花冠

□一章
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新王登極から二十年
国土は何とか復興に向かい、一面の焦土だった関弓は王宮のある玄英宮の雲海の上からでも緑や木が目立ち始めたのが分かる
他国に散っていた人々も戻り始め、農作業の歌う声が日に日に大きく聞こえてくるようになった


「あら、帷湍殿ではありませんか」

「これは、玲良殿」


彼女は曲がり角でぶつかりそうになった人物に一瞬驚いたがすぐに笑みを浮かべて一礼した
彼とは新王登極当初に知り合った
八年間で失われた関弓の戸籍を玉座の壇上に叩きつけた彼のことを、彼女は昨日のことのように覚えている
胸がすっとすると同時に、彼がこの先どうなるのかで王の力量が試されているような複雑な不安もあった
目の前で新王は戸籍を拾い上げると、軽く埃を払って帷湍に目を通しておくと言い放った
官席は当然のように剝奪され、処分を待っていた彼
彼女は内小臣に上がってから初めて勅者として勅命を持ってして、その彼の家の門を叩いた
いわく、復職を許し遂人に叙すと
呆然とする帷湍に付き添い、拝謝のための昇殿をし、その縁で交流が時折あったりして今日に至る


「今日も主上のところですか?」


朝士の朱衡、遂人の帷湍、大僕の成笙の三者は主上に立てつき、字を下賜された有名な御仁だった
従って、気に入られてしまった三者は必然的に主上の側にいることも多い


「ああ。時刻の指定をしてきたものでな」

「それは御愁傷様ですわ。台輔はともかくも、主上は王宮におられません」

「は?」

「まだ下界かしら。私も数日お見かけしていなくて、困っているのです」

「……どうして大人しく王宮にいないんだ、この主従は!」


小声で話していたものの帷湍は怒りからか、ごつんと激しい音をさせて露台から椅子が倒された
額に青筋をたてて肩を震わせる帷湍を、彼女はまあまあと宥めた


「帷湍、いつの間に来てたんだー?お、玲良はさっきぶりー」


雁の麒麟、宰輔の六太は幼そうに見える顔に愛想笑いを浮かべたが、帷湍には凍てつくような視線で迎えられる


「まったく、この浮かれ者どもが。雁が成り立っているのが不思議だぞ!」

「大夫、大夫」

「帷湍殿、言葉をもう少し……」


瞬時に控えていた彼女の下の者を下がらせるが追いつかないほどに早く暴言を吐き出した帷
湍に、その場に先にいた朱衡も苦笑交じりでたしなめたが、帷湍はすでに踵を返していた


「大夫、どちらへ」

「ひっとらえてくる」

「あら、まあ。では、久々の衣服の用意をしないと」


彼女は嫌味っぽく全員に向かって独り言のように言い放った
そして、花のような笑顔を浮かべる彼女の眼は確実に六太を貫いた
足音高く出ていった帷湍と共に一礼することを忘れずに奥に引っこんだ彼女とを見送って、六太は溜め息をついた


「気が短いなぁ。それにしれも、怖かった。玲良を怒らせるもんじゃないなぁ……」

「あいにく」


その場に残った官吏、朱衡は微笑って六太を見る


「拙も帷湍ほどではございませんが、たいへん気の短いほうで」

「あ、そお?」

「再度このようなことがございましたら、拙にも玲良ほどではございませんが、覚悟がございます。畏れおおくも主上といえど台輔といえど、容赦はいたしませんのでそのおつもりで」

「あはははは……」


六太は力なく笑って頭を下げた



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