
意外な行動に驚いた不二は、仁王を見上げる。

「つらそうな顔するおまんを見るんは嫌じゃ。もっと笑いんしゃい。」

そう仁王に微笑まれた瞬間、不二の目から涙があふれた。

「ねぇ仁王。遠距離の方がよかったなんて、わがままなんだよね。きっと。」

「距離が縮まって、心が離れたら意味ないじゃろ。」

さっきより涙をこぼす不二を見かね、仁王はそっと不二を抱きしめた。
ほのかに香る香水の匂い。
それが、これは白石ではないことを物語る。

「寂しくなったら、また来んしゃい。愚痴くらい聞いちゃるき。」

「ありがとう…。仁王。」

その日を境に、不二は仁王とたびたび会うようになった。
もちろん、白石には仁王と偶然再会してからたびたび遊ぶことは伝えてある。
白石も、知ってる仲だから「楽しんどいでやー。」と快く送り出していた。
今日も例によって白石は仕事だ。
暇を持て余してる不二は、迷わず携帯から「仁王」を探し出し電話を掛ける。

「おぉ、不二か。どうした?」

「今からそっちいっていい?」

「あー、悪い。今渋谷おるき。こっちくるか?」

「うん、じゃぁすぐそっち向かう。」

急いで身支度をして駅に向かう。
何故だか、仁王と会うとわかってる日は心が軽くなる。

渋谷について待ち合わせ場所へ行くと、仁王が煙草をふかして立っていた。

「仁王、お待たせ。」

「おぉ。悪かったな。ちぃと用事があっての。それが終わったら家で飲むじゃろ?」

「うん、いいね。ところで、仁王ってタバコ吸うんだ。」

「おん。白石は吸わんのけ?」

「うん、吸わないよ。」

「そうか。それはすまんかった。」

「え、何で仁王が謝るの?別にいいのに。」

「煙たいじゃろ?」

「んー。大丈夫。」

そう言っても少し咳き込む姿を見れば無理してることくらいすぐわかる。

「おまんは人がええき。もっと自分の気持ちを出しんしゃい。白石にも、俺の前でも。」

「え?」

ふぅと、煙をふきだしすぐにタバコの火を消す仁王。
まだタバコのにおいが残るその大きな手が不二の頭を少し荒々しく撫でる。

「自分の気持ち…。」

本当は、白石にもっと甘えたい。
もっと一緒に居たい。もっと白石を感じたい。それを抑え、今まできた。

「仁王…僕、白石ともっと一緒に居たい。」

「よう言うた。ええ子じゃ。」

さっきより少し優しく頭をなでると、不二の目の前の光景が驚くべきものに変わった。

「白石…。」

「しばらく、これで我慢してくれへんか?」

不二の目の前にいるのは、仁王ではなく白石。
頭ではわかってる。これは白石ではなく、仁王だ。

「不二君。すまんな、寂しい思いさせてもて。」

わかっているのに、心と体が白石を求める。
不二は、白石になってる仁王の胸に抱き着いた。

「もう少し…こうしてて。」

「えぇよ。気ぃ済むまでこうしといたる。」

どれくらい、白石…に化けた仁王の胸にうずくまっていたのだろうか。
ふと、白石からするはずのないタバコと香水の匂いで我に返る。

「あ…ごめん。仁王。僕、なにやらせてるんだろう。」

「えぇよ。今日1日くらいこうしといたる。」

「いいよ、悪いもん。」

「えぇよ、これは俺の趣味。気にせんでええ。」

優しい白石の笑顔。
でも、これは仁王だ。
それでも今は、この笑顔が不二の心を落ち着ける。
しばらく2人で渋谷の街を歩きまわり、喫茶店に入ろうとしたとき。
予想外の人物に二人は呼び止められる。

