紅葉


□想い
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花曇りの空は濁り、昼間だというのに日暮時の様な明るさしかなかった。

「呉葉」

息を切らせて庭先に駆け込むと、彼女は何時もと変わらずそこに居た。

「ん?重里?」

あがった息を整えつつ近付いて来た男に、驚いた様な反応を見せる。重里がこんな昼間から自分の処に来るなど、今まで無かった事だ。

「どうした、仕事をクビにでもなったのか」

と、冗談を言ってみるが、重里の表情は崩れず、真剣な雰囲気のままだった。

「呉葉…。嘘だよな…?」
「……?何がだ」

問われて、改めて重里を見ると、重里の切なげな表情が目に入った。

「嘘だと言ってくれ…、お前が…鬼女だなんて…」
「……!」

重里の口から漏れたその言葉に、呉葉は、来るべき時が来たと感じた。

「…重里……」

重里のいつになく真剣な表情に、呉葉は、彼を騙していた事を後悔した。後悔しても、今更な事くらい分かっていた。

「すまぬ…重里…」
「呉葉…?」

もう、言ってしまおう。所詮己に与えられるのは一時の幸せだけ。否、一時だけでも幸せと思えた事が、幸せだったのかもしれない。

「騙していてすまぬ…。お前の言う通り、私は…鬼女…鬼の血族だ…」

呉葉の言葉が耳に届いた瞬間、重里は血の気が引いた気がした。

「…お前が、一月私のもとへ通い詰めても変わった様子を見せなかったから…。このまま…と、思ったのだ…」

普通、例え陰陽師といえど鬼や妖怪に長く接触し過ぎると、生気を失い、身心を囚われてしまう。だが、重里はそんな様子などみじんも見せなかった。
呉葉は、ようやく心安らげる相手が出来たと思っていた。己の妖気にあてられずに、気兼なく話が出来る。これほど嬉しい事は無かった。

「呉…葉…」
「…重里?!」

突然、重里の身体がぐらりと傾き、呉葉に向かって倒れ込んで来た。

「ど…、どうしたのだ…!」

先程まで平然としていた重里は、呉葉の腕に抱えられた姿勢で浅く早い呼吸を繰り返していた。表情は蒼白で、焦茶の瞳は光を映していなかった。

「な…何故…。突然…」
「呪が切れたのだ」

ガサリという垣根をくぐる音と共に聞こえた声に、呉葉は驚いて振り向いた。
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