いいか、矜持の高い奴は得てして何事にも完璧を好むものだ。完璧な自分に相応しい完璧を。頭のてっぺんから靴の先まで細かな装飾に拘るようなああいう手合の場合、完璧なシチュエーションを、だな。ゆえにそこを少し、ほんのちょっとでいい。ひっかく程度、傷付けてやればいい。くだらん茶々で十分。奴ならば、奴だからこそ、それを無視できん。気分が萎れて、お前から気が逸れる…………はずじゃ。

 最後に付け加えた小声の「はず」と気休めのようなガッツポーズがちと気にかかるがまぁおおむね同意だぜおじいちゃん。

 今は遠くにいる祖父の声を思い出し終え、承太郎は目蓋を開けた。そして自分を見下ろす二つの妖しい目を見た。ようやく獲物の意識が向いたこと、DIOは満足したようで唇に弧を描く。片手には制服を脱がされつつもう片手の爪には顔の輪郭をなぞられながらぼんやりと思う。なるほど確かに。DIOは状況に重きを置いている。何度も夜を共にして、というか付き合わされて、承太郎も気付いていた。閉ざされた部屋。差し込む月明かり。蝋燭の淡い光。シーツによる皺。強気な眼差し。瞳の中の挫けぬ勇気、とわずかな怯え。その全てを支配し屈服させる「わたし」。そういうものがDIOの求める完璧、といったところか。理解しかねるし、したいとも思わない悪趣味な嗜好だがそれはこの際置いておき。

 こいつは雰囲気を重要視していやがる。

 今もほら、首の筋を辿り、鎖骨を甘く噛み、そこから断続的に口付けていく合間、ふっと笑みを見せる。

 「悪くない匂いだ。湯を浴びたな。待っていたというわけか。誘っているのかこのDIOを」
 「部屋が埃臭いんでな。それに風呂にでも入らんと吸血鬼の死臭が落ちねえ」
 「あいかわらずの身の程知らずよ」

 母の命を握られ、仲間の命運を背負い、囚われてなお、変わらぬ心。

 「が、そこがいい。それを折るのがまた面白い」

 DIOが手を握る。指と指がゆるゆると絡み、伝わる体温はいやに熱い。人間をやめた吸血鬼にも熱はある。欲情すればその熱も上がる。と知ったのは、拘束された生活の中で収穫と言えば収穫だろうか。

 「どうせいつも最後に、貴様のこの手はわたしに縋る」

 一度ぎゅっと強く握られた。こんなことぐらいは一方的にさせたくない。お返しだ。承太郎もまたぎゅうっと握り返す。すると、なにが嬉しいのだか、DIOはいっそう微笑むのだ。

 「わたしに傷痕を残す唯一の手だ」

 歯の浮くような台詞もこの男が舌に乗せれば様になる。そうしてDIOは夜の世界をつくり上げていくのだった。いわゆる「夜伽」の雰囲気を。

 軽く前をあやしていた手はいつの間にか後ろを弄り始めた。狭い、と囁いてくるDIOの吐息をいちいち避けて、しかし結局捕まって強引にキスを受けて、それでも承太郎は内部の異物感を上手くやり過ごす。そのための呼吸の仕方も覚えた。最初こそ羞恥と屈辱に死ぬかと思うほど苦しんだものの、それはあくまで過去のこと。後ろを穿たれたとて何ら問題ではない。もちろん享受したつもりはなく、毎回プライドってやつが軋む、が大丈夫。DIOの思惑通りに折れるほど柔じゃあない。直腸検査と思えばどうということもない。自分がDIOの戯れに付き合ってやっている間、仲間達は時間を稼げる。これは、反撃のための準備だ。そう割り切っている。だが。

