花冠

□三章
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「……帰ってこんな」


玄英宮の一室で尚隆は外の闇を見やって呟く
六太が深夜になっても戻ってこない
朝議の後に友達と会うと出掛けたきり
六太は黙って王宮を抜け出すことはあっても、誰にも気づかれずに行動するので、周囲の官をこうして青ざめさせたことは実はない


「……やはり何かあったのでは」


朱衡の不安の色濃い声に、尚隆はさてなと答える
生温い尚隆の返答に彼女は朱衡とは違い、落ち着いてゆっくりと話しながら、その目を逸らさせずに訊ねる


「主上、おそれながら台輔がこのように姿を眩ましたことは私が知る限り一度もございません。今朝も朝議後に更夜に、友達に会ってくると嬉しそうに出て行かれました」

「そうだったな」

「何かお考えでも?」

「まあ、ないこともない」


足音荒く駆けこんだ者が、成笙だった
彼の部下が六太の護衛になっているはずだった


「亦信の死体が見つかった」


その場にいた尚隆を始めとする皆が成笙の顔を見る
彼女は声が出そうになった口を押さえた


「台輔はおられん。行方がしれない」

「更夜、と言ったんだな、その者は」


帷湍が成笙に問う


「そのように聞いている。台輔とふたり、連れだって宮城を出たそうだ。亦信がそれについていった」

「そして、殺されたか。……どこだ?」

「関弓の外。しかも死体は喰い荒らされている。おそらく妖魔か妖獣か、そんなものだと思う。げんに関弓の者が天犬の姿を見ている」

「……台輔の姿は見えないのですね?」

「どこにも」

「連れ去られたか。しかし、妖魔が現れたのが気になるな。このところ、関弓付近には姿を見なかったんだが」

「ふむ。それと、関係あるかどうかは知らんが、本日子供がいなくなったと訴えがあった」

「子供?」


それよりも、と朱衡が声を落した


「台輔はご無事でしょうか」

「殺しておとなしく死ぬような餓鬼か、あれが」


四者が窓際に座る王を見た
帷湍が王をねめつける


「心配ではないのか、貴様は!行方がしれないんだぞ!」

「成笙が探すように申しつけたのだろう」


成笙は頷き、尚隆は満足そうに、もはやすることはないと言い放った


「そのうちどこかから見つかるか、さもなければ勝手に帰ってくるだろう。……そうでなければ、誰かが要求を突きつけてくる」


見知った者が六太を何らかの目的で誘拐したとしたら納得できる
消えた子供を人質に迫り、慈悲深い麒麟を唆したのなら手がかりがないのも頷ける


「それまで何もしないのですか?」

「打つ手がなかろう。朱衡」

「は、はい」

「元州の驪媚に連絡を取れ」

「元州……でございますか」


キナ臭いところに、ひと騒ぎあったのだから様子を見ておくほうがいいと判断したのだと尚隆は皮肉げに笑う
ついでに仙籍をあたって、元州の官に更夜という名や字の者がいないか調べておいたほうがいいというので、彼女がそれを早急に受け持つことにした


「……難儀な餓鬼だ。内戦は嫌だとぬかしながら、自ら火種になるか」

「主上は元州をお疑いですか」

「兵を蓄えているのは確かだ。実際、武庫から武器も消えている」


あれから調べた限り、明らかに武庫の中身が減っていた


「どうせ痛い腹だ、こちらが探りを入れれば露見を知って動きだすだろう」

「はい」

「……さて、実際にはどこが出てくるか。かなわんな。心当たりが多すぎる」


尚隆が見やった雲海は混沌と闇に沈んでいた
今後を見据えた彼女の心も、雲海の波の如く揺れ動いていた
更夜は、確実にこの間の晩に話した更夜のことに違いないと何故か直感的に思っていた




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