花冠

□四章
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「見つかりました」

「見つかった?まさか元州か」


後宮の朱衡が賜っている部屋に飛び込んだ下官は、そこに上司の朱衡だけでなく、帷湍や成笙、そのうえに王までいてぎょっとした
しかし、朱衡はただ振り向いて訊ねた


「ああ、はい」


慌てて王に向かって平伏する官に、朱衡は手を振って、立てと示した
しかし、彼女がさも当然のようにそそくさと間に入ってきたことに、再び目を瞬いた下官は可哀想に下を向いたままになってしまった


「報告します。元州の夏官射士に駁更夜の名が」

「ご苦労。間違いないか?」

「あ、はい」


朱衡が退出を命じると、どこかまだ驚いた風情の下官を見送って、卓を覗きこむ三者に加わる
のんべんだらりと長椅子に横になっている尚隆はこの際無視した


「先ほど確認したのですが……驪媚とも元三公以下の国遣の官と連絡が途絶えています。完全に更夜、斡由に先んじられました。今、台輔の行方をその方向で別口で探させています」


彼女の的確な判断、指示に帷湍はうなずく
難しい顔で手の中の紙面に目を落した


「成笙、元州師の数は」

「一軍、ただし黒備左軍、一万二千五百」


六太が姿を消してから三日
宰輔誘拐の暴挙に出たからには、相手はすでに万全の準備を整えているだろう


「やっかいだな」


王が掌握する王師は現在禁軍一軍、靖州師一軍
それも兵卒の数は双方合わせても元州師と同数
本来なら一万二千五百の六軍からなるものだが、なにしろ雁は人口自体が少ない


「はったりだろう、それは」


尚隆はひとりごちたが、あいにく相手をしてくれる者はいない


「かろうじて黄備七千五百、民を懲役して一万というところだと思うがな。黒備左軍はありえない……」


王師に一万二千五百いるのが不思議なほどなのだ
州師にそれほどの人が集まるはずがない
とにかく、と帷湍は力説する


「間違いなく元州だという証が欲しい。更夜という名の臣がいるというだけで、王師を動かされてたまるものか」

「確認を急がせます」

「しかし、一刻を争いはしませんか?もしも台輔に万一のことがあったら」

「王師の準備を進言する」


成笙が言ったのを聞いて、尚隆は立ち上がった
それを見とがめた朱衡が、どちらへと問うた


「俺は必要ないようだから、寝る。玲良、来い」


主上、と溜め息が四者から漏れるのに笑って、尚隆は彼女を引き連れてさっさと部屋を出ようとした
しかし、何か思い出したかのように戸口で足を止めた


「勅命を出しておけ。六官三公を罷免する」


ぎょっとしたのは朱衡も帷湍、彼女も同様だった


「何を考えてるんだ、お前は!いま、そんなことをやっている場合か!」


帷湍は血相を変えた
下手をすれば内乱になりかねないこの時期に、諸官を移動してどうする
手間だけでも生半可でなく、官位ほしさに内輪もめでも起こしかねない


「連中の顔は見飽きた。……成笙、冢宰に伝えて明日朝議を招集しろ」

「正気か」


言外に非難をこめた成笙の言葉でさえ、聞いているのかいないのか


「俺が王なんだろう?俺の勝手にさせてもらう」


帷湍らの罵倒を聞き流し、後宮を彼女と共に出た尚隆は馴染みの小臣に耳打ちした
彼女は何をしようとしているのか瞬時に理解し、衣装棚から暖かい格好を用意した


「玲良、お前は非難しないのか」

「今は何を言っても仕方ありません。情報も足りません。私が主上にできることはこれぐらいです」


今は時間が欲しい
どんなものが出てこようと、対抗できるだけの情報が欲しい


「ほう」

「それに、文句は全て終わって、その後に存分に言わせてもらおうと思っていますので」

「……末恐ろしい女だな」

「まあ!私ほど主上に理解を示している官吏は数少ないと自負しているのですよ」

「いつも感謝している」

「でしたら、早く台輔を取り戻しください」


仕えている尚隆が王でなければ意味がない
彼女は、尚隆が雁の民のためにある王なら一生を尽くすことを誓ったのだ


「私も意味もなくこんなでたらめに手を貸していると知られたら、毛旋と同じく左遷されてしまいますわ」


彼女の少し切羽詰まった言葉に、尚隆は豪快に笑った


「そのときにはお前に王后の位でもくれてやろうよ」

「そうならないように、精進なさいませ」


こんなときでも冗談か口説きかを言う尚隆は器が大きい王だと見るべきか、やはりただの阿呆だと見るべきか、まだ彼女は見極められないでいる




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