 「開けよ承太郎」

 だが、いよいよ本腰を入れて解しにかかろうとするDIOにより、大きく開脚させられた瞬間。

 「あ……つッ、う」

 承太郎は今日初めて、言葉ではない、単なる声を漏らした。苦悶を見せた。我慢がきかなかった。腰が激しく痛む。指を三本も突っ込まれれば尻が、孔が疼く。当たり前だが、雄の体は暴かれることに適していない。こうも連日抉じ開けられ酷使されてはさすがの若い肉体でもきつい。

 いいか承太郎、ムードを壊せ。

 一度だけ面会を許されたジョセフのアドバイスに承太郎は内心頷いた。そう何回も使える手じゃあないがどうしても辛くなったら実行してみるんだぞ、とジョセフは承太郎を抱き締めそうして耳元へ策を授けた。だから承太郎は決めた。ああ、そうだな、今がその時、と。

 ようは、ここらで一旦小休止挟まないとケツが限界だぜ、というわけだ。

 「やはり貴様の悲鳴は耳に馴染むぞ。もっと高い方がより良い……それもじきに聴けるか」
 「待て。DIO。ウェイト」
 「む」

 腰の鈍痛を堪えに堪え、承太郎はDIOの口を塞ぐ。せっかくキスしようとしたのに邪魔をされて不快そうに寄せられた眉根が、待てだと?そんなことを言える立場か、と語っている。立場なんざ分かっている。分かっているからこんな手段を取らざるを得ない。言いたいのを飲み下し、承太郎は久々に全力を出してDIOを押し留め、だけでなく押し返す。腰にもうひと踏ん張りしてもらい少しずつベッドから身を起こし、DIOと向かい合う形となった。近頃は滅多になかった拒否に対し、DIOはきっと驚いている。これで退くか、あるいは気が変わって怒りのまま殴る蹴るの方向へシフトしてくれれば可愛げがあるものを。悲しいかなDIOの「やりたい」ムードはいまだ壊れていない。

 「ちッ」

 がっと手首を掴まれた。口に当たっている手を外そうとしてくる吸血鬼の怪力に承太郎もスタープラチナの助力を借りてまで抗った。DIOがワールドでも出して来ようものなら殺し合いが始まるのだろうが幸いそこまで怒っていないようだ。骨を折らないよう加減された力ならば承太郎も拮抗できる。承太郎はDIOの性欲を抑え、DIOは承太郎の悪足掻きを引き剥がそうとする。負けず嫌いの性質が出て、もはや本来の目的も忘れかけ、双方躍起になっていた中、それまで低く唸っていたDIOが不意に目を細める。

 「んッ」

 承太郎は震える。手のひらを一舐めされた。温い舌の感触に負けた。舐められまくってはたまらない。仕方なく手を離せばDIOは大げさに息をする。

 「ぷは……貴様、一体どういうつもッ」

 今更抵抗するとはどういうつもりだ母親がどうなってもいいというのかあと汗の味が濃いぞ水分をたくさん摂れ、などなど捲くし立てようとしたのかもしれない、そんなDIOの唇を承太郎は再度止めてみせる。ただし力任せではなく、手のひらででもなく、ただの指の一本でだ。艶やかな上下の唇を数度押し、ゆっくりと言い聞かせる。

 「DIO、聞けよ」

 真正面から見つめる。茶々を入れればいいとジョセフは言った。ついに、承太郎は意を決した。

 「できた。か、も」

 声音を平静に。表情は崩さず。淡々と、堂々と、事実のみを伝えるように。一瞬、DIOがぴたりと停止したのを確認して、か細い力で閉じさせていた唇を今度は自らの意思で解放する。その手はそのまま腹へ。中途半端に着衣が乱れている中、シャツの上から腹筋をさすった。往復する手の緩慢な動きをDIOの目は素直に追っている。おそらく呆然としているのだろう。しめしめだ。さらに畳みかける。

