花冠

□序章
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何か来ると予兆のように夢見が悪かった
隣の慶国も慶を挟んだ巧国も状況が芳しくないことに最近は頭を悩ませているが、こんなことは今に始まったことではない
五百年近くも治世を延王が布いている限り、安定の傍にある周囲の崩れは防ぎようのない
紅蓮の光、迫ってくる数々の妖魔
今度の夢は何を表しているのか調べても何も分からず、他の仕事に追われている間にそんな夢はいつの間にか見なくなっていた
そのことがどうしようもなく居心地悪く、彼女の心に残ってしまった


「大宗伯、落人から訴状が」

「……あら、珍しい。何かしら」

「合わせてこれも。胎果の者が台輔へのお目通りを願っているらしく」


下官が差し出した書状を見比べて、一通り目を通していると、彼女の後ろから気配もなく近づいた者がいた


「ほう」

「!」


生憎、このぐらいでは彼女はびくともせずに声だけで誰か分かる
しかし、仙籍に上がってすぐの官吏にとっては目を白黒させる出来事であるのは無理はない


「また抜け出して来たのですか、主上」

「それより馬鹿が珍しく焦っていたぞ。早くお前が行かねば、飛び出して行きそうな勢いでな」


自国の麒麟を馬鹿と呼べるのは延王である尚隆ぐらいだ
本来、彼女より高い地位にある台輔である六太を待たせてしまっているのは、隣国の不安定な状態から各所から溢れ出した仕事が山積しているからだ
片付けても片付けても終わりそうにない、高く積まれた書簡を見遣って溜め息を吐く
一先ずは他のことを中断して、先に六太との用事を済ませた方が賢明であると判断したが、今持っている書状だけは見過ごせない気がした


「でも、これは主上」

「俺が引き受けよう。何、台輔もお前も近頃忙しくしているものだから、これぐらい働かないと。後で文句を言われては敵わん」


彼女から無理矢理掠め取るようにして書状を受け取ると、尚隆は悪戯っぽく笑う
緩んでいるときは相変わらずとことん顔に出る人だと彼女は思いながら、その本心を射抜く


「下に下りたいだけでしょう?」

「それを言うな」

「でも、お頼み申し上げます。少々、国同士の厄介になりそうな事案ですので。私も台輔と慶を視察次第、すぐに戻って参ります」

「ああ。任せておけ」


何百年付き合ってきた信頼は重い
普段は幾らぐうたらだと罵られていても、やるべきことやるべきときは的確に動き、その役割を果たしてくれている
本来、王を支える立場にある彼女らの考えている何歩も先を見通している、王なる気質を認めざるを得ない


「何か直前に問題でもあったのか?」

「大丈夫ですよ。ただ少し厄介そうでしたので、後を主上にお任せしていたのです。台輔も私でなくていい加減に大司寇をお頼りなさいませ」


彼女は外交は未だに苦手であるし、王や麒麟の世話は他人に委ねてある地位にある
それでも、六太が頼み事をよくするのは比較的何でも言いやすい彼女である
何百年経とうが変わることがないことに、彼女はその度に苦笑して受け入れるしかない


「嫌だ。ずっと嫌味を言われそうだ……早く行って帰ってくるぞ」


六太は子供のようにぷいと拗ねるが、中身は子供ではない
言動は時が止まったかのように子供だが、自分のやるべきことはきちんと本能的に把握している


「勿論」


六太と騎獣に乗った彼女は空高くに駆け上がった




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