紅葉
□残り香
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夜毎、呉葉のもとに通い詰める生活が一月も続いた頃。
「お早うございます、陰陽頭様が探してたっすよ」
「おう」
何時もの様に陰陽寮詰所に出仕した重里は、そう言われて大人しく陰陽頭の執務室へと向かった。
キシキシと広縁の床板を踏みしめながら詰所の奥を目指して歩いて行くと、庭先に雅な紅葉が揺れていた。
「…呉葉……」
何故か、紅の葉たゆたうその光景が、彼女の面影と重なった。
「…って、なに言ってんだ…俺は…」
昼間から女の事ばかり考えている自分を自嘲した。
「おっと…。さっさと行かねぇと…」
白昼夢の様な光景を振り払い、重里は待ち人のもとへ足を早めた。
「……おう、何か用か」
「おう、やっと来たか」
執務室になっている最奥の塗込にずかずかと入り込み、中で山積みの巻子に囲まれた男に声を掛ける。彼こそが、この陰陽寮を統べる陰陽頭、土御門清平(つちみかど きよひら)。補助役の陰陽助、幸徳井重里とは幼い頃からの仲である。
「…おい、清平?」
「重里、座れ」
入り口近くに立っていた重里は、言葉少なな清平の言葉に渋々腰を下ろした。
「…匂うぞ…」
そこへ無造作に近付いて来た清平が発したのは、そのただ一言だっだ。
「は?」
巻子の山を掻き分けて空いている場所に腰を下ろし、重里の肩に手を置いた姿勢で囁くと、清平は重いため息を吐いた。
「陰陽師がそんなに濃い妖気を纏ってふらつくな。…それにその妖気…何処でつけられた」
「妖気だと?んな馬鹿な…」
「重里」
「ッ!」
手を置かれていた肩に鈍い痛み。強く握られた肩に、抗議を示そうとしたが、重里の言葉を遮り、清平は言葉を続ける。
「お前、このところ夜になるや何処へ出掛けている。眼を盗られているぞ」
「は…?」
覗き込む清平の顔は、真剣そのものだった。一方の重里は、真剣なその表情に困惑するばかりだった。