 「そして言っておく」

 誘うようにDIOの頬を撫でて、DIOの手を腹へと導いて、真剣に告げる。そうだ真剣であればあるほど効果が出る。

 「おれの扉を開けるのはてめぇ以外にいねえ、と、な」

 自分で言っていて鳥肌が立つ。頭痛がする。吐き気もだ。だけど承太郎は自己嫌悪にも屈さない。必ず一夜の安寧を得る。萎えさせてやるぜDIO。渾身のお寒いジョークで。

 DIOが築く濃密で完璧な空間、充満する色香、最高のシチュエーションに罅を入れるには。いろいろと考えた末、これがベストだと思い至った。ベストなくだらなさだ。くだらねえだろうDIO。くだらな過ぎるよなあDIO。あまりのくだらなさに怒りすら失せ突っ込むのも馬鹿馬鹿しくなるような、このくだらん一言でてめーを一気に興醒めさせる。色気?ムード? んなもん霧散してしまえ。承太郎はもう半ば自棄だ。

 「承太郎……マヌケか貴様は」
 「そうかもな」

 そうだろうよ、マヌケにならなきゃあこんなこと言えるか。今日はもうそんな気分じゃあなくなっただろう。とっとと退け。DIOの「呆れた」という反応を待っていた承太郎は、けれど目を見開いた。

 「なぜもっと早くに言わなかった」

 花が咲いたかと、思った。無表情だった顔を、ほろり、ほころばせたDIOはそれほどに美しかった。

 「安定期に入るまでは無理をさせん。いやお前は初めてだから入ってからも『する』のは不安だ。これはしばらくお預けになるか、まいったな」

 DIOは肩を竦めるが弾む声を聞くにちっともまいっていないのがまる分かりだった。

 「わたしの血は屍生人を増やせるのだ。吸血鬼の精にも何か特別な力があるのではと薄々思っていた」

 血の一滴が死人を蘇らせるのだから無数の遺伝子があればひとつの生命を誕生させるのも訳は無いかと笑う唇から牙が覗く。吸血鬼の持つ凶悪な鋭い武器、だろうに今は無邪気に見えてしまう。無邪気な喜びの象徴に。

 「しかし、なんだろうな……うん、これはなかなか、気恥ずかしいものだ。わたしとお前の、ふッ……お前のここに」

 ここに、なあ、とDIOは壊れ物を扱うがごとく腹に触れた。愛おしげに。おいおい邪悪な赤目に涙まで溜めて。笑って。目を瞑って。在りもしない鼓動を聴こうとして耳くっ付けて。そんな顔もできるのか。そんなに、嬉しいってのか。ようも毎晩飽きもせず訪れやがる、忌々しい血統を蹂躙するのがそれほど愉しいのか、と、そう思ってきた。でもそれは、日を空けず組み敷いてきたのは、今この時を、これを望んでいたから、とでもいうのか。

 「わたしの生とはまさに完璧。完璧な人生設計だ」

 有名絵画も褪せるような幸せに満ちた蕩け顔で腹に頬ずりをしそうないきおいのDIO、闇に煌めくその金糸を承太郎も撫でかけて、止まる。いや違う。違う違う。そうではない。違うのだ。「完璧」に水を差したかったんだ。予想していた展開はこうじゃあない!

 承太郎はDIOの髪を一房、くいくいと引っ張る。

 「おい待ちな、DIO」
 「待つとも。承太郎。だが、ああ駄目だ、待ち遠しい」

 煙草は没収。ストレスも厳禁。世界中から果物を集める。音楽も故郷から取り寄せよう。ジョセフにも報告が要る。産婆も必要か。取り上げるのはわたしだがな。それからそれから。今後すべきことを指折り数えていたDIOは突然あッと思いついたように顔を上げた。

 「男かな女かな。どちらかな。どっちがいいかな。お前はどうだ。どう思う」

 どうだって。どうって。どう、って。おれは。

 「和名がいいなと思うぜ」

 DIOから溢れ出す糖度が高過ぎて思わず甘さに呑まれていた。



[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