紅葉


□瞳
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内裏の外にある陰陽寮。平安の御代の様に人員は多くは無いが、都内外の外法師、陰陽師を統括する役目は変わっていない。
そんな陰陽寮詰所には、今日も多くの人間が立ち働いていたが、昔ながらの烏帽子に直衣姿ばかりのなかで、ぽつんと浮いている人物が居た。

「…陰陽助様」
「……」

一人が、烏帽子も被らず、侍の様な軽い服装をしている彼に、声をかけるも反応は無い。先程から、机に頬杖をついた姿勢でぼんやりと虚空を見つめているのだ。

「幸徳井(こうとくい)様!」
「ぁ゛?」

二度、声を掛けるとようやく反応を示した。

「どうされました…。先程から空を見つめて…」

一度部下の言葉に反応を示すが、考え込む様に頬杖をついた姿勢のまま再び虚空に視線をさ迷わせる。
男は、この陰陽寮随一の能力を持つ、陰陽助(陰陽頭補佐)。幸徳井重里(しげさと)。
彼は、眼に焼き付いて離れない、ひとりの女の瞳に囚われていた。
昨夜出会ったひとりの女。その金色に近い薄茶色の瞳に見つめられた瞬間、その色に吸い込まれた。同時に、心までも囚われた気がした…。

「陰陽助様!」
「 ! 」

再び幻想に囚われていた重里は、叱責する様な部下の声に我に返った。

「しっかりして下さいよ。全く…、今日中にこれに目を通しておいて下さい。頼みますよ?」

どっさり抱えられてきた書類が目の前に山積みにされる。

「さぼらんで下さいよ?それ、明日には陰陽頭様に見ていただかなきゃならないんすから」
「んー」

書類の山を崩さないように天辺から取り上げて、渋々筆を取る。
とその時。
ぱさりと、わずかに羽ばたく音と共に白い紙片が室内に舞い込んで来た。

「 ! 」

それを目に留めた瞬間、重里は机を蹴らんばかりの勢いでそれを手に取った。

「式を飛ばしてたんすか?珍しいっすね」

白い小さな鳥の姿で重里の手の平に舞い降り、瞬間ただの紙切れに戻った式。
手にした瞬間、今までぼんやりと虚ろな目をしていた重里の目に、生気が宿った。

「……」

そして、にやりと唇の端を歪ませ笑った。
途端、今までぼんやりしていたのが嘘の様に、筆をしっかりと握りサクサクと書簡を片付けにかかった。

「何なんですか、急にやる気出たっすね」

呆れた調子の部下の声も無視し、重里は次々と書簡に筆を走らせていくのだった。

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