紅葉


□満月
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百鬼夜行の晩に出会った女は、都の外れの小さな家に独りで住んでいた。刻は既に薄暮の逢魔ヶ時…。薄闇の空に白い月が見え始めていた。

「……」

式に追い掛けさせて突き止めた女の家の前、垣根の影に隠れる様にして、重里は庭先を垣間見た。
すると…。
女は庭に面した縁に座っていた。瞬間、吸い寄せられる様に、重里は女から目を離せなくなった。ぞくりと、寒気にも似た感覚が、全身を駆け抜けた。

「…垣間見とは趣味が悪いぞ…、覗き魔」
「 ! 」

不意に聞こえたその言葉に、我に返った重里は、女の瞳が自分を捉えているのにようやく気付いた。

「っ……」

空に浮かぶ満月の様に、淡く煌めく薄茶の瞳。その妖しくも美しい双眸に、重里の心音は跳ねあがる。
瞳だけではない、白く透き通った肌にかかる艶やかな黒髪…。全てに…心奪われた…。

「お前、いつまでそこにつっ立っているつもりだ。入るなら入って来い。帰るならとっとと帰れ」

再び掛けられた言葉に重里は、はっとして慌てて垣根の間を越えて庭に足を踏み入れた。
一歩、一歩近づいていく重里を喰い入る様に見つめる女。

「お前…名は……?」

白銀に輝く月を背に立つ重里を見返し、女はゆっくりと口を開いた。

「呉葉(くれは)……」

夜霞に、呉葉と名乗った呟く様な声音が響いた。

「呉葉…か。俺は幸徳井重里」

呉葉という言葉の響きを噛み締める様に繰り返し、自らも名乗る。

「…重里…」

互いに見つめ合った視線が絡まり、空気が凝固してしまった様な刻が流れた……。
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