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□垂り雪(前編)
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今回の実験もまた空振りに終わってしまった。

何が違うんだろう。
何が足りないんだろう。

成長が止まっているとは言え、命が無尽蔵にある訳じゃない。
もっと頑張らないと。
もっと急がないと。
一刻も早くこの呪われた運命から解放される為に。


もっと…。

もっと………。




 *・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*




「なぁルッス〜、何でマーモンいねーの」
「部屋に呼びには行ったんだけど…お食事いらないんですって」
「また研究?」
「そう…ってベルちゃん、どさくさに紛れてニンジン残しちゃ駄目よ」


ベルフェゴールの前の皿には、フォークで選り分けられたオレンジ色の物体が器用に積まれている。野菜嫌いな所はボスの悪い影響かしら、と食卓を観察しながらルッスーリアが見渡す部屋には、まだ誰も使用していない席が一つ。
最近…マーモンが誰かと一緒に食事をする姿を目にする事が減った。
勿論報酬目当てに任務はきちんとこなすものの、それ以外の時間は部屋に閉じ篭もり研究に没頭する毎日。
自由時間は基本的に何をしていても咎められる事はないとは言え、ここ数日は何かに取り憑かれたような熱の入れように「身体壊さなきゃいいけど…」とルッスーリアから溜め息が洩れる。
その目の前で堂々と野菜の残った皿を横にずらしたベルフェゴールが、大皿に山と盛られたプロフィテロールへと手を伸ばした。


「うーん…?」
「なぁにベルちゃん、難しい顔して」
「ルッス、これ変な味する」
「あら。どんな?」
「美味いけど不味い」


なぞなぞみたいな返答に、それは味の感想じゃないだろうと内心突っ込みつつも、ヴァリアーに入隊したばかりのベルフェゴールだったら絶対に感じる事のなかった違和感に首を傾げている貴重な姿を見られて、ルッスーリアは微笑まずにはいられない。


「それはきっと…独りでお食事してるからじゃないかしら」
「腹に入るもんの味なんて、側に誰がいようと関係ねーんじゃねぇの?」
「でも誰かと一緒に食べた方が楽しくて、美味しさが倍になるでしょう?」
「じゃあ…マーモンは毎日不味い飯食ってんのか」


ルッスーリアは給仕の手を止め、少し思案の間を置いた。


「それ以前に食べてくれてるかしらね…」


人には残さず食べないと大きくなれないだの、行儀が悪いだの口煩いくせに、自分は部屋に引き篭もって食事を摂らないなんて納得がいかない。
更にマーモンが部屋から出て来ないせいで、王子のドルチェが不味くなるとかふざけんなっつーの。
長い前髪によって表情を窺い知る事は出来なくても、ベルフェゴールは明らかに不機嫌だった。




「あいつ…ぜってー部屋から出してやる」




めらめらと決意の炎が燃え上がる室内とは対照的に、窓の外では深々と雪が降り、鈍色の空と白銀の世界が広がっている。
時折、雪の重さに耐えられずにしなる枝から現れる針葉樹の深緑が目を惹く。
そんな僅かな色彩の光景を眺めていたベルフェゴールの口元が、にやり、と上がった。
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