「おい、白石と不二じゃねぇか。」

「あ…跡部!」

現れたのは跡部。
仁王のイリュージョンを見破るかと思っていたが、事態は思わぬ方向へと向かう。

「おい、この間行ってた毒草の本。ちょうどお前に渡そうと思って持ってきてたんだ。ホラよ。」

「え…あんな、跡部。」

「とりあえず、今回は貸してやる。次は自分で探せ。いいな?」

そう本を渡し、跡部はさっさと待たせていた黒い車に乗り込んでその場を去って行った。

「えーっと、とりあえずこの本は僕が預かっておくよ。」

「そうしてくれると助かるわ。」

仁王は跡部に渡された本を不二に預けた。
「毒草図鑑」いかにも白石らしい本だ。

「せや、お酒買ってかえろか。そろそろ日も暮れてきた。」

「そうだね。そうしよう。」

2人は渋谷を後にし、コンビニで酒を買って仁王の部屋へと戻っていった。



不二が目を覚ましたのは翌日。
思ったより飲んで酔っ払ってしまったらしい。

「あたたたっ…。飲みすぎたのかな。」

ふと、昨日の事をいろいろ思い出す。
目の前にいる人物がだれか認識するのに少しばかり時間がかかった。
うっすら見えるその顔は、白石だった。

「白石…?」

「おはようさん。よぉ飲んで寝るからびっくりしてもたわ。」

そういえば、昨日は仁王と一緒だったんだ。
それから、仁王が気を利かして白石にイリュージョンで化けてくれて…。
そうだ、これは仁王だ。そう理解した時、自分にすこし苦笑してしまう。
まさかこんなに、自分が白石を求めていたなんて。

「仁王、もういいよ。ありがとう。」

その瞬間、目の前の白石は仁王に戻った。

「吹っ切れたようじゃの。不二。」

「うん、自分の気持ちをちゃんと伝えてみようと思う。ありがとう、仁王。」

「またいつでも来んしゃい。酒飲みくらいなら付き合ったるき。」

笑顔で仁王に手を振り、不二は白石の待つ家へと急いだ。




「ただいま。」

部屋に戻ると、電気がついてない。
日曜の昼間だというのに。
まだ寝てるのかな?と思いそっとリビングへと向かうと、白石はソファーに座っている。

「起きてたの?」

「まぁな。」

白石の様子がおかしい。
いつもより低い声色。

「なぁ、不二君。昨日どこおったん?」

「え。仁王と一緒に居たよ。メールしたじゃないか。」

「へぇ…。やっぱ仁王君なんやな。」

口調は穏やかでも、どこか違う。
これは怒ってるときの白石の声だ。

「さっきな、跡部君から電話あってん。」

「え…?跡部…から?」

無意識に、不二は自分のカバンを握りしめた。
カバンの中には、跡部が白石に化けた仁王に渡した本が入ってる。

「昨日、渋谷で渡した本は使えるか聞いてきたわ。俺、昨日は渋谷行っとらんねん。」

「うん…しってる。」

「それやのに、なんで跡部君は昨日俺に渋谷で本を渡したって言うたんやろうな?」

「そ…それは…。」

言えば済む話。
不二が仁王に頼んで、仁王に白石のフリをしてもらったと。
やましいことなんかない。してない。なのに、たったそれだけのことが言えなかった。

「ごめんな…。不二君が悪いわけやないねん。ただ、俺もよおわからん。しばらく、距離置かせてくれへんかな?」

「え…、どうして?!仁王とは…何にもないのに!」

白石はギュッと不二を抱き寄せた。
その瞬間、不二のカバンが床に落ち中から跡部の本が床に落ちる。

「不二君が好きなんは変わらん。ただ、今は一人になりたいねん。安心して。俺が出ていくから不二君はここおったらええよ。」

それだけいい残し、白石はさほど大きくないボストンバックを一つ抱え部屋を後にした。
残された不二は、ただ玄関を見ることしかできなかった。




あれから何日経っただろう。
仕事も無断欠勤をしてるんだろうけど、電話する気力もない。
ただボーっと玄関を眺めてる。
今が朝か、夜か、何日、何曜日かさえもわからない。
ただ、白石が出て行った時から時間が止まってる。
このまま白石が戻らないなら、いっそ息を止めてしまいたい。
そう思ったとき意識が遠のくのがわかる。

(最後に…白石の顔くらい見たかったなぁ。)
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